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【完結】過保護な闇落ち聖騎士と寂しがり屋の生贄聖女は、健康で文化的なダンジョン生活を満喫中  作者: tea@コミカライズ 12/26発売 お飾り妻アンソロジー


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第20話|迷い家

今日も今日とて、何故かこれまでよりもどこか少し楽しげに、ダンジョンの見回りに出たアルセルさんを見送った後。


さて今日は何をしようかと考えていた時でした。

裏木戸の隣に、見たことのない扉を見つけました。


「こんな物、なかったような気がするけれど。暗くて気づかなかっただけ、なのかな?」


何気なくノブを回すと、扉はあっさり開きました。

そしてその先にあったもの、それはなんと、陽の差す小道でした。


聖剣も、結晶に覆われた卵の殻もないのに、どうやってダンジョンの中に陽の光を再現出来ているのだろう?


そう驚きながら眺めているうちに、私はその道に見覚えがあることに気が付きました。

思わず一歩踏み出せば、靴の裏に伝わる砂利道の感触まで同じです。


いつの間にか、それを辿る私の足はどんどん速くなっていました。



記憶を頼りに進んだ末、辿り着いた先。

それはやはり、とっくの昔に取り壊され、駐車場になってしまったはずの祖母の家でした。


そっくりな家があるだけなのかとも思いましたが、表札には懐かしい祖母の名字が書かれています。

開け放たれた引き戸の玄関から中を覗けば、お客様用のベロアのスリッパも、古い電話帳も、記憶のままに残されていました。


「ごめんください」


思わず声をかけてみましたが、返事はありません。

何度か呼びかけた後で、考えてみれば、ここはダンジョンの奥なのだから、人がいるはずなどないのだと思い至りました。


それでも。


家の中には、つい今しがたまで誰かが暮らしていたような生活感がありました。



靴を脱ぎ、玄関をあがり。

居間を通り抜け、モミジの透かし模様が入った古いすりガラスの戸を開けると、祖母が使っていた和室用の鏡台と櫛が置かれていました。


分かっていても諦めきれず、私は懐かしい背中を探して、家中を歩き回ります。


増築のせいで妙な場所に作られていた納戸。

二階の続き間。

トイレ。

お風呂。


食器棚には昔使っていた食器が並び、押し入れには、私が子どもの頃に使っていた真っ赤な毛布まで残っていました。

それでも……。


そこにいるはずの祖母の姿だけは、やはりどれだけ探しても見つけることは叶いませんでした。





どれほど長い時間、そこにいたのでしょう。

ふと西日が差し込んでいることに気づき、柱時計を見れば、ここへ来た時よりも針が進んでいるように見えました。


アルセルさんが心配しているだろうと思い、後ろ髪を引かれながらも、帰ろうと玄関で靴を履きます。

そうして外へ出た後も、何度も家の方を振り返りながら来た道を戻ったのですが――


どれだけ歩いても道が続くだけで、入って来たはずの扉がどこにも見つかりません。


仕方なく来た道を引き返すと、夕暮れの中に、再び祖母の家が見えました。



誰もいないはずの家には温かな明かりが灯り、醤油のいい香りが漂ってきています。


自分が閉めたはずの玄関の戸をガラガラと開け、ダイニングへ向かえば、テーブルの上には美味しそうな料理が並んでいました。



手を洗い、懐かしい工務店の名前が書かれた薄いタオルで手を拭くと、いつも座っていた自分の椅子を引きました。


「いただきます」


手を合わせ、箸置きに置かれた塗り箸を取り、湯気の上がるシジミの味噌汁に口をつけると、恋しい味がしました。

魚の煮付けに箸を入れれば、味の染みた身が口の中でほろりと崩れます。


思わずその上から白米を頬張れば、煮付けの甘い味が白米と混ざり合い、じゅわっとしたほのかな甘みが口いっぱいに広がりました。



テーブルの急須から、量産品のコロンと丸い湯飲みにお茶を注ぎます。

鮮やかな新緑色のお茶の中に、小さな茶柱が立っているのを見た時でした。


「あ! 見てください! これ、茶柱って言って……」


ずっと帰りたいと思っていた家にいるのに。

ふと話しかけようとした相手は、会いたくてたまらなかったはずの祖母ではなく、アルセルさんでした。


いつの間にかそれが当たり前になってしまっていたくらい、日々の何気ない感動を共にしてくれる人が今はいる。

そのことに胸の奥が少し温かくなり、思わず一人笑ってしまいました。





食器を洗い、玄関で


「おじゃましました」


と深く礼をして、家を出ました。


すっかり日も暮れ、わずかな街灯の明かりだけを頼りに、暗くなった道を歩き続けます。


けれど、歩けども歩けども、やはりどこにも辿り着くことはできませんでした。



とうとう疲れから道端に座り込み、いつの間にか眠ってしまった私の夢の中に現れた人物、それは祖母でもアルセルさんでもなく――


幼い頃、押し入れの中で会った黄色いあの人でした。





「探したよ。今度こそ一緒に帰ろう」


彼はそう言うと、また私に向かい、その傷つきやすそうな手を差し出しました。


以前はあれほど取ってあげたいと思っていた、その手。


けれど今はどうしてもそれを取る気になれず、そんな自分自身の気持ちの変化に戸惑えば……。

その人が、怒るよりも酷く哀しそうな顔をしたのが分かりました。


その表情に改めて酷く胸が痛んだ、その時でした。


「にゃーん」


どこからか、猫の鳴き声が聞こえました。


「灯雪?」


思わずその名を呼んで辺りを見回すと、道のずっと先が淡く白く光っています。

そして再び視線を戻した時には、黄色いあの人の姿は、もうどこにもありませんでした。



急いで立ち上がり、トコトコと歩き去っていく白い光を追います。

見失って立ち止まるたび、少し先から、


「にゃーん」


と声がしました。


歩いて、歩いて、歩いて、歩いて。

そうして更にどれくらい歩いたでしょう。

ようやく、遠くに小さく見えていた白い光が、どんどん近づき、大きくなってきました。


「うん? 灯雪って、こんなに巨大だったっけ?」


そう思った時です。


いつの間にか辺りは暗いトンネルへと変わっていて、その先に、疑似陽光の差すイングリッシュガーデンが見えました。





私がキッチンのドアを開けたのと、帰ってきたアルセルさんがキッチンに入って来たのは、ほぼ同時でした。


「お腹すきましたね」


開口一番、私がそう言えば、私の大冒険など何も知らないアルセルさんが、


「お前は本当に食うことばかりだな」


と柔らかく笑いました。


訳を話そうとして庭を振り返りましたが、そこにある扉は湖へと繋がる裏木戸一つだけで。


「夢……?」


思わず呟いた、その時です。

私の服に残った魚の煮付けの匂いに気づいたのでしょうか。

熾火が『何の匂いだ?』とでも言うように、鼻をヒクヒクさせました。


やっぱり、あれは夢ではなかったのでは?!

そう思って灯雪を見ましたが――


灯雪は、そんなことはどちらでもいいとばかりにキッチンの棚の上へぴょんと飛び乗ると、そのまま丸くなって眠ってしまったのでした。

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