第15話|魔王と聖騎士
ヒナタが僕の前から姿を消して、六年が経った。
相変わらず、ヒナタの残した不思議な石は夜になると光を放ち、彼女がまだ生きていることを僕に教えてくれる。
けれど、彼女を助けるためダンジョンへ行きたいという僕の願いが認められることは、一度もなかった。
僕は騎士となり、王太子であった殿下は婚約者だった侯爵令嬢と結婚し、昨年、父王に代わって王位についた。
賢王の治世が始まったと庶民からの人気は高いが、この国がドン詰まりにあることは何一つ変わっておらず。
国の将来を懸け、再び多くの犠牲を払い秘密裏に行われた勇者召喚は、またしても失敗に終わった。
誰もが絶望に沈む中、実にくだらないと思いながら、勇者のため用意された聖剣に触れた時だった。
勇者にしか反応しないと言われていた聖剣が突然、眩しい光を放った。
導かれるように柄を握れば、それは初めから僕のものだったかのように不思議と手に馴染んだ。
「僕こそが、真の勇者だった。もう、それでいいじゃないですか?」
僕の嘘を信じた者など、誰もいなかったに違いない。
それでも、他に手はなかったのだろう。
神官は天啓が下ったとして僕を勇者と認め、魔王アルセル討伐の命を出した。
志願し向かったダンジョンは何処までも深く、光を飲み込むように暗かった。
襲い来る魔物をひたすら倒し進みながら。
聖騎士達は、実は怖がりで寂しがりなヒナタをこんな場所に一人置き去りにしたのかと思うたび、胸の奥が冷たくなり、そのまま潰れてしまうのではないかと思うほど苦しくなった。
やっとの思いで、遂に六年前と何ひとつ変わらないヒナタを遠くに見つけた時だった。
彼女の隣に立つ魔王の姿を認め、ヒナタをこんな地下深くに閉じ込めたヤツへの殺意を押し殺すのに酷く苦労した。
封印を壊し、かつて厄災と恐れられた魔物を魔王にけしかけ、その間にヒナタを連れて逃げるつもりだった。
それなのに……。
「お迎えに上がりました」
広い城内で迷子になった彼女を見つけるたび、そうしていたように手を伸ばせば、ヒナタは昔と同じように喜んでこの手を取ってくれると思ったのに――
「……私、行かない」
まるで恐ろしいものを見るような目で僕を見たから。
ヒナタの言葉は確かに聞こえているのに、頭がその意味を理解することを拒んでいるせいで、反応ができなくなった。
これではまるで、僕を見えない子として扱っていた子爵家の人間と同じじゃないか。
そう思った時だった。
棚の上を歩いていた猫が落とした小瓶が床を転がり、僕の靴にぶつかった。
その小瓶と、母が亡くなった時にあった薬瓶とが重なった、その瞬間だった。
嘘ばかりついてきた報いなのだろう。
もう、何が本当だったのか、自分でも分からなくなってしまった。
「大丈夫、アンタが心配することは何もない。僕が、守るから」
そう言って、僕はヒナタに眠り薬を飲ませた。
甘いショコラの嘘に包まれたそれは、魔王に傷つけられ、心身ともに衰弱し、錯乱した彼女を安全に連れ帰るため用意してきたものだった。
ヒナタを横抱きに抱え、一刻も早くこの礼拝堂を離れようとした時だった。
「オレのものに触れるとは。よほど命が惜しくないと見えた」
すぐ目の前で、底冷えのする魔王の声がした。
少しは、あの太古の昔に封印されし魔物が時間を稼いでくれることを期待していたのだが、とんだ期待外れだったらしい。
相打ちになってくれれば願ったりかなったりだと思ったが、魔王の身体から滴る緑の血は、どう楽観的に見積もっても奴自身のものとは思われなかった。
眠るヒナタをそっと礼拝堂の入り口に寝かせ、聖剣を抜き表へ出れば、それを待っていたかのように魔王も剣を抜いた。
魔王の構えを見て、忌々しさに思わず舌打ちが出る。
なぜならヤツが取ったそれは、六年前、ヒナタをここに置き去りにした者たちと同じ――しかし僕などよりもずっと綺麗で、鍛え抜かれた、選ばれし聖騎士の型そのものだったからだ。
◆◆◆◆◆◆
オレが生まれるずっと前から、この国は、歪んでいた。
他国に対抗するため、多くの犠牲を払い異世界から力ある存在《勇者》を呼び出し、国力として利用する事を目指したのだ。
しかし、それが成功した試しは一度として無かった。
失敗が重なるたび、制御不能な揺らぎと贄となった者達の私怨が澱のように溜まっていき……。
静かな祈りの場だったはずの地下神殿は、いつしか魔物の湧き出る魔窟へと変わり果てた。
一方、王家は民に対し、勇者召喚による犠牲と魔物の発生要因を隠蔽すると同時に、聖女の力によって魔窟から魔物が地上に出て来ることは叶わないと、嘘を吐き続けた。
そして、その欺瞞を永続させ、王家こそが国を魔物から守っていると民に信じさせるため、一つの決まりが生まれた。
――聖女が、王妃となる。
聖女は、王家の威信を保ち、秘密を守るためのただのお飾りに過ぎないというのに。
他国からの侵略と、魔窟から溢れ出す魔物に密かに怯える多くの民は、神に選ばれた聖女が王家に迎えられ、その力で国を守っているのだという甘美な物語《出鱈目》を、盲目的に信じていた。
努力を正当に評価されず、足りない部分ばかりを責められ一人で泣くルシアを見るたび、自分への怒りが込み上げる。
どうしてあの夜、もっと早く二曲目のダンスを申し込まなかったのか。
もし、オレが先に婚約を申し込んでいたら。
オレなら、彼女をこんな窮屈な王宮の裏庭に閉じ込めたりなど決してしないのに。
その白い頬に触れルシアの涙を拭うたび、そんな事を考えていた。
そうして遂に、事件が起きた。
魔窟の奥で、これまでより強い個体が誕生したのだろう。
地上付近に住み着いていた魔物が、それらに追われるようにして、魔窟から地上へと這い出して来たのだ。
聖女がただのお飾りに過ぎないことなど、貴族なら誰もが知っていた。
しかし、民は未だそれを知らない。
このまま魔物が地上に溢れれば、聖女の力を疑われ、王家の威信が揺らぐのは時間の問題だった。
そこで――王家は即座に動いた。
やつらはルシアを『聖女を騙った罪人』というスケープゴートに仕立て上げ、魔窟への贄として処刑することを決めたのだ。
一方的に聖女に祭り上げておきながら、都合が悪くなれば切り捨てる。
そのあまりの非道さに、激しい憤りを抑えられず、厳罰を科されることを承知で直談判を試みた。
しかし、聖女と同じく、その聖女を守るための『聖騎士』という肩書も、国にとってはやはりただのお飾りで。
役立たずの番犬の遠吠えが、王家の決定を覆すことはなかった。




