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意思を継ぐ者

「どうなっている」


不知火は書庫内で目を覚ました。そして何故か目線が床と同じ高さの位置にある。


人間の死体を確認して満足した不知火は突如目眩を感じ視界が揺らいだ。その後何故か意識を失い、そして今に至る。


不知火は辺りを見渡そうとしてあることに気が付いた。


「身体が…………」


首が回らない。いや、というより首から下の感覚がない。どうなっているんだ


その時、何者かが不知火の頭を鷲掴んだ。


「随分と愉しそうだったな」


頭上から声がかけられる。その声には憐れみと愉悦が入り雑じった嘲笑が込められていた。そしてそれは先程まで聞いていた声、あの人間の声にそっくりだった。


二組の瞳が交差する。目の前に対峙した存在が生きていることに理解が追い付かなかった。


先ほど首を引き千切った人間がこちらを向いて嘲笑を浮かべていた。そして視界の端に自分の胴体が転がっていることに気づく。


「まだ今の状況が理解できないのか?」


人間は人の形をした悪魔にそう言い放つ。不知火は何故コイツが生きているのかも、いつ自分が殺られたのかも理解できない。その時、人間の口から真実が語られた。


「お前が見ていたのは幻だ」


男はそう言うと同時に堪えきれなくなったように笑い出した。腹を抱え、目から涙を流して不知火を見つめる


「お前は俺に幻術をかけられたんだよ」


悪魔は理解した。何故奴が死んでいないのか、何故自分が殺されそうになっているのか。だが到底受け入れることはできない。


「あれは全てお前が望んだ世界だ。だがあれは全てお前が作り出した幻想であって現実ではないんだよ。見ろ、これが現実だ」


男の愉快な告白は止まらない


「俺の掌の上で踊らされてたんだよ。力を手にした俺を更なる力でねじ伏せたかったよな。だがその更に上から押し潰されたんだよお前は」


生首になっても尚悪魔は抵抗を見せる



「俺が生殺与奪の権を握っていることを忘れるなよ」



俺は死なない程度に魔力を流し込む。悪魔は核の破壊か弱点の重度の破損で絶命する。人型の場合、首が弱点なので俺はいつでもコイツを殺せるのだ。


「お前に一つ聞いてやる。お前はゲートを出現させ、自らで閉じることが出来る、そうだな」


これは質問ではなく脅しである。


「私はお前に何一つ応え」


コイツは未だに自分の置かれている状況が理解できていないようだ。持ち上げる腕に再び魔力を注ぎ込む。そしてヒールと焼却を同時に起こす。


「がぁっあぁぁぁ………ぁぁ」


顔の表皮が焼け爛れているのにその傷は修復されていく。だが治るのは傷だけ。痛みだけは永遠に消されることなく奴を襲う。まさしく無限地獄である。死ぬことを許されず、されど痛みだけは奴の身体を貪る。


「で……きる」


痛みに耐えきれなくなった悪魔は先ほどの威勢を微塵も感じさせることなく、そう口にした。


「そうか、ならばもう一つ別の質問をしよう。お前はゲートの出現位置を指定できるのか」


一つ目の質問でこのゲートがアブソルゲートの上位互換だということが確定した。


アブソルゲートはゲート内にいる悪魔が外に漏れ出す魔力量を調節出来るゲートを指す。


しかし、このゲートは調節によって漏れ出す魔力を完全になくすことが出来るのだ。その結果ゲートは閉じられる。要するに中の悪魔が任意のタイミングでゲートの開閉を行えるということだ


そして2つ目の質問の答えによってはこれは重要な鍵となる。もしゲート出現の座標指定が可能ならあることが浮き彫りになる。


「…………不可能だ」


俺は奴の瞳の奥を覗き込む。俺の瞳の奥に潜む闇が奴を飲み込んでいく。


「喋れ」


俺は言葉に魔力を乗せる。あの幻の中と立場が完全に逆転した。俺は強制的に奴の口を割らせる。


「………指定はできないがある場所に固定で現れる」


決まりだ。このゲートは決まってホトトケ村に現れる。そしてその事がハンター統括本部に知られていないとなると考えられる可能性は一つ。


「お前、人間と繋がりがあるな。村の人間と契約を交わしたか」


「……………そうだ。あろうことか奴は私に代価を要求してきた」


コイツからの言質がとれた。要するにコイツはその人間に何かを与える代わりにアブソルゲートの存在を隠し、定期的にハンターを送り込んで貰っていたということだ。


そして村のある人間とは十中八九、村長の事だろう。奴の家の中にゲートが出現していたことからも奴が共犯者なのは間違いない。


「その代価とやらは何だ」


「生命力だ」


あの老害はあろうことか不死を願ったようだ。三百の屍を差し出した上で


手間が一つ増えてしまった。


「そうか、ご苦労だったな。最後に言い残すことはあるか」


「私にた」


俺は自分で聞いておきながら奴の発言を遮るように奴の頭を焼却した。もとから奴の話を聞く気はない。


俺は幻の中で奴が最後にいっていた言葉を思い出す。


「これも幻術であることを願え、か………くふふふっ」


余りの滑稽さに笑いが再び込み上げてきた。奴のやりたかった、絶頂からどん底への崩落を代わりに俺が成し遂げる。


俺は丸焦げになった不知火の頭部を地面に放り投げ、後ろを振り向く。


「さてと、そろそろここを出るか。その前に二人を起こさないとな」


二人は未だ最初に掛かった幻術を解けないでいる。俺が奴に幻術を掛けたのは奴の幻術を解いたあとの事だ。最初の幻術は確かに掛かった。


だがそのあと俺が目覚め、奴が長々と不知火の死に様を語っている間に、視線で幻術の本の置き場を探した


奴がその幻術の本を置いたのは螺旋階段の入り口の真横だったのを俺は深く記憶していた。


そしてそんなことを微塵も気にするようすを見せず、奴は正面から俺に突っ込んできたのだ。俺はそのとき既に魔力媒介の念力によって書庫の壁から本を抜き出し、ページをめくり終えていた。


余りに間抜けな奴の醜態。自分が最初に掛けた幻術をあろうことか自分が掛けられてしまったのだ。


奴が幻術にはまって眠っている間に俺は書庫内の魔道書を全て読み漁った。そして分かったことがある。


一つはこの書庫は不知火本人の身体に刻み込まれた魔術が記憶媒体として本に宿ったものだということ。要するにこの書庫は不知火自身だ


そして二つ目。魔道書はその魔術を獲得する人間によって効果が変わるということだ。変化基準は分からないが、俺が奴に掛けた幻術では痛覚が存在していた。俺は奴が見ていた幻を、奴の瞳を通して見ていたから分かる。


そして最初に奴が俺に掛けた幻術は痛覚が存在しなかった。


これから俺は不知火が会得していた魔術を使えるようになったわけだが俺の魔力量を持ってすれば恐らく使いこなせるだろう。そこに不安はない。先ほど奴に掛けたヒールもその内の一つだ。


俺は不知火の千切れた胴体を見る。悪魔が死んだ今、あの亡骸は果たして人間なのか悪魔なのか。俺は一体の亡霊を無に帰し、一枠の空きを作る。




「平伏せよ」



そして無慈悲にもその亡骸に服従を命じた。頭の無い胴体から一瞬にして首が形成され不知火の頭が紡がれる。


その表情はいつ見ても儚げで麗しい。不知火は俺に跪きこう口にした


「主よ、私を千影とお呼びください」


その声は悪魔のものではなかった。透き通るような、それでいて芯のある声。どうやら彼女は人間の不知火千影だったようだ。


俺は考える。今まで従僕に対して慈悲を感じた事はなかった。俺に楯突く存在を返り討ちにして屈服させた。ただそれだけだ。


だが彼女は違う。アブソルゲートに勇猛果敢に挑み、最後まで抗った。そんな彼女を死んでも尚、悪魔と戦わせていいのか。俺がそれを許すのか








「眠れ」


俺は右腕を振り払い、彼女を無に帰した。俺はまだ人間だ、悪魔じゃない。そう思いたかっただけなのかもしれない。


貴重な戦力を自ら手放したことにやるせなさはある。だが後悔はない。彼女の意思は俺が受け継ぐ。

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