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二人は

「響子、これから会う方にくれぐれも失礼のない様にね」


いつも厳しいお母様が今日は特に厳しかった。そして、いつもより美しい着物を着せられた。桜や牡丹、百合などが所狭しと描かれた雅な着物を品の良い帯が締めている。目が眩みそうなほど煌びやかな布が私に巻き付いていた。


「響子、これから会う人がお前の未来の旦那様だよ」


いつも穏やかなお父様が今日は何処か緊張した面持ちだった。今日は綾小路(あやのこうじ)家にとって大切な日になると言った。

可哀想だと思った。自分の意思に関係なく結婚させられる私じゃない。こんな私に一生を縛られ続ける未来の旦那様とやらが。


私は家の道具だと理解していた。この家の利益になるために生まれて利益になるために死ぬ。そう定められた人生を歩んでいくのだと幼い頃から言い聞かされた。反抗心は芽生えない。だって途中で奪われたわけではなく最初からそうだったから。


私は私の人生に爪の先ほども興味がない。感情も湧かない。私は自分の人生であるにもかかわらず第三者視点から見下ろし、何処か冷めていた。


親が決めた道を歩くのだろう。山もなければ谷もない。平坦な道を。


その日は表向き、小鳥遊(たかなし)家と綾小路家の交流の為の観桜会と称した見合いだった。

豪華な和風の屋敷は似たような部屋が並び、複雑で迷宮の様だった。私は両親の後ろを必死について行った。 


長い長い、大人同士の話し合い。私達子供は顔合わせだけ済ますと本日の主役のはずが早々に用済みとなった。


「一緒にお庭で遊んでらっしゃい」


小鳥遊夫人がそう言って私と私の未来の夫、小鳥遊幸司(こうじ)を庭へと出した。幸司さんは黒い髪に墨のような家紋入りの着物を着ていた。さっき会ったばかりで仲良くなれるはずもない。ただ私達の間には気まずい沈黙だけが流れた。


「可哀想ね。私なんかを嫁にもらうことになるなんて不憫すぎるわよ」


こんなつまらない女が妻になるなんて考えただけで自分でもゾッとする。


「自分を卑下しては駄目だ。それに、可哀想だなんて僕は思ってない」


黒曜石の様な双眸が静かに怒りを燃やしていた。


「私、吊り目で美人じゃないし器量も良くないわ」


「君は綺麗だよ」


たったそれだけで私の冷めた人生に火が灯ったようだった。ドキリと心臓が跳ね、先程まで見れていた顔が見れなくなる。


(な…なんて事言うの!?)


「じょ…冗談がお上手ね」


私は容姿を褒められたことなど無かったから慌てて早口になってしまった。


「冗談は言っていないけど」


少し、呆れたようにため息をつきながら言われた言葉に私の心臓はまた跳ねた。どう返したらいいのか分からなくなった。


「私、お父様に新しい鞠を買ってもらったばかりで…えっと…お気に入りで今日も持って来たの。馬車に置いてあるはずだから持って来たら蹴鞠で遊べるわ」


くるりと幸司さんに背を向けて、私は逃げ出すことを選んだ。


「待って」


柔らかい手に私の手は掴まれる。振り返れば幸司さんが私の手を掴んでいた。顔が赤くなる。体温が上昇しているのを掌越しに幸司さんに伝わってしまわないか心配だった。


「そっちは反対方向。入り口はあっち」


幸司さんが指差す方向は私が向かう先とは真逆で。違う方向を正しい道だと自信満々に進もうとしてした自分が恥ずかしくなり、また顔が赤くなる。


「お屋敷…入り組んでて…分かりにくいのよ」


言い訳が口から溢れた。


「うん、分かりにくいね。家を建てるときはもっと単純な構造にしようか。君が迷子にならないように」


「なっ…何で家を建てる話になっているの!」


それは私達が将来結婚するからだという理由なのは分かっていた。ただ恥ずかしかったのだ。道具のように感情なく結婚すると考えていた。相手も同じだと。


「私に何で優しくするの」


私達は鞠を取りに歩き出した。


「だって君は未来のお嫁さんだから」


その笑顔が眩しい。冷たい関係だと予想していた私が恥ずかしくなる。確かに私はこの時から恋をしたのだろう。



******



艶やかに流れる黒檀のような髪、雪のように白い肌、紅を塗っていないだろうに彼岸花の如く紅く色付く唇。

その唇から溢れ出す鈴のように愛らしい声で少女は歌を歌いながら桜の木の下で鞠つきをしている。僕は見ているだけでいいからと縁側に座った。


「結局貴方は遊ばないのね!?」とぷりぷりと怒る姿は愛らしい。本格的な蹴鞠は人数の関係でどうせ出来なかっただろうし、僕はもっと彼女を眺めていたかったから。桜の綺麗な庭でもなく、錦鯉が泳ぐ池でもなく…彼女を。


大人たちは表向き観桜会だという事を忘れて話し合っている。まあ、僕も桜なんかよりも彼女を見ていたいけれど。

歌い終わった彼女は桜を見上げる。花弁が風に乗って舞い上がる。それを眺める姿は桜に攫われてしまいそうだった。


気がつけば、僕は彼女の元まで走っていて「やっぱり貴方も遊びたいのね?」と笑顔を向けられた。吊り目は厳しい印象を与えると人は言うかもしれないけれど僕にとっては愛おしい。


家の為だけに結婚することは分かっていた。だから彼女が結婚相手で良かったと思う。この時から僕は一目惚れを経験して恋をしたのだろう。

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