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最高峰の一段上

肘宛で防いだにも関わらず押し潰されるような威力。頭が揺れ、一瞬世界がぶれる。


「出てこい!」


俺は咄嗟にバベルを呼び寄せた。2人への被害を考えて極力使わないようにしていたが、やむを得ない。


バベルを俺とミノタウロスの間に顕現させ、一時的な安置を確保する。そしてすぐさま上から此方を覗き込む不知火の姿を目で捉える。これで数的不利な状況を打開した。


俺は不知火へ一直線上に跳躍し雪陽花の片方を投擲する。投げられた刃は奴の頬を掠め、一瞬の隙を生んだ。俺は奴の正面からもう片方の双剣を振りかぶる。


それと同時に後ろの壁へ突き刺さった片剣を念力で引き戻し、2度目の隙を誘発させる。


正面に意識を向けていたようで背後からの奇襲に奴は気が付かなかった。引き戻される剣の柄が奴に接触したとき、剣に纏わせた魔力を発散させ、奴の背中を穿つ。


背後からの衝撃で此方に仰け反った奴にもう片方を振り抜く。奴の胸部に横一線の切り込みを入れて、魔力を流し込む。すると切り込みが更に深みを増し、裂け目へと変わった。


空かさずよろめく不知火の蟀谷に蹴りを叩き込むが寸前で回避された。俺の蹴りは空を切り裂き、体勢が遠心力で乱れる。その隙を奴は見逃さなかった。


『重加操術 五門』


奴のかざした両腕から尋常じゃない魔力量が溢れだし、空間内を支配した。灰崎ですら二門が限界な重加操術を五門開く。かつて魔術の最高峰に到達した彼女の技量はそれをいとも容易く可能にした。


「っ……………………………っ…………」


不安定な体勢で地面に叩き落とされたせいで俺は身体が捻れた状態で地面に伏した。


重くのし掛かる重力は俺に悲鳴をあげることすら許さない。


重加操術は門数に応じて重力の倍率が変わる。五門の倍率は実に五倍。骨が今にも粉砕しそうな程の軋みをあげる。


床に這いつくばる俺を見下げながら不知火は階段を一段一段降る。黒い長髪を弛ませ、そこから見え隠れする虚ろな表情は到底悪魔とは思えないほどに儚く、幽玄だ。


階段を降り終えて、俺の前に佇む彼女が右手を振り上げたその時、彼女の背後に大質量が墜ちた。床が陥没し、周りに亀裂が入る。


墜ちてきたミノタウロスは瀕死ながらもまだ息があった。仰向けに打ち付けられたミノタウロスは振るえる足でその巨体を支えようとするがその努力は報われなかった。


天から二股の槍が降り注ぎ、ミノタウロスの顔面を穿つ。顔面を貫通した槍はそのまま床に突き刺さり、その反動で奴の巨体が宙に舞った。ミノタウロスの足が床から離れ、槍に吊るされるように息絶えた。


不知火の振り上げられた腕はその場で制止し、振り向きざまに後ろに降り立ったバベルへと振るわれた。バベルは大量のコウモリへと姿を変えて霧散し、不知火の背後を取る。


体格差のアドバンテージは大きく、バベルの蹴りは不知火の横腹を捉え、書庫の壁へと叩きつけた。


重加が消え、俺の身体が軽くなる。


だが不知火は既にヒールで身体中の傷を回復させており、バベルへと飛び掛かる。奴の膝蹴りがバベルの顔面を直撃し、一瞬バベルがたじろぐ。


続けざまに身体を捻り、遠心力によって繰り出された蹴りはバベルの右の角をへし折りその巨体を壁へ叩きつけた。


本が崩れ落ちる中、バベルの纏う魔力量が膨れ上がっていく。俺が角に亀裂をいれた時と同じだ。バベルは書庫内に咆哮を轟かせ、抜けた天井に無数の魔方陣を浮かび上がらせた。


俺は螺旋階段へと避難し、奴に槍の雨が降り注ぐ。床を穿ち、不知火の姿が煙に巻かれる。全ての槍が降り注がれた。完全に奴を捉えたはずだ。



『重加操術 8門』



煙の中から重く掠れた声が響く。刹那、俺とバベルは気づく暇もなく床に伏していた。そして痛覚が遅れてやってきた。


「ぎぎっっっっっぎっっっっ」


上歯と下歯が強制的に噛み締め合い、歯の先端が削れていく。ジャリジャリと音を立て歯が軋む。重力によって体内から唾液が引きずり出され、涎が床に垂れる。


辛うじて踏ん張る両腕は今にも曲がりそうだ。だがそうすると間違いなく床と頭がくっついて窒息死する。今の俺には480kgの重力がのし掛かっているのだ。一般人なら耐えられない力だろう。


床に垂直に刺さっていた槍が縦に押し潰される。まるでペットボトルを潰すように。だが重加操術を打っている間は相手も身動きが取れないため、耐久戦になるわけだ。


奴の魔力が底をつくか、俺が押し潰されるか。だが俺はお前の魔力切れを待ってやるほど寛容ではない。


気を研ぎ澄まし魔力を全身へ流し込む。今まで呪縛の魔神から受け継いだ魔力を全て消費したことはない。それは俺の身体が耐えられるかどうか分からなかったからだ。


だがやらなければ死ぬ。だったら魔力過多で爆散したとしても悔いはない。俺は右胸の心拍が速まっていくのを感じとる。左の心臓が潰されたあの日、俺は人間をやめたのかもしれない。


「っっっっ…………あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


重力に逆らうように身体を持ち上げる。俺の身体を魔力が満たしきり、溢れだした魔力が身体に纏わりつく。正真正銘今出し得る最大量の魔力を解放した。


腹の奥底から噎せ返るような吐き気を感じる。自分が放つ魔力に酔うとは情けない。俺の身体は浮き出すかのように軽い。超重力の中にいるにも関わらずいつもより身軽に動けている気がする。


地面を蹴りあげて一直線に不知火へと迫り、右の正拳突きを鳩尾に打ち込む。奴は咄嗟に重加操術を解術し、三重の結界を張る。


俺の拳が二枚の結界を破ったところで止まる。これほどの魔力を得てしてもこいつとの実力は互角といったところか。


奴の手刀を眼前ギリギリで避け、伸ばされた右肘に逆関節方向のアッパーを叩き込む。だが一瞬折れ曲がった肘が瞬時に元通りになった。


俺は身体を屈ませ奴の足元を回し蹴りで絡めとる。重心が右に寄って傾いた奴の頭に踵落としを放つ。


奴は頭から地面に衝突し、その場に砂煙が立ち込める。空かさず砂煙に大降りの蹴りを打ち込むが、煙の中で脚を掴まれる。俺の身体は片腕で振り回されそのまま床に叩きつけられた。




おかしい。奴に俺の攻撃が全く効いていない。幻術中とは違い魔力が相手に届いている感触はある。実際に奴の肘は折れ曲がっていた。そして直後もとに戻った。



「まさか」



煙が晴れた奴の姿を見ると傷ひとつ付いていない。明らかにダメージを与えたはずなのに、ヒールを使う素振りも見せていない。となると






「ヒールの常時発動」





「ご明察」



不知火はにこやかな笑顔でそう言い放った。魔術の常時発動なんて聞いたことがない。


只でさえ莫大な魔力を消費するヒールを常に身体に留めて、尚且無詠唱を可能にするほどの熟練度を要するのだ。


不知火千景を取り込んだこの悪魔は魔術の最高峰の更に一段階上のレベルまで到達した。

奴を倒すにはヒール分の魔力を尽きさせるか、ヒールが追い付かないほどの瞬間火力を連続で叩き込まなければならない。





どうやら俺が生き残るためには俺自身もう一段階上のレベルまで到達する必要があるみたいだ。

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