補足・その頃の欧州
1945(昭和20)年8月16日、ベルリン
「クッソ日本メー!!」
総統執務室に怒声が響いていた。
日米停戦が成立した事で、ただひとりドイツがアメリカの矢面に立つ情勢になってしまい納得出来なかったのである。
「クソ、あの劣等種が、何をやっているんだ!チクショーメ!」
怒りのまま、集まるメンツを睨みつけ、
「先ずは東部戦線から話を聞こうか」
そう口にした。
本来なら日本の事など関係ない作戦会議であったのに、初っ端から気分を害するニュースに触れて虫の居所が悪かった。
「はい!」
将官達は誰が先頭で説明するか互いに牽制しあい、哀れなひとりが返事をすると机へとソ連の地図を広げ、説明を始めた。
「まず、カフカス方面軍でありますが、年末にグルジアへ上陸し、先日筆ひげの生家を破壊いたしました!」
それを聴いたヒトラーの顔が僅かにほころぶ。
「さらに峠を進撃中でありますが、一時程の抵抗を受けること無く進めており、2カ月以内にはトビリシへ至ると思われます」
「そうか。わが国経済には是非ともバクー油田が必要となる。その事を忘れずに作戦を進めよ」
その言葉に将官はホッと胸を撫で下ろす。
ヒトラーは自身の考えるドイツ経済の実現を目指しており、かなり無理を強いてカフカス攻略に勢力を傾けていた。
「で、南部集団は?」
ジロリと別の将官へ目を向けるヒトラー
「はい!南部同盟軍集団はウクライナ軍を主力とするヴォロネジ方面制圧作戦を完了し、スターリングラードへ向け進軍中であります!」
ヒトラーは満足そうに頷く。彼の妄想実現を目指すカフカス作戦が無ければ、2年前に行えていた作戦だったが、将官はその様な無粋な指摘はしなかった。
「現在、ウクライナが主張するドン川沿いを制圧して回り、泥濘期までにはスターリグラードへ攻め込めるものと思われます」
その話に多少は満足するヒトラーであった。
さらに別の将官へ目を向ける。
「はい!中央同盟軍集団は現在、モスクワ包囲を行っており、5月以降、アメリカによる支援急減による戦力低下と相まって今秋には陥落させる事が出来そうです!」
中央同盟軍集団には再建されたリトアニア、投降したソ連将兵の中から反共へ転向した者達で編成された自由ロシア軍が加わっている。
自由ロシア軍の兵力は進軍するごとに増加傾向にあり、自由ロシア共和国建国というニンジンを追い掛ける馬のごとく戦いを行っていた。
ヒトラーはその報告には多少不満があるらしく、眉間にシワを寄せた。
「今秋だと?まだ落としていなかったのか!まあ良い、どこまで領土と出来るかは、最終的に自由ロシアの決める事だ。我々は支援を惜しまないがな」
そう言い残し、別の将官を見るが、その原因は本来なら不要な時期に不必要なカフカス攻略作戦を主導し、戦力を削ぎ落とされた結果であったが。
「はい!北部軍集団は青の軍団がレニングラードを落とし、フィンランドがカレリアを奪還、ゼロ地方へと進軍を続けております!」
ヒトラーはチラッと中央同盟軍集団の説明をした将官へ視線を向け
「大変けっこう!」
満足そうに口を開いた。
スペインが送り出した義勇軍は今や5万を数える軍団へと膨れ上がり、ひとつの戦線を任せるまでになっている。
そんなスペインにも欧州共通戦車を生産する工場が完成し、生産を始めていた。
それだけでなく、戦闘機や小火器の技術移転やライセンス生産も行っている。
ドイツと共通化していないのは、独自開発を行いタシュ重戦車を生産するハンガリー、そして、ヒトラーの風下に立ちたくないイタリアがある。
そのイタリアは現在、アルジェリアを巡る戦いを繰り広げており、何とか独自戦車を運用しているが、レオパルト程の性能がある訳ではなく、アメリカ軍が投入している戦車がM4だから何とかなっているにすぎなかった。
それでもジブラルタル海峡という関門があり、ゼロ戦三二型をライセンス生産し、独自改良や新規開発も行っているため、何とか戦線維持が出来ていた。
「さて、極北はどうなっている?」
ヒトラーはさらに続ける。
「はい!フィンランドと共にムルマンスクへと進軍しており、冬季を迎えるまでには陥落させる予定となっております!」
威勢よくそう宣言出来るのも、トルーマンが手にした選挙妨害逮捕者名簿に原因があった。
アメリカ共産党だけでなく、政府機関や国家プロジェクトにもソ連シンパが浸透していた事が発覚し、ソ連へと抗議すると共に、レンドリースを停止した。
交渉の過程で医薬品や保存食は継続されていたものの、武器弾薬、補修部品が止まると各地でソ連軍の動きが鈍くなり、7月にレンドリース返済協定を再締結するとの名目で、アメリカ国内におけるスパイ問題を話し合う事を求めた際、スターリンが拒否した事でレンドリースは終了となった。
レンドリースが事実上停止された5月中旬、ソ連軍はムルマンスク周辺に展開していた部隊の多くをモスクワや南部へと移動しており、独フィン軍は無人の大地を慎重に進んでいるだけだった。
「さて、西部はどうなっている?」
ヒトラーがそう口にした。
「はい!連日の様に数百の爆撃機が飛んで来ております。パリ以西の主だった都市は既に原形を留めておりません」
昨年末以降、アメリカはB−29を本格投入して徹底的な絨毯爆撃を繰り返しており、文化遺産となる様な旧市街や古城、聖堂なども含め、目に付く建造物は徹底して破壊しつくしている。
だが、その飛行範囲はほぼフランス領域までであり、進むごとに酷くなる損害からドイツ本領までは爆撃出来ずにいた。
「それは、新たな都市を作るのに壊す手間が省けたではないか!」
ヒトラーもフランスが瓦礫と化す事に何の痛痒も感じておらず、カーチス・ルメイによる焦土爆撃戦略はフランス人に反米感情を植え付けるだけに終わっていた。
「オディエルヌ湾へ上陸した敵はカンペールを占領し、ブレストを目指して北上しております」
上陸から2年半を越えてなお、ブレストもロリアンも占領出来ていないアメリカ軍は、本格的な装備をなかなか持てないままでドイツ軍と対峙している。
「現在はヴィシー・フランス軍も本格的に戦闘を開始しており、ブルターニュ半島内へ敵を閉じ込める作戦は順調に進んでおります!」
将官が言う通り、アメリカによる不用意な無差別爆撃はフランス人を戦争へと駆り立てる事になっている。
ヴィシー軍の軍装はドイツ式とされ、一見してフランス軍とは分からない。
既にロリアン方面はヴィシー軍の配置が行われ、祖国を焦土に変えた悪魔を倒す戦いが行われている。
アメリカ側には自由フランス軍も配置され、ナチスの悪夢から祖国を解放する戦いに身を投じており、「フランス人同士による正義のぶつかり合い」と後に呼ばれる戦いがブルターニュ各地で繰り広げられていく事になる。
「結構。では呼ばれた者だけは残れ、解散!」
この後、大演説がはじまるが、あまりに長いので残された者たちも、総統が何を話していたのかあまり覚えていない。と、後に証言している。




