第21話|畳
首を、寝違えました。
原因は分かっています。
ちゃんとした枕がないこと。
シンプルに、それだけ。
仕方ないので、今日はDIYは諦め、図書室に籠ることにしました。
まるで壊れたロボットのように、不自然な可動域で図書室の中を歩き回り、他に日本語で書かれた本がないかパラパラとページを捲って探していると、
「これなんか、いいんじゃないか?」
そう言って、アルセルさんが一冊の挿絵入りの本を私に向けて差し出しました。
何だろうと首を傾げようとして、あいたたたた、とまた固まります。
そんな私にアルセルさんは、これは子供向けにこの国の伝承が書かれた本で、私が文字を覚えるための教科書にちょうど良いのでは、と教えてくれました。
そう、この世界の言葉は何故か最初から分かったのですが、文字は別で、勝手に翻訳されないのですよね。
試しにアルセルさんに文字を指で追ってもらいながら本を声に出して読んでもらえば、話している言葉の意味は分かるのに、やはりそこに書かれている文字は全く読めませんでした。
文字のお勉強には、正直それ程興味を持てそうにありません。
それでも、この国に伝わる昔話は面白くて。
続きを強請れば、アルセルさんが低く綺麗な声で、その本に書かれていたお話をもう一つ、読み上げてくれました。
「むかしより、あるはずのない場所にドアが現れることがありました……」
そのドアの向こうには道が続いており、その先には、一軒の立派なお屋敷があると言われています。
その家の中には誰もおりません。その代わり、おいしそうな食べ物や、きれいな着物、金銀の宝物がたくさん置かれていて、そこから何かひとつだけ、持ち帰ってよいといわれています。
けれど、欲張ってはいけません。
持ち帰ってよいのは、たったひとつ。
欲張って二つ、三つと手に取れば、最後には、初めに手にした大切なものまで失ってしまうのです。
「それ知ってます! 夢かと思ってましたけど、現実だったんですね!! 私、昨日そこに行きました!!!」
首の痛みも忘れ、パッとアルセルさんの顔を見れば、仮面越しでもまた彼がポカンとした顔をしているのが分かりました。
好きなものを一つ持ち帰っていいなんて知りませんでした。
そういうことなら、持ってきたいものがいろいろあったのに。
アルセルさんに、
「さっそく一緒に探しに行きましょう! 一人一つ持って帰っていいなら、二人で二つ持って帰ってもいいですよね?!」
と前のめりに提案します。
一瞬帰れなくなりかけたけれど、きっと灯雪がいれば大丈夫だろうと、昨日の顛末も話したところ、
「危険だから、二度と知らないドアには近づくな!!」
と、まるで子供のように叱られてしまいました。
その代わり――
翌日、アルセルさんは、祭壇のあった所よりも少し上層部にある、かつて騎士団が利用していた補給基地から、毛布やシーツ、衣類を大量に持ち帰ってきてくれました。
これだけあれば、枕も作り放題です!
早速、アルセルさんの寝室はどこに作りましょうかと相談を持ち掛ければ、アルセルさんは、
「必要ない」
と、またそんなあり得ない事を言いました。
「そういう訳にはいきません!」
と、食い下がったまではよかったのですが……。
確かに布類は充実しましたが、ベッド代わりに使っている木箱には限りがあります。
何かいいアイディアは無いものかと、寝違えも治り、首が普通に動くありがたみを噛み締めながら、お庭の奥にある手つかずだった場所の草を、手慰みにブチブチと毟っていると――
いつの間にか背後には、自分の背丈よりも長い、細くて良い香りのする草が大量に積み上がっていました。
それを見て、またまた良い事を思いつきます!
早速、アルセルさんに頼んで、木箱を解体し、正方形の板状に組み直してもらいました。
その上に、熾火に乾燥させてもらった細長い草をぎっしりと敷き詰め、端を布で巻き留めます。
そうして出来た物を床一面に敷き詰めれば……
あぁ、もう何と言う事でしょう!
ダンジョンの中に、真新しく、良い香りのする畳風の小上がりが完成しました!!
新しく作った敷布団を二組敷き、洗い立てのシーツをかけました。
枕も二つ並べ、フカフカの掛布団を置けば、まるで小学生の頃、修学旅行で泊まった旅館の様です!
嬉しくて布団の上をゴロゴロ転がりながら、慣れない様子で隣に腰を下ろしたアルセルさんに、
「後で枕投げしましょうね!」
と声をかければ、やはりというかなんというか
「やらん」
と実にすげなく返されてしまいました。
◆◆◆◆◆◆◆
「せっかくなので、先にお風呂どうぞ」
ヒナタにそんな事を言われて、ダンジョンの中とは思えない会話の、あまりの非現実感に、思わず軽い眩暈を覚えた。
「この鎧は取れない」
そう言えば、
「えー、鎧なんだから脱げるでしょう」
ヒナタがそんな呑気な事を言うので、論より証拠と、外れないところを見せようとすれば……。
彼女が言うように、呪いによってオレの身体と一体化していた筈の鎧は、どういう訳かあっさりと外れてしまった。
ずっと、これを外すには、ナイフで腕の皮ごと剥ぐしかないのだろうと思っていたのに。
どうして突然、古いかさぶたが剥がれるようにあっさりと外れたのか、その場に固まりながらしばし考えてみたが、
「お湯が冷めてしまう前にどうぞ」
ヒナタのその言葉に、あぁ、もうオレの知る理屈で考えたところで、答えなど一生分からないのだろうなと、それ以上考える事は諦めた。
湯につかるなど、果たしてどのくらいぶりなのだろう。
ヒナタは熱い湯を好むらしく、その熱さに少し困惑しながら考えてみたが、思い出せる気はしなかった。
体を拭くためタオルに手を伸ばせば、鎧の代わりに新しい服が置かれていた。
それを着て、ヒナタが草で作ったラグの上に敷かれた、薄い敷物の上に横になろうとすれば、
「あぁ、駄目ですよ。ちゃんと髪を乾かさないと」
ヒナタがそう言うと同時に、慣れた様子で熾火がさっとやって来るなりオレの隣に腰を下ろすと、その尻尾をふわりと振った。
「新しい畳みたいで気持ちいいですね」
ヒナタにそう言われて、言葉を濁した。
わざわざ喜んで草のラグの上で寝る意味は、正直よく分からない。
それでも――
隣から聞こえてくるヒナタの寝息を聞いているうち抗いがたい睡魔に襲われ、気が付けば眠ってしまっていた。




