■07話 普通とは
話は二人がショッピングに行く少し前にさかのぼる。
ある日の放課後、夕日が照らす道路をシーエとアルビは二人で帰宅していた。その帰路の途中、アルビが少し真剣な顔で切り出す。
アルビ
「ねえシーエ……最近、また誰かとそういう関係になったって聞いたんだけど……」
シーエ
「そういう関係とは?」
アルビ
「えっとその……エッチ、してるとか」
シーエ
「あーセックスか。してるしてる」
アルビ
「やっぱり……! 止めなよそういうの。中学の時はしてなかったじゃん」
シーエ
「そりゃ中学生までは思春期を迎えてないからな。ウチの初潮は少し遅かったし」
シーエとアルビはいわゆる幼馴染であり、小中学校が一緒であった。二人とも性格は違うがそれゆえ話がはずみ、良い友人になったと双方自認している。
二人が中学生のころ、シーエは生物学に目覚め、理数系が強い今の高校を受験することになる。シーエと共に居たいアルビは頑張って勉強し、同じ高校に行くことが出来たのだ。
そしてシーエが誰とでも寝る様になっていると知ったのは割と最近だ。『頼めばヤらせてくれる最高の女子がいる』という最低な噂を耳にしたのが1年の中盤ごろ。アルビはその手の話題が嫌いなので詳しくは調べなかった。
まさかその噂の本人が自分の幼馴染であるなどとはみじんも思わず、2年になる直前まで知れないまま。知ったもののどう話したら良いものか、そもそも止めるべきなのかを悩みシーエに打ち明けられずにいたのだ。
アルビ
(うー、切り出すべきじゃなかったかな? プライベートな事だし……。でもやっぱり普通じゃないし、止めた方が良いよね……。がんばれボク!)
アルビ
「シーエ、もっと自分を大事にしてよ」
シーエ
「変な事を言う。ウチ以上にウチを大事にしてる人間、世界中探しても他にいないぞ?」
アルビ
「え……? どういう意味?」
相変わらず、シーエの返答はいつも通り意味不明だ。自分を大事にしていて何故あんな行動がとれるのか、アルビには理解できない。
シーエ
「ウチはウチの欲望に従ってるだけだ。ウチってさ、生き物が好きじゃん? 生き物のキモさがとても好きなんだよ。食事、排せつ、繁殖、これらのサイクルがキモくてしかたがない。アルビも動物の交尾とか見るとキモいと思わん?」
アルビ
「あ、それは思う。え、その気持ち悪いのが好きなの?」
シーエ
「趣味趣向は人それぞれ。キモいのが好きな人間は結構いるよ。んで話を戻すけど、食事と排せつは日常生活で味わえるけどセックスは相手がいないと成立しない。だからウチはいろんな異性とセックスして、ウチもそのキモい生き物の一員だってことを、確認して悦に浸ってるんだ」
??? 良く解らなさすぎる。でもとりあえずシーエが"好きでやっている"と言う事は伝わった。うーん、でもやっぱり自分を大事にしてるかって考えるとそうは思えないし、何より──
アルビ
「え、えぇ……? でもそれ、百歩譲ってシーエはいいとして、おじさんとかおばさんとかも大丈夫なの?」
シーエの両親の事も気になった。シーエとアルビは幼馴染。当然双方親ぐるみの付き合いがある。自分の娘が学校でビッチ化していたらおじさんたちは悲しむんじゃないかな? ただシーエの返答は予想外すぎるもので。
シーエ
「うん全部知ってるよ。あの二人は子供であるウチの前で堂々とセックスするいかれた夫婦だからな。ウチが生き物のキモさを感じる様になったのは両親が原因だろう。このキモイ行為の理由を知りたくて色々調べてるうちに、生物学への興味がもりもり湧いてきたってワケ」
アルビ
「待って、ちょっと待って……! 情報量が多い! ホントに!? おじさんおばさん、ボクが遊びに行ったときはそんなヤバイ人には見えなかったけど。ていうか気持ち悪すぎる!!」
シーエ
「キモイだろ? ウチもそう思ったから何とかそれを理解したくて勉強したわけだが。とりあえずアルビの前ではしないよ。他人の前でおっぱじめたら普通に警察行きだからな」
アルビ
「当たり前だよ!?」
シーエ
「娘の前でおっぱじめるのも、ウチが警察とかに訴えれば性的虐待で逮捕されるんだろうけど、別にウチはキモイと思っても嫌ではなかったからな。むしろこの年になって夫婦仲が良いってのはとても良い事だと思うぞ」
アルビ
「何か、そういう問題じゃない気もするけど……! あぁ、でもなんか、今のシーエがこんな感じなのにちょっと納得が行っちゃったよ。小さいころからの家庭環境がそんなんじゃ、常識的なアドバイスは通用しないよね」
アルビは頭を抱える。シーエが育ってきた環境が、根本的に普通じゃないんだ。シーエにとってセックスとは親が当たり前にしてる行為であって、自分を安売りするとかそういう次元の話じゃない。
シーエ
「そんなんとは失礼な! 両親ともにウチに愛情を注いでくれる良い家庭だぞ。親が子を愛するのは本能的行動ではあるが、弱肉強食ではなくなった昨今の人類社会では本能からはずれた行動をする人間も多々生まれる。子供を愛さない親だって世の中には多く存在するんだ。ウチは幸せ者だよ」
アルビ
「うぅ、そういわれると反論しにくい……! でもやっぱり、娘の前でその、エッチするのは良くないと思うよ! シーエだっていろんな人とエッチしてたらやっぱり良くないよ」
そもそもまず、おじさんおばさんが良くない。そしてその両親に影響を受けたであろうシーエの行動も、やっぱり良くないとアルビは感じた。
シーエ
「何をもって良くないとするか、だな。考えられるリスクは妊娠と性病、あとは社会的リスク化」
アルビ
「そういう、堅苦しい話じゃないと思うんだけど……」
シーエ
「堅苦しいっていうか、状況を整理してるだけなんだが……。ともかく妊娠と性病に関しては気をつけろって、両親からも念を押されてるよ。ウチとしてはしっかりとした交尾、つまりは射精による受精を経験してみたいんだけど」
アルビ
「ちょっとちょっと! 受精って……!」
シーエ
「さすがにリスクが多くて毎回ちゃんとゴムつけてるよ。生まれた子供を育てる余裕も無いし」
アルビ
「あ、下ろすわけじゃないんだ。っていうか生々しいよ! 何でそんな事さらっと言えるのかな……」
子供を下ろすと言わないシーエに何故かホッとしたアルビ。別にそれも個人の自由なのだが、なんとなくシーエにはそういう選択をしてほしくない。もちろんそもそも妊娠して欲しくないし、もっと根本的には多数の男子とセックスをして欲しくない。
ちなみにシーエが子供を下ろしたくないのは、"産む"という行為が生物のサイクルそのものだからというだけの理由である。そこに倫理観は存在していない。
シーエ
「リスクに関しては、相手が未成年だとトラブルになったときに面倒なことになるってのも言われてるな。相手の親御さんが乗り込んで来た時には、自分たちはあまり力になれないと両親は言っていた。ただ幸い、今のところ被害届が出るようなケースは起きてないし、そもそも未成年淫行で被害届を出すのは女子側が大半だから、ウチの場合は中々適応されないだろ」
アルビ
「何か、シーエと話してると自分の感覚が正しいのか良く解らなくなってくる……。ボクはそういう、具体的なリスクがあるから自分を大切にしてって言ってる訳じゃなかったんだけど、シーエ自身は自分を安売りしてる様にも見えないし、あーもう良く解らない! シーエの言うことは理屈ではわかるんだけど……心が追いつかないよ」
シーエ
「理解と共感は違う。ウチの言ってることが理屈で解るんならそれでいいんだよ。……あ、でも一度、この学校に入る前にガチ恋勢に粘着されたことはあったな。肉体関係持った後に本気で惚れられてさ。『他の男とはもうしないで』って言われてめっちゃ困った。警察に相談するかって聞いたら、ようやく引いてくれたけど」
アルビ
「それ、それは普通に危ないよ!? なんでそんな危ない橋を渡ってるの!? やっぱりやめるべきだよ!」
シーエにセックスを止めさせたい理由、アルビ自身がそういう話題が好きじゃないのもあるが、シーエに傷ついて欲しくないという部分が大半を占めている。自分を大事にしてほしいという最初の願いも根本はここから来るものだ。
故に具体的に危ない事例を話されると、より拒否反応が強くなる。
シーエ
「だから新規の相手は、最近は頭が良くて話の分かるやつに絞ってるよ。受験してこの学校に来る程度の人間なら、まあ大丈夫だろ」
アルビ
「うー、そういう事じゃなくって!」
シーエ
「どうしてもお前はウチにセックスを止めさせたいらしいな」
アルビ
「そうなの! シーエの話を聞いてると、別にシーエは全然傷ついてないっぽいんだけど、やっぱり普通じゃないもん。こんなのおかしいよ、絶対」
シーエに傷ついて欲しくないが、シーエ自身は傷ついてないらしい。良く解らない……。
でも傷ついてないからと言ってじゃあ全面的にOKかというとやはり違う。皆がしていない事、普通じゃない事、それがアルビにとってとても居心地が悪い。
シーエ
「普通ってなんだ?」
アルビ
「え? それは常識的に考えて、未成年でそんなことするのは良くないって……」
シーエ
「じゃあ未成年じゃなくなれば誰とでも寝まくっていいのか? 未成年同士で付き合ってる男女がセックスするのは? これも立派な未成年淫行だから申告すれば法律的にはNGだが」
アルビ
「う、例えボク達が二十歳を超えても誰とでも……ってのはやっぱり良くない気がする。でも付き合ってる男女がその、するのは大問題って訳じゃない気が」
シーエ
「ならアルビは法律を基準にNG判定を出してるワケじゃないな。たぶん倫理観によるものだが……その倫理観は絶対に必要か? 人に押し付けなきゃいけないものか?」
アルビ
「押し付ける……いやそんなつもりは、でもボクがしてるのはそういう事なのかな」
普通じゃない事を漠然と悪い事だと認識していたアルビにとって、この問いかけは目からうろこだった。
シーエとアルビは全然性格が違う。しかしそれでも互いに仲が良く、会話が続くのはこのような驚きをアルビが素直に受け入れられるからと言う所が大きい。
ある種シーエに言いくるめられることが増えて来た最近、それを『そういう考えもあるのか』とある程度納得し、飲み込める度量がアルビに備わっているのだ。
シーエとしてもアルビの考え方はシーエとは全然違うものなので、意見交換をすること自体がとても楽しいのである。シーエ自身はアルビを制しようとはみじんも考えておらず、単にアルビから発せられる疑問や意見を細分化し、それぞれ返答しているにすぎない。
シーエ
「すまん言い方がきつかったな。でも"普通"ってくくりで縛られると生きづらくなる人がいるのは事実だぞ。例えばエムジはたぶんアセクシャルだが、それは普通じゃないよな? まぁLGBTQが騒がれてる昨今なら社会的に不利になることは無いが、それでもエムジは人と違う自分に多少なりとも違和感と悩みを持ってる。"普通の男子はエロいものだから"という概念に苦しんでるよ」
アルビ
「そう……だね」
シーエ
「ウチの行動も普通ではない。それはウチも良く知ってる。でも今のところ、ガチ恋して来たヤツ以外は誰も傷つけてないんだ。ガチ恋のヤツだって別に深く傷ついたともちょっと違うだろ。失恋は良くある話だし、あいつは女子と距離が近くなるとすぐ恋に落ちるタイプだったよ。ウチの行動があまたの不幸を生んでるなら是正されるべきだけど、今のところそうでも無くないか?」
アルビ
「確かに……。あ、でも待って。今シーエに恋した人の話でたじゃん。シーエは恋とかしたことないの? 恋をしたらたぶん、今の行動を後悔するようになるかもよ。シーエが傷ついたらボク、悲しいよ」
結局のところ、アルビの本心はシーエに傷ついて欲しくない、に限る。今傷ついてなくても、将来傷つく可能性は十分にありゆる。
シーエ
「アルビは優しいな。でも傷つくかどうかは未来になってみないと解らん。とりあえず話を恋に戻すが、恋はいつか経験してみたいな。繁殖行動の本懐みたいなもんだろ? まだ味わったことないから、どんな感じなのか興味あるよ。……もしウチが本気で恋したら、他の男とセックスするの、やめるのかな?」
アルビ
「やめる……よね? 普通は。あ、ごめん今の普通ってのは別にそれにシーエを縛りたい訳じゃなくて」
シーエ
「良いよ良いよ、別に言葉狩りするつもりはない」
アルビ
「でも恋したあと、自分の行動を後悔する時は来るかもしれないよ」
シーエ
「さあ、どうだろうな。それはウチにもまだわからない。後悔したらしたで、それも良い経験になりそうなもんだけど。とりあえず一つ言えるのは、未来を恐れて今の欲求を我慢するのはウチらしくないってことだな。今やりたい事には素直になりたい」
アルビ
「それだけ聞くと、何かとても良い事言ってる様に聞こえるんだけどなぁ……」
そもそもシーエが傷つく事ってあるのだろうか? 最近のシーエを見てると、何が起きても平静な人物にしか見えない。いや平静でもないな、何が起きても楽しむ人物か。現に今の会話ですら、シーエは楽しそうにしている。
シーエの行動を止めようとしてるボクと話してて楽しいのかな? 良く解らないけど、シーエはアルビやエムジ、茶畑と話してる最中、ずっと楽しそうだ。
シーエ
「未来は不確定さ。……ま、いつかエムジやヒデオに本気で恋したりしたら、ちょっと面白いことになりそうではあるけど」
アルビ
「えっ……エムジ!?」
シーエ
「なぜそこでエムジにだけ反応する」
アルビ
「いやいや! 特に深い意味は無いよ! 続けて」
シーエがエムジに恋するかもしれないと聞いて、とっさに反応してしまった。いやボクは何でこんなに反応したんだ? 確かにエムジは好みであるけど、今なんか心臓が跳ね上がった気がした。
シーエ
「エムジに恋したら茨の道すぎるなー。絶対に実らない恋じゃん? ともかく、ウチが誰かに恋したらそれはそれでウチがどう行動するか、楽しみで仕方が無いな」
アルビ
「茨の道……」
シーエ
「ん?」
アルビ
「な、何でもないよ!」
アルビ
(何でボク、こんなに動揺してるんだろう?)
結局、セックスするなというアルビの主張は流されてしまったが……アルビはその日の帰宅後、それどころでは無くなっていたのだった。




