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止まりし時を動かす者

14年前、アメリカのある研究者が一枚の論文を書いた。そして後に彼はその論文で悪魔襲来以降、悪魔の生態について最大級の歴史的発見をした者に送られるノーベル異学賞を受賞した。


その論文にはこんな一文が書かれていた


ダンジョン内の地層、樹皮、悪魔の残骸等の調査によりゲート出現以前にダンジョンが存在していることが分かった。


今まで地球外物質の研究は極めて困難だとされていたがアメリカの最先端研究チームが見事その解析に成功したのだ。


要するにゲートが現れる前からそのダンジョンには悪魔達が生息しているという訳だ。


そして当たり前だが悪魔にも生態系の優劣は存在している。


何千年、何万年に一回という確率で希少種や新種の悪魔が誕生し、その生態系のバランスが崩れることはどこでも起こり得ることだった。


そしてこのダンジョンでも異種の誕生は大昔に何度も起こっていた。しかし、このダンジョンの生態系のトップは一度足りとも変わっていない。


そしてそれが何を意味するか


悪魔は寿命という概念が無いので、殺されない限り生き続ける。


しかしそれは神が唯一奴に与えた枷となってしまった。奴を見た者は皆恐れおののき、牙を向こうとする者はいない



誰も自分を殺せない。


誰も自分を楽しませられない。



いつしか奴の中の時間は止まってしまった。


勿論、自惚れる狼になど微塵も興味を示さない


故に歴戦の固有種は今尚、孤独の狭間で生き続けている。







「あっすいません」


下を向いていたせいで前の人が止まったことに気付かなかった


しかし俺の声に前の人は反応しない、それどころか


「皆さんどうしたんですか」


攻略班、回収班共に足を止めている。いや、何か妙だ。まるで歩くのを止めたというよりも…………


「あれ………雪が止んでる……………」


ここで初めて異変の正体に気付く


「景色が止まってるのか」


雪が空中で静止していたのだ。辺りを見渡してみると俺の三歩後ろ位に不自然に歪む空間を発見した。どうやらここに入ってしまったことで時が止まったようだ。


パラレルゲート

本来そう呼ばれる筈だったこの空間の歪み。しかし人間がこの存在を知ることになるのは少し先の話だ。


ダンジョン内に不規則に現れる空間の歪み。ゲート内のゲートとでも言えよう。

実はその存在を発見した者は過去に何人かいる。


では何故パラレルゲートの存在が人々に周知されていないのか。答えは簡単


パラレルゲートに入って生きて帰ったものが誰1人としていないからだ


皆一様にしてパラレルゲートの主に殺されている


パラレルゲートから溢れ出る魔力はゲート測定時には観測されない。だから例えそれがE級ゲートであっても、A級ゲートであってもパラレルゲートは出現する可能性がある。


そして俺はもう一つ妙な点に気付いてしまった。



「血痕………………」



俺が入ってきた歪みから逆方向に伸びている二列の血痕。まるで2体の死体を両手で引きずりながら進んだような感じだ。


俺はここで戻るべきなのだ。分かっている。ゲート内にゲートが存在するなんて、今までハンターをやって来て一度たりとも聞いたことがない。


だが自分の中の好奇心を止めることが出来ない。頭では分かっていても足は勝手に血痕が続く先へと向かっている。


俺の足はパラレルゲートの真横を通り血痕の先を追う。


どこまでも続く白い地面。ホワイトアウトの恩恵がその赤をより際立たせている。


空中に止まる雪は何とも幻想的な空間を作り出している。風にたなびく草木はその一瞬を切り取られたようにピクリとも動かない。


俺は血痕に沿って続く足跡を発見した。そしてあることに気付く


「二足歩行か」


どうやらこの空間の主は人型のようだ。そして悪魔において二足歩行の意味することは


非常に知性が高く進化を続けてきたということだ。



俺の視界が一体の悪魔を捉える。この静止した時の中、唯一歩みを止めない一体の悪魔。体長は5m位はある。その足取りは重く、両手でキキの死体を引きずりながら進んでいる。


そいつは俺の存在に気が付いたのかこちらを振り向いた。


一言で言えば人型の鹿の悪魔


まず目に飛び込んできたのはその象徴的な角。


ゴツゴツした角が両側の蟀谷の位置から対称的に3重の螺旋を描きながら伸びている。


どれだけ生き抜いてきたのか奴の傷だらけの角を見ればよく分かる。正確には鹿というよりラムの角のようだ。


そして顔は鹿の頭骨であった。肉はついておらず、眼窩の内側はぽっかりと穴が開いている。


奴の立ち振舞いをみて確信する。


「格上か」


まず放っているオーラが桁違いだ。ホワイトアウトと比べるのもおこがましい。アルルスカーレットですら遠く及ばない。


そのスラッとした体躯から放たれる魔力に俺は吐き気を覚える。魔力に当てられて酔うなんて経験は初めてだ。


こちらに向けられる視線に体が強張る。






「ナ……ノレ」







それは俺の声では無い。一瞬頭が真っ白になる。


こいつがしゃべったのか


Cゲートでそんなことありえるのか


というか今なんて言ったんだ


あらゆる思考が俺の中を駆け巡る。完全に混乱して何も答えられないままでいると、そいつは再び口を開いた。


「ナノレ」


どうやら俺に名前の開示を求めていたようだ。



「綾小路傑だ」



「………ニンゲ…ンカ」


本当に言葉を話している。会話可能な悪魔というのは存在するが今回のようなCゲートにいることはまず無い。


確認がされているものでA級ゲートとS級ゲートだけなのだ。


「ナヲ…バベル………ユメナキ、ユメカラ

ノカクセイ…ヲ………」


己の名前を持っている悪魔など聞いたことがない。ここに入ってから分からないことだらけだ。


奴がその両手からキキの死体を離した。すると、どこからともなく奴の右手にコウモリが群がっていく。


「な………………」


その右手に群がったコウモリは槍を型どっていた。コウモリは散り、やがて奴の右手に先端が二つに枝分かれした槍が握られた。その刹那………


「ヴォン」


バベルに振り抜かれた槍が空気を唸らせて俺の頬を掠める。少しでも反応が遅れたら俺の首が飛んでいた。すぐさま腰から雪陽花を抜き、構えを取るが




「いない…………」


俺の視界から既に奴の姿は消え、積雪に残る死体だけが映る。


俺は殺気を感じてとっさに後ろを振り向く。そこには地面に刺さった槍の柄の端に器用にしゃがみこんで、こちらを覗き込むバベルの姿があった。





どうやらあそこで戻るのが正解だったようだ

「レーシェン」と検索していただければバベルの見た目に近いものがヒットしますね。

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