第19話|暇人の魔王様にご趣味を
お夜食の誘惑に負けて以降、アルセルさんにからかわれてばかりの気がします。
ふと視線を感じて振り返れば、思っていたよりずっと近くで目が合って、飛び上がるほど驚いたり。
気が付けば肩がぶつかりそうなほど近くにいて、『狭い』『狭くない』の言い合いになったり。
そうして、私が困っているのを見るたびアルセルさんは笑うのですから、本当に困ったものなのです。
そこで賢い私は考えました。
きっと、アルセルさんは暇なんでしょう。
「何か趣味とかないんですか? 例えばゲームとか」
何とか被害を減らせないかと思ってそう尋ねてみたのですが、
「賭博はしない」
の一言で、あっさり終わってしまいました。
ゲームって、別にそういう類の話ではなかったのですが……。
まぁ、それはひとまず置いておいて。
「じゃあ、一緒にお料理するのとかどうですか?」
今度はそう持ちかけてみれば、決して乗り気ではなさそうでしたが、アルセルさんは拒否もしませんでした。
初心者向けのメニューは何がいいだろうと考えた私が最初に思いついたもの、それはカレーでした。
せっかくなら、川辺で飯盒炊飯とか楽しそうだなと思ったのですが……。
さすがにアルセルさんの目の前で、高価なお米もどきの銀穂を炊いて、その上に一度ついたらなかなか取れない黄色いルーをドバッとかけるのは憚られたので、大人しく先日のラーメンを作った時のダンジョン産の小麦モドキを使って、パンを焼くことにしました。
ついでに香辛料もないので、カレーは諦めてシチューに変更です。
テーブルマナーの良さから、アルセルさんはいいところのお家の出で、料理などしたことがないのかと思っていましたが……。
アルセルさんは実に手際よく、何なら私よりも上手に野菜の皮を剥いていきます。
そういえば以前、私が風邪を引いた時にも、目にも美味しいグリューワインを作ってくれたことを思い出し、
「なんで、そんなに上手なんです?」
と尋ねてみれば、
「騎士団じゃ、遠征に出るとこういった雑用は新入りがやらされるんだ」
そう言って、アルセルさんが実にうんざりした顔をした気がしました。
その声のトーンからも察するに、お料理はアルセルさんの趣味にはならなさそうですね。
とりあえず今日、アルセルさんの趣味を見つけることは諦めて、ミルクの代わりになるというココナッツに似た果物を採ってくるよう頼みます。
するとアルセルさんは、仮面越しにも分かるほどパッと機嫌を良くすると、すぐさま熾火を連れて出ていったのでした。
そうして――
ドアの閉まる音を追いかけるように、いつも聞こえていた錠の落ちる音がもうしなかったことに私が気づいたのは、随分後になってからのことでした。
◆◆◆◆◆◆◆◆
「何か趣味とかないんですか?」
ある日、ヒナタからそんなことを聞かれ、返事に詰まった。
剣を習い始めてからはずっと稽古やら訓練やらで忙しく、そんなことにうつつを抜かす余裕などなかった。
兄が珍しい蝶を集めていたことは覚えているが、生憎、自分には収集癖もない。
楽器も弾けなければ、絵も描けない。
そして、それを不自由だと思ったこともなかった。
ヒナタに言われるまま、芋のような形をした何かの皮を小刀で剥いていると、
「なんで、そんなに上手なんです?」
と、実に不思議そうに聞かれた。
騎士団の遠征では、新入りが炊事をやらされるのだと訳を話せば、突然ヒナタがフフッと声を立てて笑う。
この話のどこに面白いところがあったのだろうと首を傾げれば、
「だって、心底嫌そうな顔するから」
そう言って、ヒナタがまたオレに、酷く無防備な笑顔を晒してみせた。
その言葉に驚いて、いつの間にか仮面が外れていたのかと思い、思わず自分の顔に触れる。
しかし、オレの淡い期待に反して、仮面は未だしっかりと顔全体を覆ったままだった。
他の材料を調達するという大義名分を得て、ようやく調理からの解放を許された。
大きく伸びをして剣を佩けば、同じく待ちくたびれた様子の熾火も、ぐっと前足を突き出して背を反らせる。
「なるべくすぐ戻る」
そう言って振り返らずにドアをくぐり抜け、そのまま背後でパタンと閉じた。
そうして――
その場にじっと留まったまま、一体どのくらいの時が経っただろう。
幸い、オレの目の前で、ヒナタが勝手にそのドアを開けることはなかった。
ヒナタに頼まれていた物はすぐに見つかったので、ねぐらを出て来たついでに、いつものようにダンジョンの中を見て回る。
湧き出てきた魔物を狩るうち、そういえば、かつて自分が狩りを好んでいたことを思い出した。
それと一緒に、小鳥を可愛がっていた妹からは、獲物を嬉々として持ち帰るたび、随分と嫌な顔をされていたことも思い出す。
地上の年月にして、何百年も続けてきた魔物討伐。
それを長いこと、自分は自分に課せられた罰のように思っていた。
しかし考えてみれば、孤独に耐えかねたことはあれど、魔物討伐そのものをそれほど苦痛に感じたことは、正直なかった気がする。
何百年ぶりかの焼き立てのパンと温かなシチューを食べながら、終わりのないものだと思っていたダンジョン暮らしが、ほんの少しだけ違って見えたような――そんな気がした。




