第24話|ショートケーキと信用
翌日――
「じゃあ、アレ、取ってもらえたりしますか?」
そう言って、私がアルセルさんに採取をお願いしたもの。
それは、井戸の側面にこびりつくようにして出来た、白い結晶でした。
「それは可能だが……こんなもの、一体何に使うんだ??」
「ベーキングパウダーですよ」
「ベーキングパウダー??」
恐らく、この苦くて油膜が張った、しかし飲もうと思えば飲めなくもない井戸水は、炭酸塩や鉄分などを多く含んだアルカリ性の鉱泉水なのでしょう。
だから、井戸の側面に析出したこの白い結晶が、天然の重曹ではないかと、そう思ったのです。
実際、ロープを使ってロッククライミングの要領でアルセルさんに取ってきてもらった結晶を細かく砕いて粉にし、その一摘まみに、レモン代わりに使っているしなびた人参に似た植物の絞り汁を垂らしてみれば、シュワシュワと、勢いよく泡が立ちました。
以前アルセルさんに取ってきてもらい、残りを乾燥させて保存しておいたキャッサバに似た地下茎を細かく砕いて粉状にし、同じく先日の残りのダンジョン産ココナッツミルクを加えます。
そこに、新たに取ってきてもらったアボカドに似た黄色い実を湯がいたバターの代用品を加え、さっくりと混ぜ合わせます。
次いで、小さめの鍋の内側にもバター代わりの実を塗り生地を流し込み、鍋敷きの上にトントンと軽く落として表面を平らにならしたら準備完了です。
最後に、熾火には綺麗に掻いた竈の中で、尻尾を抱くように丸くなってもらい、その脚とお腹の間に鍋を置けば、ふっくら膨らんだ、ダンジョン産スポンジケーキの完成です!
鍋から取り出した生地に、アルセルさんから分けてもらったワインを琥珀糖代わりの霜積と一緒に煮詰めて作ったシロップを塗ります。
スポンジを休ませている間に、ミルクを入れたボウルを冷たい水で冷やしてしばらく置き、表面に浮いてきた乳脂肪分の多いクリーム部分を集めます。
それをアルセルさんにお願いして、彼の腕の力が続く限り攪拌し続ければ、何とかかんとか、ツノの立ったホイップクリームを作り出す事も出来ました。
アルセルさんがダンジョン産アボカドバターと共に取ってきてくれた、地上では銀穂と同等、もしくはそれ以上に高価とされる野イチゴに似た赤く甘い実。
それを贅沢にスポンジとクリームの間に挟み、クリームを綺麗に塗った表面にも、惜しげなく並べていきます。
さらに先程作ったシロップでナパージュを施し、最後に金箔代わりの金晶果をほんの少しだけ散らせば――
念願の!
念願の、ショートケーキが遂に完成しました!!
新しく作ったテーブルクロスを掛け、疑似陽光が差すようになった影響で庭に生えて来た、小さな花をつける野草を小瓶に活けて飾ります。
キラキラと輝く、最近では寧ろ地上で飲んでいたものよりもこちらの方が好きになった紅茶を淹れ、切り分けたショートケーキをお皿に乗せ、トレー代わりの大きな木皿に並べて運べば――
アルセルさんが立ち上がり、私の為に椅子を引いてくれました。
「いただきます」
弾む声でそう言えば、アルセルさんが私を真似して手を合わせました。
まるで掌の上に落ちて来た初雪のように、口に入れた瞬間、ショートケーキがひと噛みするよりも先に、ふわっと甘く溶けました。
同時に、アルセルさんの仮面がボロボロと瓦解していきます。
「お味はいかがですか?」
込み上げてくる嬉しさをもう抑えきれず、感想を催促すれば、
「王宮で開かれる夜会でも、こんなに美味いケーキは食べた事がない」
アルセルさんがそう言って、白い歯を見せて笑いました。
アルセルさんのその物言いに、先日の事を思い出し、一瞬カロリーの事が頭を過らないでもありませんでしたが……。
まぁ、今日はアルセルさんが人に戻ったお祝いの為、ゼロキロカロリーだという事にして、心ゆくまでその美味しさを享受する事にします。
「そして、何より仮面が崩れたので喰いやすい」
その言葉に思わず笑えば、アルセルさんは満足そうにケーキを綺麗に一口分だけ切り分けると、目元の仮面だけを相変わらず残したまま、大きな口でパクリと食べました。
「次は、何が食べたいですか?」
「いや、もう十分だ」
「いえ、そういうわけには……」
そう言いかけた私の言葉を、
「解放だ」
アルセルさんが、そんな実にどうでもいい言葉で遮りました。
いい加減、何度も繰り返されるこの話に腹が立ってきて。
テーブル越しにその仮面を剥ごうとすれば、
「グッ!」
私の不意打ちを喰らったアルセルさんが、痛みに思わず声を上げました。
ならば、バターの代用品を温めた物を隙間に流し込めば、上手い事剥がれるのではないか。
そう思って小鍋を手に取った私の行動を、アルセルさんはどう勘違いしたのでしょう。
「待て!? 話せば分かる!!」
そう言って私から鍋を取り上げた後で
「そもそもお前がこんな所に来る羽目になったのは…………全てオレのせいなんだ」
アルセルさんにしてみれば実に重い、しかし私からすれば、まぁそうだろうなと最初から分かり切っていた事を、ポツリポツリと話し始めました。
「オレが聖女を望んだせいだ。だから、お前は……」
「何度も言ってるように、私、ここが好きなんです。全部分かった上で、王太子殿下の求婚を蹴って、自分で選んでここに居るんです。……いい加減、私の事、信用してください!」
以前とは異なり、意図的にアルセルさんの言葉を遮り、真っすぐその目を見つめれば。
アルセルさんはまた長い事、上手く言葉に出来ないようでしたが
「すごいな、王太子からの求婚を蹴ったのか」
敵わないなとばかりに笑いました。
「ですから。アルセルさんも、諦めなくて大丈夫ですよ」
そう言って。
もう一度アルセルさんの目元に残った仮面に触れれば、まるで眼鏡を外すように、遂にスルッとそれが外れました。
アルセルさんは悪い人ではないのに、どこかずっと高慢で、それに辟易する事も多かったのですが――
成る程?
この容姿ならこれまで、さぞチヤホヤされてきたのでしょう。
そんな事を考えながら、真っ赤になって思わず視線を逸らせば、
「どうした? 喰いすぎか?」
すっかり調子を戻したアルセルさんが、また実に上から目線に、やれやれと笑いました。




