第6話|ステンドグラスと閉ざされた裏木戸
もう少しで駆除が終わることを報告に来た熾火に頼んで、今度は色とりどりの結晶と食事用の小さなナイフ、そして最後に、昨日作ったダークマター改め、ヘドロ状のスライムポトフを持って来てもらいました。
不思議なことに、ヘドロ状だったそれは一日経ったことで透明になっており、さらに粘度も増していました。
『何も、今ここで食べなくても』
私を食い意地の張った人間だと勘違いしたのか、熾火がそんなことを言わんばかりの目をこちらに向けてきたので、
「違うよ。コレは、こうして使うの」
訂正しつつ、冷たい石床の上に平らにスライムを広げました。
そうして冷えて固まったそれを短冊状に細く切れば……
じゃじゃーん! 透明なゲル状両面テープの完成です!
両面テープをさらに小さく切り、色とりどりの光を放つ結晶に貼り付けます。
そしてそれを手にステンドグラスの窓の裏側へ回り込み、ガラスの色に合わせて一つずつ貼っていけば、一体全体なんというこ……
「何だこれは?!」
私が心の中でお決まりのセリフを言い切るより先に、ハッと目を開いたアルセルさんが叫びました。
同時に、またアルセルさんの仮面の一部がボロッと剥がれ、今度はすっきりとした顎のラインが露わになります。
「すみません。お休みされていたのに、ちょっと眩しかったですよね?」
またやってしまったと思い、実にしおらしく謝れば、アルセルさんが言葉もないといった様子で頭を抱えました。
他に打てる手も無いので、まるで陽光が差し込んできたかのように色とりどりの光を落とす床に、お城で習った通りそっと膝をつきます。
『余計なことをしたとアルセルさんに怒られませんように。それから、それから、またアルセルさんの素顔が見られるような、美味しい食材が見つかりますように』
そんな敬虔さとは程遠い、煩悩純度百パーセントの祈りを終え、再びアルセルさんを振り返れば。
もしかして、お掃除をしたことで神様も願いを聞き届ける気になってくださったのでしょうか。
アルセルさんが『仕方ないな』とでも言いたげに、頭を横にふるのが見えました。
「お前には、驚かされてばかりだ」
そう言って。
何を思ったのか、私の頬に触れようと、アルセルさんがその長く綺麗な指をこちらへ伸ばした時でした。
遠くから、魔物の咆哮が聞こえました。
祭壇に置き去りにされた夜、暗闇の中から近づいてきた足音を思い出し、思わず体を強張らせれば
「この礼拝堂には結界がある。魔物は入れない。……オレが戻るまで、くれぐれも大人しくしているように」
アルセルさんはそう言って、また私を部屋の中に入れ外から鍵をかけると、害虫駆除を終えた熾火を連れて礼拝堂を出て行ってしまいました。
飛び出して行ったアルセルさんと熾火のことを心配に思いながらも、魔物から二人を守る為に私に出来ることなど、やはりあるはずもなく。
だったらせめて、アルセルさんが帰って来た時に美味しい料理を用意しておこう。
そう思い、再び熾火にもらった備忘録のページを捲ったのですが……。
残念ながら、裏庭は荒れ放題で、そこに書かれている植物を見つけることが出来ませんでした。
他にやることもないので、まずはお庭を整えることから始めようと、手を動かしていた時です。
井戸の後ろ、蔦に覆われた壁の一角に、古い木戸を見つけました。
扉の先に何があるのだろうとワクワクしながらそのノブをまわそうとしましたが、残念ながら鍵がかかっているようで、それが開くことはありませんでした。
諦めて、当初の予定通り地道な雑草抜きに戻ります。
時折腰を伸ばしながら黙々と作業を続ければ、庭の隅に雑草の小山が出来ました。
次に、本来なら陽の光が差し込み、花々が植えられていたであろう場所には、薔薇やライラック、ラベンダーの花に見立てた、色とりどりに光るクリスタルを飾ります。
そうして最後に、飛び石を縁取るように淡く光るクリスタルの粉を撒き、アプローチを整えていけば……
荒れ果て、うら寂しかった裏庭が、星明かりに照らされた美しいイングリッシュガーデンへと変貌を遂げました。
石段の上に一人腰掛け、早くこの美しい景色をアルセルさんと熾火に見せたいなと、二人の不在を寂しく、そして心細く思った時でした。
先ほど雑草を抜いた土の中に、半ば埋もれながら星明りを受けキラリと光る何かを見つけました。
何だろうと思い掘り返して見れば、それは古びた鍵です。
もしやと思い、衝動的に裏木戸へ差し込めば、ギィィィと大きな音を立てて木扉がゆっくりと開きました。
◆◆◆◆◆◆
せっかく、自ら身を引いてやったというのに。
けたたましくドアを叩いて、ヒナタは自らまたオレの元へやって来た。
虫が出たと怖がる彼女を見て、その面立ちに違わぬ年端もいかぬ少女なのだろうと一瞬思ったが、柔らかな肢体を押し付けられ、密かに考えを改めた。
念のため年を聞けば、今年で十九になったのだという。
二十歳で嫁いだはずの妹とは比べ物にならないほど幼い。
そのことに呆れると同時に、ころころと変わる裏表のない表情に、一瞬、天真爛漫だった誰かの姿が重なった。
うっかりヒナタに逃げられぬよう、礼拝堂の入り口を塞ぐように腰を下ろした。
片膝を立てたまま目を閉じ、いつの間にか眠ってしまっていたらしいオレは、懐かしい日の光が柔らかく差し込むのを感じ、目を覚ました。
次の瞬間、ここが陽光など一切差さないダンジョンの奥地であったことを思い出し、弾かれたように立ち上がる。
すると、そんなオレを見て、ヒナタがまた楽しそうに笑った。
澄んだ空気の中、両膝をつき、敬虔に祈るヒナタを見て、この子は本来こんな所に来るべき人間ではなかったのに、と今更ながら良心の呵責を覚えた。
記憶は所々曖昧なため、確かなことは言えない。
だが、きっと地上で『魔王』と恐れられるようになったオレが聖女を望んだことで、彼女はこのような事態に巻き込まれてしまったのだろう。
彼女を地上に返す術はあるのだろうか。
そう思った時だった。
彼女がまた、こんな異形に身を堕としたオレに、不用意にも無邪気な笑顔を向けたものだから……。
かつては聖騎士団に身を置いていたというのに。
孤独に耐え兼ね、すっかり心まで魔に堕ちてしまったオレの思考は、彼女を帰す術を考えようとするたび、なぜか途中で止まってしまうのだった。
ダンジョンの深部に湧いた魔物を屠り、拠点としている礼拝堂に戻る。
虫一匹であれほど怖がるくらいだ。
魔物の声に怯え、今頃は震えて泣いているかもしれない。
さて、何と言って慰めたものか。
幼い頃の妹を思い出しながら、苦笑に見せかけた小さな笑みを思わず漏らした、その時だ。
開けた扉の先に、ヒナタの姿がどこにもないことに気がついた。
自身の内に、再び闇が色濃く広がっていくのを感じながら呟く。
「逃げた……のか」
その声は確かに自分のものでありながら、先ほど聞いた魔物の咆哮よりも、随分と恐ろしいものに聞こえた。
次回は、本日17時10分に投稿予定です。




