第11話|ダンジョン米やみひかり?
お味噌汁を飲んでしまったことで、思ったことがありました。
お米が……。
お米が食べたい!!!
しかし大昔の聖女の手記を隅々まで見ても、『とうとう見つけられなかった』という一文が、涙の痕で滲んでいるのみ。
裏庭に生えている、麦のような穂についた白い小粒の実を試しに炊いてみたりもしましたが、青臭いばかりで、食べられたものではありませんでした。
麦に似たこの植物のあまりの食えなさに、
『これが日本にもある植物だったら、先人たちが美味しく食べる術を考案してくれていただろうに』
と、思わず地団太を踏みます。
あまりの口惜しさに、大昔の聖女の手記に残っていた痕も、もしかしたら涙ではなく涎だったんじゃないだろうかなんて思った時でした。
熾火と共にダンジョン内のパトロールに出ていたアルセルさんが、
「土産だ」
そう言って、布に包まれた小さな何かをくれました。
何だろう。
そう思って開けば、それは銀色に光る小粒の実の集まりでした。
アルセルさん曰く、これは『銀穂』と呼ばれる珍しい植物の実で、地上では一粒で銀貨一枚に相当するほどの高級品なのだとか。
「暇を持て余しているようだから、退屈しのぎになるだろうと思ってな。刺繍でも、何でも好きに使うといい」
そんなアルセルさんの言葉を聞き、こちらではビーズのような装飾品として使われているものなのだと理解します。
しかし……。
どうしてもそれが、例のアレにしか見えなかった私は、一粒つまむと、思わずその香りを嗅ぎました。
「あの……これ」
「何だ?」
流石に、これを言うのはどうなんだろう。
そう思い、言いかけてはやめ、また口を開きかけては閉じていると、
「何だ? 怒らないから、ちゃんと言え」
アルセルさんにそう促され、私は意を決して口を開きました。
「……これ、炊いちゃだめですか?!」
「は???」
アルセルさんは、長いこと意味が分からないといった様子でポカンとしていましたが、自分で好きに使えと言った手前、引っ込みがつかなくなったのでしょう。
「……好きにしろ」
そう言った後、
『えっ?! 本気???』
とでも言いたげに固まる熾火を、竈まで呼んでくれました。
しばし銀穂を水に浸し、水分を吸わせた後、およそ一合分の銀穂と水を鍋に入れ中火で沸騰させます。
「はじめチョロチョロ、中ぱっぱ。赤子泣いても蓋取るな」
そんな呪文を唱えながら、沸騰したところで火を弱め、そのまま十分ほど炊いて。
火を止め、さらに十分ほど蒸らせば――。
蓋を開けたそこには、ふっくら艶々に炊き上がった銀穂がありました。
恐る恐る口に入れてみれば、噛めば噛むほど、仄かな甘みが口の中に広がります。
「あぁ、これぞまさに銀シャリ!!!」
感動しながらアルセルさんにも食べてみるよう勧めてみましたが、食べ慣れない味だからでしょうか?
アルセルさんの頭の上に、クエスチョンマークが浮かんでいるのが見えた気がしました。
せっかくの銀シャリに手を加えるのは少々もったいない気もしましたが、小さな三角形に握り、その表面に醤油の実の絞り汁を塗って、軽く炙ってみます。
すると香ばしい醤油の匂いが漂った途端、コクッとアルセルさんの喉が鳴ったのが分かりました。
完成した一口大の焼きおにぎりを差し出せば、残念ながら仮面が崩れることはありませんでしたが、
「……悪くないな」
そう言ったアルセルさんの声が、ほんの少し柔らかくなったのが分かりました。
◆◆◆◆◆◆
「……これ、炊いちゃだめですか?!」
そんなことを言われた時は、また思わず自分の耳を疑った。
一粒で銀貨一枚の価値を持つ銀穂だ。
地方なら、屋敷が一軒買えるほどの量。
その三分の一を、わざわざ鍋で煮て食ってみたいというヒナタの言葉を聞いて、開いた口がふさがらなくなる。
全て持って逃げることを考えなかったのだろうか。
そんな疑問が浮かんだあとで、まぁ、思いもしていないのだろうなと軽い頭痛を覚える。
目の前で実に幸せそうに銀穂を頬張るヒナタを見て、また小さく笑ってしまえば、食い意地を揶揄されたと勘違いしたのだろう。
ヒナタが珍しく恥ずかしそうに頬を染めた。
翌日――
テーブルに突っ伏したまま眠るヒナタに、また風邪をひくぞと声をかけようとした時だった。
かつて自分が処分したはずのハンカチが、綺麗に畳まれてテーブルの上に置かれていることに気がついた。
血に汚れ、捨てたはずのそれには、丁寧に染み抜きが施されていた。
それでも落ち切らなかった染みにはそれを覆い隠すように、銀穂の粒でオレの名の頭文字が縫い取られている。
そして、すっかりほつれてしまっていた、かつて自分が誇りとしていた聖騎士の紋章も、綺麗に繕われていた。
地上でどれほど金を積んでも、これほど美しい品は、そうそう手に入らないだろう。
失ったはずの矜持を、ほんの少し取り戻せたような、そんな切なさにも似た感情を覚えた時だった。
美しく縫い留められた銀穂の一粒に指先で触れた瞬間、あれを実に美味そうに頬張っていたヒナタの姿が脳裏に浮かんだ。
またほんの少し仮面が崩れ落ちたことで、自分が自然と笑っていたことに気づく。
このハンカチは、かつて聖騎士だったという最後に残された矜持に縋るように、ダンジョンに降りてからも長いこと、密かに胸元へ忍ばせていたものだった。
『……もう、これがなくても大丈夫そうだ』
そう思ったオレは、せっかくヒナタが美しく蘇らせてくれたそれを、また血糊で汚すことのないよう、以前のように後生大事に胸元へ仕舞うのはやめておいた。
◆◆◆◆◆◆
一方、ヒナタたちの預かり知らぬ地上では――
聖女はすでに死んだものと見なされ、魔王討伐のため、次なる勇者召喚の儀が執り行われていた。
しかし、召喚の儀を執り行った神官たちと、若き国王エルドリックの前に現れたのは、またしてもスパゲッティ状に引き延ばされた異形の骸。
勇者として召喚されたと思しき、何者かの成れ果てだった。
細長く引き延ばされた手足は赤黒い肉塊と化しており、元の姿を知らなければ、よもや誰も人のものとは思わないだろう。
辛うじて残った衣服の一部と装飾品の欠片だけが、かつて人間だった名残をその遺骸の上に微かに留めていた。
加えて今回は、前回のように召喚に巻き込まれてやって来た、哀れな少女の姿すらない。
「……またか。原因の究明はどうなっている。これまで何人の臣下を贄として捧げたと思っているんだ!?」
強い焦燥感を滲ませる国王を前に、
「恐れながら陛下、術式そのものは古文書の記述通り、正常に作動しております。異界への門も開いております。ただ――」
神官は祭壇に横たわる異形の骸へ目をやり、言った。
「こちらへ渡る際の負荷に、肉体が耐えきれぬものと……」
「それを防ぎ、万全の状態で連れて来るのが、貴殿らの仕事であろう!!」
王の怒声を受け、大神官は顔を上げられぬまま答えた。
「無論、術式の改良は重ねております。しかし……そもそも現存する記録には、召喚の術式は残されておりこそすれ、異界より勇者を無事に招いたという確かな記録はないのです」
「何を寝ぼけたことを! 現に異世界人はこの世界に幾人もいるではないか!!」
「何かの折にこちらの世界へ迷い込んできた異世界人は、確かにおります。ですが……世界各地に残る記録を紐解く限り、一度として召喚によってこちらへやってきた者はいないのです」
「……あれが……ヒナタがいるだろう」
「恐れながら、あの娘は召喚対象ではございません。術式に巻き込まれたものと考えております」
「巻き込まれた者だけが無傷で、肝心の勇者がこの有様か。この国最後の希望が聞いて呆れるな」
「…………」
重苦しい沈黙が続く中、一人の若い騎士が、祭壇に残された聖剣の柄に触れた、その時だった。
聖剣の刀身が突然、強い光を放った。
神官たちが一斉に息を呑んだのは、それが伝承にのみ語られる、勇者の聖剣に宿るという聖なる光と寸分違わぬものに見えたからだ。
「僕が行きましょう。こんなに細くなってしまわれた勇者様に代わり、僕が魔王を討ち取ってみせますよ」
「な、何を馬鹿なことを!!」
憤然と声を上げた神官に、青年は薄く笑って言った。
「僕こそが、真の勇者だった。もう、それでいいじゃないですか?」




