第12話|たまごと蛍光灯
さて、今日は何をして過ごそうかと、ワクワクしながら大昔の聖女の手記を開こうとした時でした。
今日も今日とて、誰が見ているわけでもないのに、生真面目にダンジョン内をパトロールしてきたアルセルさんが、またお土産をくれました。
今回、アルセルさんがくれたもの。
それは、乳白色の結晶に覆われた魔物の卵でした。
ダチョウの卵ほどもあるそれを前に、一体アルセルさんはこれを何に使うつもりなのだろうと、興味津々に見ていた時です。
「何だ? 何でも見境なく素材として使っているから、喜ぶかと思ったが……。いらなかったか??」
そう言われ、思わず言葉に詰まりました。
「何でも見境なくって……」
「銀穂だって、煮て焼いて食っただろう?」
まるで『あんたがたどこさ』の歌詞のような言われように、思わず口を尖らせた時でした。
突然、ピシィ! と音を立てて、卵に大きなクラックが走りました。
ハッとして、卵が置かれた石造りの調理台の下を覗き込めば、熾火が気持ちよさそうにくつろいでいます。
試しに調理台へ手を当ててみると、熾火の尻尾の火に温められホカホカになっていました。
突然の温度の変化に耐え切れず、ひび割れを起こしたのでしょう。
これ以上破損させてしまう前に、早く涼しい場所へ移さないと。
そう焦って、卵を抱え上げようとした時でした。
パキン、と音がして、卵の尖った上部が割れました。
そして、その中にいた何かと、パチッと目が合います。
「中、生きてる!!!」
思わず後ずさりながら卵を指さし、そんな悲鳴を上げると、
「下がってろ」
アルセルさんはそう言って、静かに剣を抜きました。
パキッ、パキッ――
そんな不穏な音を立てて、卵から生まれてきたもの。
それは……
モフモフの真っ白な子猫でした。
「か、かわいい!!!」
思わず抱きしめようと手を伸ばせば、
「気を付けろ! 小さくても魔物だ!!」
アルセルさんに、それこそ猫の子にするように首根っこを掴まれ、止められました。
よく見れば、その子猫には確かに小さいものの鋭い牙が生えていますし、背中には蝙蝠のような翼まで生えています。
刷り込みにより、私をママだと思ってしまったのでしょうか。
こちらに向かってニーニー鳴く、毛玉のようなそれを冷たく放っておくことなんて、私には到底できるはずもなく。
「飼っていいですよね?! お世話はちゃんと私がしますから!!」
子猫をモフりたい衝動を抑えきれず、手をワキワキさせながらそう言えば、
「馬鹿言うな。こいつは大人になれば氷の魔法を使う危険な魔物だぞ」
アルセルさんは、聞き分けのない子供を持った親のように、渋い顔をして首を横に振りました。
「でも熾火はいい子ですよ?」
「熾火はオレの従魔だからな」
「従魔?」
聞き慣れない言葉に首を傾げれば、アルセルさんと目が合った熾火がトコトコとアルセルさんの足元までやってきました。
そうして熾火はアルセルさんの足元に伏せると、こちらに向かい初めて私がその名を呼んだ時と同じように、瞳の奥で綺麗な炎をパチリと爆ぜさせました。
「契約を結び、主に従う魔物のことだ。魔の力で無理に従わせる使役とは違う。契約している限り、熾火がオレの意思に反して人を襲うことはない」
私は改めて、調理台の上にちょこんと座る真っ白な子猫へ目を向けました。
「じゃあ、この子も従魔にすれば飼っていいってことですね!」
「出来るのならば、な」
聞けば、後にも先にもアルセルさんが従魔契約を結べた魔獣は熾火だけなのだそうで。
従魔の名の通り、熾火はアルセルさんの命に従ってくれるものの、その契約を持ちかけてきたのは熾火の方だったのだとか。
魔物と契約を結ぶなんて、一体どんな感じなんでしょう?!
そう思いながら、調理台の上から一人で降りることも出来ず、おろおろしている子猫の魔物と目線を合わせてみましたが……。
子猫はニャーニャー鳴くばかりで、一向に契約を持ちかけてくれる様子はありません。
「やっぱりアルセルさんじゃないとダメみたいですね」
そう言って少し強引にアルセルさんと場所を代われば、私とは違い長身のアルセルさんから伸びる黒い影に、子猫はビクッと体を震わせ、その身を低く屈めるとアルセルさんに向かってシャーッと牙を剥きました。
ほらな、と言わんばかりに肩をすくめるアルセルさんに、
「アルセルさんはやれば出来る子ですよ!」
そんな実に人任せなエールを送れば。
「一度だけだぞ」
アルセルさんはやれやれと深いため息をついた後、フッと纏う空気を変え、やんのかステップの体勢をゆっくりと解いた子猫の目を、凛とした眼差しで真っ直ぐに見据えました。
「……灯雪。お前の名は灯雪だ」
アルセルさんが子猫へ向け、低く厳かな声でそう告げた次の瞬間です。
ブルーグレーだった子猫の瞳が一瞬金色に輝くと同時に、尻尾がブワッと大きく膨らみました。
少しして尻尾のふくらみが収まると、子猫――改め灯雪は、
「にゃーん」
と可愛らしく一声鳴くと、自分と視線を合わせるように身を屈めていたアルセルさんの頭をぴょんと飛び越え、私の肩へと飛び乗ると、耳を私の頬に擦りつけるようにしてゴロゴロと喉を鳴らしました。
「名前を決めさせてやれなくて悪かった」
そう謝るアルセルさんに、
「いえ、アルセルさんの付ける名前、どれも綺麗で好きなので」
と本心で返しました。
するとアルセルさんが少し間を置いて、
「ヒナタなら、どんな名前を付けた?」
と聞いてきたので
「そうですねぇ。真っ白な子猫なので『炊き立て』、錆び猫だったら『おこげ』とかいいんじゃないでしょうか!」
会心の名を口にしたのですが、何故でしょう?
「なるほど。今後も名付けはオレがしよう」
先程までの申し訳なさそうな様子はどこへやら、実にスッキリした声音でそう断言されてしまいました。
不要となった卵の殻を、
『何かに使えないかなぁ』
と、いろんな角度から眺めていると、棚の上に登った灯雪が、明かり取りのために置いていたクリスタルに、ちょいちょいとじゃれつきました。
そして、猫パンチで飛ばされた光クリスタルの一つが、卵の殻の中へ見事にホールインワンした、その瞬間です。
まるで蛍光灯をつけたかのような白い光が、薄暗かった部屋を明るく照らしました。
「っ?!」
思わず言葉を失うアルセルさんを横目に、何とかこれに熱源を加えることで陽光を作り出せないかと、頭をフル回転させます。
熾火を入れてみるのはどうだろうかと思いましたが、熾火が入るには、さすがに卵の殻が小さすぎました。
試しに尻尾だけ入れてもらいましたが、火力が弱いのか、望むような結果はどうしても得られません。
もっと強い熱源がどうにか手に入らないものか、きっと何かいいものがあるはずだと、私が首を捻った時でした。
熾火と灯雪が一斉に、ピンと耳を立てました。
そうして二匹が低く唸った、その直後――
私の肌がビリビリと震えるほどの恐ろしい魔物の咆哮が、ダンジョン中に響き渡りました。




