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待てを知らない犬

大昔のことだ。それも人類基準の前代ではない。それよりも遥か遠い昔、悪魔達がある星で戦争をしていた時代。


一匹の獣は彷徨い歩いていた。自分の好奇が向くままに、己の感情に忠実に従ってきた。


腹が減ったら殺して食べる。相手が何であろうと関係ない


知らないものがあったら殺して知る。そこに相手の意思は関係ない


殺したくなったら殺す。理由はなくてもいい、ただ気持ちが赴くままに


その獣は可愛らしい見た目からは想像できないような残虐性を持つ。同族ですら近寄らず、得てして一匹狼となってしまった。


そんな獣が初めて敗北を知ったあの日、不幸にも更なる気紛者と遭遇してしまった。勝手が許されるのは自分が強者である場合のみ。


狩る者と狩られる者の立場が逆転した時点で獣に勝ち目はなかった。だが完膚なきまでに叩き潰されても尚、その獣は恐怖を抱かなかった。あるのは単純な好奇だけであった


そんな獣は強者の従僕、もとい従犬に下ることを心から歓喜した。その獣は復讐心や劣等感など微塵も感じてはいない。


ただただ強者への好奇心が獣を駆り立て、死んでも尚、生きる価値を与えたのだ。


そんな主の片鱗を漂わせる存在が突然現れて、それを歓迎するように主からのリードが外された。獣はかつてない感情の昂りを感じて尻尾を振っていた。








於上不葺御門(うえふかずのみかど) 六基』


俺は犬の上に覆い被さったまま奴を固定する。目的は先程の瞬間移動のような行動の発動条件を確かめるためだ。


もしどこでも使用可能で縛りが無いのであれば、この瞬間既に使っているだろう。だが、奴は鳥居を牙で砕き始めた。しかしこれだけではまだ検証が足りない


俺は一旦距離をとって構える。犬は鳥居を6つ破壊し終えて白い吐息をあげている。だがそれは疲労から来るものではなく、食欲から来るものだろう。その証拠に垂れ下がる舌から涎が滴り落ちている。


その時、奴が再び大木を横切った。だが今度は別の大木から奴が現れた。それを何回も繰り返して徐々に俺との距離を詰める。まるで俺が獣に狙われる獲物のようだ。


「条件は障害物への移動か…………」


俺は奴の動きを見極めながらも思考を巡らせる。先程から木から木へ瞬間移動しているのを見るに恐らく物体間の移動だ。3次元の物体間を移動しているに違いない。流石に2次元の地面から地面へ移動なんてことが可能なら俺に勝ち目はない。


俺はじりじりと近寄ってくる犬に背中を向けること無く後退りする。獣と遭遇した場合、奴らは背中を晒した瞬間に襲いかかってくるのだ。


俺は奴を開けた場所まで誘導することにした。林中では障害物が多すぎるので地の利は向こうにある。しかし、どれだけ進んでも林から抜けることができない。


獣は俺を待ってはくれなかった。真正面の木で消えた奴は俺の背後の木から奇襲を仕掛けてきた。開始早々使い物になら無くなった片剣を腰にしまい、素手の拳を回転しながら振るう。


だがしかし、奴の頭部を捉えた筈の拳は空振る。そこに奴の姿はなかった。


「俺も障害物か!」


どこから出てくるのかと、俺は辺りを見回す。だが一向に奴が現れない。林に静寂が訪れ、唾が喉を通過する音だけが聞こえる。俺は意識を研ぎ澄ます






「ブジュリッ」





気配も微かな音すらも無く、右腕が噛み千切られた。近くに木はなかった筈なのに。考えるより先に痛みが俺を襲う。もげた片腕は雪を赤く染めあげた。


俺はすぐさまヒールで腕を戻そうと試みる。細胞が壊死してしまったらもう俺の右腕は永遠に戻らなくなってしまう。しかしそれを許す悪魔ではなかった


奴の噛みつきが俺を逃がさない。避けてもいなしても、繰り返し突っ込んでくる。


『アリュマージュ』


俺の左腕から放たれた火の鳥は正面から犬に突っ込んでいく。俺は奴の追撃が止んだ隙にヒールを成功させる。だが追尾式の火の鳥が奴を追って木の裏に差し掛かったところで爆発した。しかし奴を捉えた痕跡はない。


そして又しても奴は姿を眩ました。先ほどは俺を障害物として姿を消した後、再び俺の背後から現れたように感じた。障害物間の瞬間移動というのは同一の障害物でも可能なのだろうか。それは瞬間移動というよりも………


「別次元に存在を落とし込んでいるような感じか」


奴が消えてから少しの間があった。その間、奴の姿がなかった事から瞬間移動というよりも俺からは見えない空間に入り込んで少し経った後、再び出てきたと見るのが妥当だ。


しかし厄介な相手だ。例え木を斬り倒したとしても障害物を消したことにはならないのだ。根本から完全に焼却でもしない限りは意味がない。しかし戦闘中にそんなことをしている暇はないだろう。


しかし障害物を消さない限り奴の動きを制限できない。これでは八方塞がりだ。どこまでも続く林は奴にとっての主戦場だ。


俺は耳を立て、先程の失敗から自分の背後にも注意を向けながら構える。俺を見つめるのは太陽だけ


その時、突如奴の姿が朧気に現れ始めた。しかも奇襲というよりは効果切れのように俺の真正面に現れた。


そこに障害物はなく、奴自信いきなり襲ってきたりはしない。まるで出鼻を挫かれたかのように一瞬奴の動きが硬直した。


俺はその隙を見逃さない。


『グランディール』



俺が右腕を上に振り上げると同時に奴のいる地面の雪が氷柱の檻を形成した。身動きが取れなくなった犬に氷柱ごと破壊する鉄拳を捩じ込む。


グランディールは範囲内の物質の状態を強制的に変化させることができる。水は氷に、地面は砂にも角張った岩石にも変化する。


ここに来て始めて俺の攻撃が通った。俺の拳に付着する雪が即座に氷へと変化し、即席の魔力乗せメリケンサックで奴を乱打する。


ゴリゴリと歪な衝撃音が鳴り響きながら、奴の顔面が削れていく。そんな中でも奴に苦悶の表情は見えない。むしろこの状況を楽しんでいるかのように真丸の目を此方に向け、裂けた口を目一杯に広げて笑っている。


そしてその余裕は虚勢ではなかったと思い知らされる。俺が何度目かも分からない拳を打ち付けたその時、奴が雄叫びをあげた。遠吠えのような端正さのある声ではなく、がなりの混じった荒々しい獣の唸り。


奴の黒の毛並みが波打ち始め、どんどん伸びていく。ついには鬣が形成された。そしてその姿は紛うことなき獅子、百獣の王であった。


「形態変化!?」


俺は一旦奴から距離を取る。見た目の変化だけでなく明らかに魔力量も跳ね上がっている。しかも体躯が大きくなっただけでもかなりのアドバンテージを取られてしまった。


俺を見る奴の顔付きが変わる。目頭までつり上がっていた口角は垂れ下がり、俺を一匹の敵として餌として認識した。


だが、どこまでいっても俺は餌でしかない


奴が獣であって捕食者であることに変わりはなかった。

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