軍門に降る
「うわっ!っと」
俺の靴裏にフワッとした雪の感触が戻る。視界は白銀に染まり再び現界に帰ってきた。
色々なことが起こりすぎて何から考えるべきか悩ましいところだ。
「ひとまずあの記憶は………俺の中にいる奴の記憶だよな」
悪魔対悪魔の戦争。今まで悪魔という一括りの認識だったが、少なくともあの時の悪魔は互いに争っていた。
そして何度も聞かされた追憶というキーワード。そこから察するに追憶のゲートとは俺の中の存在の記憶を辿るという主旨のゲートだったのだろう。
そしてあの戦いで分かったこと
1 俺の中にいる存在は呪縛と呼ばれていたこと。
2 その呪縛は慈愛という奴に裏切られたということ
3 呪縛は悪魔の中でも随一の力を持っているということ
おおまかに分けてこの3つだろう。
初めて見た時も自称神に鎖で攻撃していたし、さっきも俺は奈落の底へ鎖を伸ばした。
確かに呪縛っぽさはある。
そして追憶終了後の告知で呪縛の魔神というキーワードが出てきたが恐らく呪縛と同一のものを指しているのだろう。
「魔神か…………」
ハンターの等級のように悪魔にも階級が存在しているのかもしれない。
2つ目、3つ目なんかは情報が断片的過ぎて今の段階では納得する以外に出来ることは無い。
そして何よりも今回の恩恵だ。
追憶終了後に一度に言われ過ぎていまいち理解し切れなかったが、ここで一度整理しよう。
1 魔力量の増強
2 追憶のゲート零門の獲得
3 異能の獲得
この3つが今回の収穫だ。
まず1つ目だが、これは俺がこの地に降り立った時から既に違和感を感じていた。追憶のゲートで触れたあの魔力量には及ばないが、それでも今までの俺の魔力量が残りカスに思えてくるほどに魔力量が増えている。
そして2つ目
俺は意識を集中させ、追憶のゲート零門の発生を試みる
体内の魔力を感じとりそれを一点に集めるように瞑想する。魔力は凝縮され形を得る。
その時、目の前に大きなゲートが現れた。試しに俺は片方の靴をそのゲート内に放り込む。すると………
「こりゃすげぇ」
ゲート上に靴の表記が現れる。俺は靴の表記に触れ、再び戻ってきた靴を履き直す。
言い換えると無限収納といったところだ。実を言うと零門が使用可能という告知がされた時にピントきていた。
あのどこまでも暗闇が続く空間を「使用する」となるとその用途は限られるだろう。
しかしこれは地味に思えるだろうが、その性能は非常に汎用性が高いと言えよう。荷物はここに全て入れておけて、得た素材もここに収納できる。
本来攻略班と回収班が手分けして行っている作業を単体でこなすことが出来るのだ。
現代の技術では恐らくゲートを作り出して収納スペースとして利用するようなことは不可能だろう。これは金以上の価値をもつ代物だ
そして最後
恐らくこの報酬の中で一番ヤバい。俺が規格外の再現度を叩き出したことで獲得した報酬。
異能というと、自称神を食い殺した時も【異能名『グラ』を獲得】という告知がされていた。『グラ』は元々自称神の異能だったのだろう。
そして今回獲得した異能が『呪楔』というもの。
これは呪縛の魔神が慈愛の魔神との戦闘を終えた後に使用していたものと同一のものだ。だからヤバいのだ。
俺は視界の端で息絶えた一体の悪魔へと歩みを進める。呪縛の魔神が『平伏せよ』と言ったのと同時に奈落へ落ちて死んだ筈の悪魔達が橋を作るあの光景を思い出す。
もしこの『呪楔』とやらがそんなおぞましい異能であるならば………
そんなことを可能にしてしまうのならば……
「平伏せよ」
俺は地に伏せるバベルにそう命令した。
地を這い、頭を垂れることを命じた。
その時、俺の腕から巨大な鎖が現れ、バベルの身体へと突き刺さる。
その鎖はバベルの身体中を駆け巡り、奴が雁字搦めにされた時、徐々に透けていき最後には完全に消えた。
あり得ない角度に曲がっていた筈のバベルの首がみるみる内に戻っていき。
その巨体が足元から逆再生のように持ち上がる。
『アルジ……ヨ………』
バベルは片膝を着き、俺に頭を垂れた。先程までの殺気を微塵も感じさせること無く、俺を自分の主として認める。
どうやら異能『呪楔』は死んだ悪魔を下僕にすることができるようだ。俺はこの事実に身震いする
「バベル、俺に忠誠を誓え」
『コノ……イノチ……アルジノ……タメニ』
こいつの強さは圧倒的だった。恐らく今の俺でようやく魔力量が上回ったくらいだ。呪縛の魔神の介入がなかったら間違いなく槍に貫かれて死んでいただろう。
でも何故呪縛の魔神は俺を2度も助けたのだろうか。奴に何のメリットがあるというのか。
取り敢えず確認も済んだことだしここを出るか。不注意でここへ迷い込み、強敵と戦って、しまいには魔神とやらの過去を見た挙げ句、凄まじい能力を獲得した。
恐らくこんな濃い一日を過ごしたのは人生で初だろう。思えばあの死から一ヶ月弱、俺を取り巻く全てが急激に変化している。
俺が腕を下に振るとバベルが鎖によって地面に沈んだ。恐らくこれも『呪楔』の能力の1つだろう。
俺は1人、この時の止まった空間を後にする。 その時ある考えが頭を過る。
「ちょっと待てよ………俺って確か、C級ゲートの帰りの途中で此処に入ったんだよな…」
俺は気づいてしまった。いや気づくのが遅すぎた。ゲートのボス、ホワイトアウトが討伐されてから確実に1時間は経っているだろう。
「ゲート閉じてるよな………」
追憶のゲートが現実の時間進行と同じであるかは分からないが、そこに狂いが有ったとしてもバベル戦で1時間ほど経っている。
俺は入ってきた歪みの前で立ち竦んでしまった。この先に待っているのは悪魔が蔓延る樹海。
俺は意を決してその歪みを潜る。
「おい!傑!おいてくぞ!」
俺に秀がそう言った。
「あれ?みんなどうしてここに………」
「どうしたんだよ傑。先いくぞ」
まるで何事も無かったかのように攻略班と回収班、総勢26人のハンターはゲートを目指して歩いていた。
まるで歪みの中の時が止まっていたかのように。
俺はその日の内にハンター統括本部へ行き、追憶のゲート以外の本日の出来事の全貌を話した。
傑は知らない。パラレルゲートが時間的停滞を向かえた空間であったことを。
そして他空間の時間を張り付けただけのハリボテであったことを。




