2魔狼再び
― 魔狼再び
市場の空気が変わったのは、朝だった。
いつも通り帳簿を開いた瞬間、仲魔が一言。
「……主、来る」
「何が?」
「“昔のやつ”だ」
その言い方で、ろくでもない存在なのは確定した。
次の瞬間。
店の扉が開く音ではなく、空気が裂ける音がした。
そして──
黒い影が、床に落ちた。
四肢。
獣毛。
赤く光る眼。
「……久しいな、商人」
「え、えっと……どちら様?」
返事より先に、ギルド職員が全員机の下に隠れた。
隠れ方が慣れている。
■魔狼、再登場
影はゆっくりと立ち上がる。
それは“狼”だった。
だが普通の狼ではない。
かつて討伐記録にだけ残された存在。
【災害級魔獣:魔狼(個体名未登録)】
「お前……まだ“生きて”いたのか」
仲魔が低く唸る。
「主、この個体は危険度A+」
「A+って冷静に言わないで」
魔狼は少女を見ていた。
いや、正確には──
帳簿を見ていた。
「またやったな」
「何を?」
「市場だ」
一瞬の沈黙。
そしてギルドの壁がきしむ。
■誤解、再燃
「違います!私はただ普通に商売を……!」
「普通とは何だ」
「えっ」
「この世界で“相場を安定させる行為”は自然破壊に等しい」
そんな理屈ある?
いや、この世界ではあるらしい。
仲魔が前に出る。
「魔狼、主への干渉は契約違反」
「契約?」
魔狼の目が細くなる。
「“市場均衡観測契約”か」
少女「なにそれ初耳なんだけど」
■過去の因縁
魔狼は静かに語り出す。
かつてこの世界には“市場の暴走”があった。
物資は偏り、国家は崩れ、戦争が起きた。
その収束のために生まれた存在がいた。
それが──
“契約で経済を均す者たち”。
そしてその中心にいたのが、まだ無自覚な少女だった。
「お前は……また同じことを繰り返している」
「いやだから私、ただの商人なんですけど!」
「その“ただ”が世界を壊す」
ひどい評価である。
■交渉開始
沈黙のあと、少女は一言言った。
「じゃあ、取引しませんか?」
空気が止まる。
魔狼「……何?」
少女「敵対するより、契約した方が合理的です」
仲魔「主、それは危険」
少女「でも戦うより安いよ」
魔狼は、初めて笑った。
「やはりお前は“魔王”ではないな」
「ですよね」
「魔王なら力で支配する」
「はい」
「お前は違う」
間。
「お前は──市場で支配する」
少女「それ褒めてないよね?」
■魔狼の選択
魔狼は一歩近づく。
そして、帳簿に爪を置いた。
【新規契約候補:魔狼個体】
「雇え」
「えっ」
「護衛としてではない。観測者としてだ」
「急に就職?」
仲魔が静かに言う。
「主、これは“仲魔拡張契約”」
少女「嫌なシステム名やめて」
そして、帳簿が再び光る。
世界のルールが、また一つ増える。
■エピローグ
その日から、ギルドの噂はこう変わった。
「魔王候補」ではない。
「市場災厄」でもない。
新しい呼び名。
“商人少女と魔狼契約者”
少女は帳簿を閉じる。
「私、商人なんだけどなぁ……」
魔狼・仲魔、同時に言う。
「否」
「違うな」
「えっ?」
二匹は揃って言った。
「お前は──“契約者”だ」




