■12話 友達同士の会話なのに
昼休みになると、アルビはいつものようにシーエとエムジを探して二年生の教室へ向かった。一緒に昼食を食べるためだ。だが教室へ入った瞬間、アルビは思わず顔をしかめる。
シーエはすでにヒデオと話し込んでいた。ヒデオもアルビと同じクラスなのだが、アルビより先にシーエ達の教室に来ていたらしい。そして聞こえてくる会話の内容がまた酷い。
いつも通りと言えばいつも通りなのだが、初耳の人間なら確実に引くような話題で盛り上がっている。
ちなみに最近のエムジは学食を利用していない。
シーエたちと行動を合わせるようになった結果、昼休みが始まる前に購買で昼食を確保しておくのが日課になっているらしい。
ヒデオ
「最近乳首がすっごく感じる様になってさ」
シーエ
「おー、開発中か? 良いよな乳首への刺激」
ヒデオ
「そうなんだよねー」
シーエ
「一説によると男性の方が乳首への快感は強いらしい。というか貧乳の方がより感じやすいから、必然的に男性の方が感じるそうだ」
ヒデオ
「へー」
昼ご飯の時にする会話か? とアルビは思う。
そして乳首……確かに割と大き目な胸を持つアルビは特に乳首に触れても何も感じることは無い。いや、シーエの会話に意識が引っ張られてるのは良くない。
アルビはお弁当を開封しながらエムジの後ろに座る。なお元々のその席の持ち主は学食に行っており、アルビがお昼休みに席を借りることも了承してくれている。
シーエ
「ただ何で乳首への刺激がこんなに気持ち良いのか、その理由は仮設の域を出てない」
ヒデオ
「え、そうなんだ。こんなに感じるのに」
シーエ
「それが不思議って話だ」
ヒデオ
「確かに、乳首が性感帯ってよく考えたら変だよね? シーエちゃん流に言うなら交尾の際に特に必要なさそう」
シーエ
「そうそう。性器を刺激すると気持ち良いのは交尾をスムーズに行うためだろ? これが気持ち良いと思わないと皆積極的にセックスしなくなるから、繁殖できないんだよな。でも乳首への刺激は繁殖とは関係ない」
ヒデオ
「そうだね。不思議ー」
シーエ
「乳首が性感帯たりえるという証拠は出ているんだよ。正確な年代までは忘れたけど、昔性器と乳首を刺激してその際の脳活動を可視化するっていう研究があった」
ヒデオ
「何それ、めっちゃ面白い事やってるね」
ヒデオは噴き出す。それを見てシーエは怪訝そうだ。
シーエ
「笑うなよ! 学者は真剣だしこうやって地道な検証をしていくことで科学、生物学は進歩していくんだよ」
ヒデオ
「ごめんごめん」
シーエ
「で、そのデータによると、性器を刺激した時と乳首を刺激した時の脳活動分野が被ってるそうだ。つまり乳首はちゃんと性感帯であるって事」
ヒデオ
「どんな状況で実験したんだろ。頭に配線とかくっつけてアソコと乳首刺激したんでしょ? ヤバイやっぱ面白すぎる……」
シーエ
「状況がシュールなのは同意するが当人たちはいたってまじめだったと思うぞ。んで、脳活動的には乳首が性感帯と言うのは証明されたワケだが、理由はやっぱり解らない」
ヒデオ
「そんなに証拠が出てるのに理由が解らない事なんてあるの?」
シーエ
「世の中の事象は大半がそうだぞ? 例えば雷。これは事象の観察は容易だったけど、何で雷が落ちるのか理由が解ったのは近代になってからだよな? 科学は万能じゃない。だからこそ面白い」
ヒデオ
「流石シーエちゃん、頭よさそーなセリフ」
シーエ
「ウチは後追いで学んでるだけだ。道を切り開いてきた偉大な先人たちのな。それこそ乳首の研究をしてる人達だって道を切り開いている人の一人だ。新しいデータを提供出来たというのは凄い事なんだよ」
シーエの目は輝いている。言ってる事は確かに素晴らしいんだけど、その話題の中心が乳首じゃ無ければなぁとアルビは思う。
シーエは下ネタも、それ以外も何でもかんでも生物や科学的ロマンとして語る。彼女には世界がどういう風に見えているのだろうか。
なおシーエの情熱に対し、ヒデオはそこまで盛り上がってない様だ。単にシーエとの会話を楽しんでるだけに見える。
ヒデオ
「はえー」
シーエ
「全然伝わってなさそうな返事をありがとよ。そんで何で乳首が性感帯になったのかだけど、最初に言ったように仮説は出てる」
ヒデオ
「どんなの?」
シーエ
「女性が子供に母乳をあげる際に、それが快感に感じられるように。だそうだ。一理あるけどそれは性的刺激じゃなくても良いと思うし、あくまで仮説だ」
ヒデオ
「へー。でもそれじゃあ男の方が感じやすい理由が解んないね」
シーエ
「正確には貧乳の方が感じやすい、だな。あくまで仮説だから色々説明がつかない事も多い。解らないことがあるから仮説を立てて検証する、科学のだいご味だよ」
ヒデオ
「そっちは良く解らないけど、とにかくその人体の不思議的な効果のおかげで僕は乳首でも感じることが出来るんだね。感謝!」
シーエ
「何か変なまとめられ方したけど、ヒデオの言う事も一理ある」
二人の会話を聞きながら、アルビとエムジはそろって眉をしかめる。
アルビ
「お昼になんて話してるんだろ、アイツら」
エムジ
「同感だな」
アルビ
「エムジは生物好きなんだよね? シーエのあの話はどうなの?」
エムジ
「興味深いとは思うが、生き物をより醜悪に思うようになるな。少なくとも昼飯の時に聞きたい話ではない。食欲が落ちる」
アルビ
「そうだよねー。ねぇエムジ、ボクはエッチな話って、聞くと気持ち悪くなるんだけど、エムジもそうなの?」
エムジ
「そうだな」
アルビ
「そうなんだ……。ボクは特に男子から言われるとそう思っちゃうんだけど、エムジは?」
エムジ
「男女どちらから言われてもキモいと思うな。ただ女子から迫られた時の方がよりキツかった。男子の場合は全員女子に興味がある前提で話題を振られてくるつらさがあるが、性欲の対象は俺に向いてない」
アルビ
「そうだね」
エムジ
「それに対し、女子から迫られた時はその性欲が俺に向いてるのがヒシヒシと伝わってきてな……」
アルビ
「その感覚解るかも。ボクも男子からスケベな目で見られるとキツくて……。シーエは年齢がもう少し上がれば気になりにくくなるだろうって言うけど」
エムジ
「生物学的にはそうだが、個人差はあるな。ずっと嫌いな人もいる」
アルビ
「それってダメなことなのかな? 周りの女子も男子の話題をよく出すし、ボクだけ置いてけぼりを食らってるみたいだよ」
エムジ
「悪いことじゃ無ぇよ。それが悪なら俺も生活できない。まぁ置いてけぼりを食らってるのは俺も同じだがな」
アルビ
「エムジってその、他の男子みたいにエッチな事には興味ないの?」
アルビの質問に対し、エムジは少し寂しそうな表情をする。あ、やっちゃったかも。
アルビ
「ごめんエムジ! エムジがそれで悩んでるの知ってるのにボク……」
エムジ
「あーあー気にすんな。しかしその質問は難しいな。生物学として興味はある。俺にない感情だから、どんなものなのかも気になる。未知のものを知りたいという欲求だな」
アルビ
「ほんとにごめん」
エムジ
「気にすんなって。とりあえず一般的な男子の様な興味の持ち方はしてねぇよ」
アルビ
「皆がエムジみたいなら良いのに。そうすればエムジも悩まないで良いし、ボクも困らない」
エムジ
「それじゃあ人類はここまで栄えてないな。繁殖が出来ない」
アルビ
「うー、シーエみたいなこと言う……」
エムジ
「まぁ若干思考パターンが似てるからな。あいつも他の女子みたいに純粋な性欲では動いてない。俺と同じく生物学で世界を見てる」
アルビ
「なのにシーエは男子と関係を持ちまくりだよ」
エムジ
「俺との違いはそこだな。シーエは積極的にキモいものに関わる。俺は観察はするが遠ざける。単にシーエはキモいものが好きで、俺はそうでも無いってだけだ」
アルビ
「ボクも、気持ち悪いものは気持ち悪いよ」
エムジ
「そんなに毛嫌いするほど、男子から性的アプローチを受けてるのか?」
アルビ
「いや、そういう訳じゃないけど……。ただボクって中学時代に発育が良かったから、クラスの男子によくからかわれたんだよね。それが凄く嫌で」
エムジ
「なるほどな。それは災難だったな」
アルビ
「そのせいで男子が結構苦手になっちゃったんだよね。まともに話せるのはエムジだけだよ」
エムジ
「ヒデオとは話が出来てる様に見えるが?」
アルビ
「確かに、アイツは悪い奴じゃないって解ったからね。ていうか結構良いヤツだった。でも下ネタは正直止めて欲しいし、今みたいな話題で盛り上がられると話に入っていけないよ」
エムジ
「話を聞いてると、アルビも結構生きづらそうな人生送ってるな」
アルビ
「そう……かな? シーエには『人から渇望される様な理想の生活を送ってる』って言われたけど」
エムジ
「人の悩みはそれぞれだ。相対的に幸福だとしても苦しい事があるって事実は変わらない。アルビが悩んでるって事は事実だ」
アルビ
「シーエも似たような事言ってたな……」
人って生きてる意味あるのかな? 的な悩みをシーエに打ち明けた時をアルビは思い出す。……何か今になって恥ずかしくなってきたな。
エムジ
「俺にはアルビの悩みを解決することは出来ないが、愚痴のはけ口にはなれるよ。性に関して抵抗があるってのも似てるしな」
アルビ
「ボクが一方的に愚痴ってるだけだけど、エムジは楽しいの?」
エムジ
「人の話を聞くって事自体がまず楽しい。それに方向は違えど、性に抵抗を持ってるって点で俺らは共通してる。そんな友達、話してて楽しいに決まってるじゃねーか」
アルビ
「友達……」
エムジ
「どうした?」
アルビ
「あ、いや、ボク今まで友達ってはっきり言い切れるの、シーエくらいしかいなかったから。……最近はヒデオも友達になったけど」
エムジ
「嬉しくなさそうに言うなー?」
アルビ
「嬉しくないからね」
エムジ
「あはは」
アルビ
「はは」
(本当は友達ってくくりにちょっと寂しさを感じたんだけど……なんでだろ?)
アルビは友達と言う括りに対し、温かいものと寂しさを同時に感じていた。
一方そのころシーエ達は
シーエ
「……」
ヒデオ
「どうしたのシーエちゃん、エムジくん達の方を見つめて」
シーエ
「いや、これが嫉妬って感情かな? って思って。めっちゃおもろいな。友達同士が喋ってるだけなのに何かモヤつく。双方の自由意思なんだからウチが介入する必要性なんて無いのにな」
ヒデオ
「え、何々? シーエちゃんそれってもしかして……エムジ君に恋してるってこと?」
シーエ
「多分な。二人には秘密にしておいてくれ。二人とも知った所で困るだけだろうし」
ヒデオ
「何で僕には言ったのさ」
シーエ
「お前は関係ないから」
ヒデオ
「ひどーい」




