第28話|望んでも良いこと、本当に帰りたい場所
「聖女は正妃となる決まりだ」
陛下の言葉に、
「それは何故」
アルセルさんは動じることなく、真っ向から問い返しました。
「何故も何も、元よりそれがこの国の伝統だ」
そう言い切った陛下に対し、
「ご存知ないのなら、教えて差し上げましょうか?」
アルセルさんの低く響く声に、陛下をはじめ、皆が口を閉ざしました。
「長い時の中で忘れられてしまったのかと思ったが……何だ。皆、よく分かってるじゃないか」
アルセルさんが暗く薄い笑みを浮かべると同時に、陛下がギリッと歯噛みする音が聞こえました。
結局――
『アルセル・グランヴェルには、新たに辺境伯の爵位と領地を与える。これからも国の守護に努めよ。褒賞の話は以上だ』
陛下のその言葉を最後に、パーティーは早々にお開きとなりました。
「私達、ダンジョン内での健康で文化的な生活を楽しんでますので、どうぞお構いなく!!」
意を決して叫んだ私の言葉は、アルセルさんが思わず噴き出した以外、誰にも拾われることなく。
シンと静まり返った会場に、ただ虚しく響いたのでした。
私を部屋に連れ戻しに来た近衛と侍女さんを無視して、
「月が綺麗だから、少し歩こう」
そう言って、アルセルさんが私を連れ出してくれた先。
それはお城の裏庭ではなく、広々とした開放的な庭園でした。
初めて立ち入るそこは、まるでテーマパークの迷路のようで。
「一人で好きに見て回って構わない」
そう言われたのに。
思わずアルセルさんの腕をグイグイ引っ張って、あれこれ尋ねながら見て回れば、アルセルさんは一瞬驚いたような顔をしたものの、それを咎めることなく、優しく私に付き合ってくれ。
やがて夜風が冷えてきたことに気付いたのか、自分の上着をそっと私の肩に掛けてくれました。
パーティー用の靴から、アルセルさんが連れてきた侍女さんが持ってきてくれた履き慣れた靴に替え。
二人並んで月明かりの下を、楽しく、けれど話の核心には触れられないまま、どのくらい歩いた頃だったでしょう。
「次は、何処に行きたい?」
ふっと真剣な目をしたアルセルさんに、そう問われました。
「あの礼拝堂に。熾火と灯雪の待つ、あの家に……アルセルさんと一緒に帰りたいです」
もう本音を抑えきれなくなって、ぽろりと涙を零しながら、そんな我儘を口にすれば、
「じゃあ、帰るか」
アルセルさんは私の視線に合わせるように膝をつくと、長い指で頬を伝った涙を拭い、またカラッと笑って言いました。
「折角、聖騎士に戻れたのに。辺境伯にもなれるのに、いいんですか?」
地上には、アルセルさんにとって、私と過ごすダンジョンでの生活よりもずっと大切なものが、もうたくさん出来てしまったのではないか。
そう思い、怖くて聞けずにいた問いを、やっとの思いで口にすれば、
「お前こそ、正妃になれるのにいいのか?」
実に呆れたような口調で、逆にそんな分かり切った質問を返されました。
そんなものには最初から興味がないと首を振れば、
「やっぱり敵わないな」
アルセルさんはそう呟いて私をその背に隠すと――
「すぐに済ませる。目を閉じて、耳を塞いでいろ」
じっと私達の動向を窺っていた近衛兵に向かい、剣を抜きました。
◆◆◆◆◆◆
数百年ぶりに浴びた陽光は、眩しく、暖かく、懐かしくはあったが――
長年思い描いていたものとは随分異なり、大して面白みのないものだった。
ヒナタに会う前、あれほど焦がれていたのは、長い間手に入らなかったせいで、勝手に美化していただけなのかもしれない。
一瞬そう思いかけて、いや、違うなと思った。
きっとヒナタが作り出すものが――いや、ヒナタ自身が面白過ぎるのがいけないのだ。
ヒナタが作り出した奇想天外な家を思い出し、そう合点がいくと、期待外れだった本物の陽光も、特段悪いものではないように思われた。
さて、どうやって帰るかなと思った時だった。
ヒナタを迎えに来た国王の姿に、流石に一瞬、息が止まった。
太陽のような淡い金髪。
その面差しを見て、一目でルシアの子孫だと分かってしまったからだ。
憎んでしまえば楽だとも思った。
けれど――
その瞳の奥が弱々しく震えているのを見て、あぁ、やはりルシアだと思った。
似ていたのは、実は面差し以上に、この怯えのほうなのだと気づいてしまえば、もうそれ以上、そういった感情を抱くこともできなくて。
わざわざ時間を割き、手を貸すような真似までしてしまった。
恋慕が残っていたからではない。
この結末は、全て自分が蒔いた種によるものだったのだと、ようやく己の高慢さに気づいたからだ。
◆◆◆◆◆◆
「酷い有様でしょう」
国境の拠点で、ギンに言われ、そうだなと返した。
灰の国が国境を越えてから、もう数年になるという。
奪われては奪い返し、また奪われる。
そんなことを繰り返しているうちに、国境沿いにあった村の多くは人が消え、畑は雑草に覆われ、街道沿いの家々は朽ち始めていた。
ヒナタが来る前の礼拝堂を思い出した。
「今は?」
「三日前に、あの砦を取られました」
ギンが指した先を見る。
小高い丘の上に築かれた砦には、見慣れない灰色の旗が翻っていた。
「取り返せばいいのか?」
「……簡単に言いますね」
「難しいのか?」
「えぇ、人には。だから、数年もこうなってるんですよ」
「なるほど、それは良かった」
オレの正体にはなから気づいていたのであろうヤツの嫌味を、鼻で笑い飛ばす。
「お供します」
そう言って、ギンがまたオレの背後についた。
「停戦協定を結ぼう。決着がつくまで寝首は掻くなよ」
念のためそう釘を刺せば、
「はて、何のことでしょう?」
実に安心できない答えが返ってきた。
長い間侵攻を続けてきたことで、向こうにも余力はあまり残っていなかったのだろう。
長年膠着していた戦線を一ヶ所から崩してやれば、あとは呆気ないもので。
崩れた均衡は瞬く間に前線全体へと広がり、数年続いた戦いは、わずか三日で幕を閉じた。
「向こうも、随分と追い詰められていたようですね」
ギンの言葉に、見晴らしの良い高台から、打ち捨てられた灰の国の陣の跡を眺める。
言われてみれば戦をしに来たにしては、妙に荷車が多い。
武器や兵糧だけではなく、家財道具らしきものまで積まれているのが、遠目にも見て取れた。
聞けば灰の国では数十年前、南海近郊でダンジョンから大量の魔物が地上へ溢れ出す、ダンジョンブレイクが起きたらしい。
以来、溢れ出した魔物によって、徐々に国土を奪われ、追い詰められた彼らが活路を求めたのが、宵の国を抜け、その先にある西の海だったというわけだ。
やつらは侵略軍というより、国ごと逃げてきた連中なのだろう。
もちろん、だからといって他国に軍勢を率いて押し入っていい理由にはならない。
だが――
帰る場所がないというのは少しばかり厄介だなと、自分の顛末を振り返りながらそう思った。




