51・大東亜戦争の終幕
1945(昭和20)年5月10日、東京
「本当の話か?」
東條英機は話が信じられずに問い返した。
「はい。間違いありません」
日本は年始からオーストラリアとの停戦交渉を行い、アメリカ軍がオーストラリアから撤退した3月8日、停戦合意に至った。
しかし、アメリカ軍はニューギニア島からなかなか撤退せず、ソロモン諸島へと増強を繰り返していた事から、連合艦隊が唱えるサモア空襲を4月10日に実施することを認めていた。
その直後、ルーズベルト大統領死去が日本へも伝わると、戦争終結の期待感がにわかに高まっていった。
しかし現実はそう容易く期待通りの動きを見せることも無く、サモアへと与えた打撃もすぐさま回復して見せる。
誰もが埒が明かないと諦め、今年の後半にはとうとう多数の空母が戦力化するという情報まで齎されていた。
アメリカ海軍が多数の空母を繰り出してくれば、ソロモン海で蒼龍、飛龍を失った様に、南雲艦隊の空母を中心に甚大な損害を被りかねない事は誰でも予想出来る事態であった。
しかし、そんな日本へと届いたニュースは、マッカーサー解任というもの。
そもそも、マッカーサーが軍を展開させるニューギニア島やソロモン諸島はオーストラリアの信託統治領であり、アメリカは中立を破り軍を展開させていた。
そのため日本もラバウルやブーゲンビル島から撤退出来ずにいる。
ルーズベルトは百も承知でその状態を是認していたが、新大統領は考えが違う事に東條ならずとも驚かずには居られなかった。
4月12日に昇格したトルーマンは、15日には中立国領域からの撤退を表明する。
しかし、マッカーサーは従う意思を見せず、複数の上院議員へと撤回要請をしたためた書簡を送り、トルーマン批判を展開していた。
賛同する議員も少なからず存在し、議会においてソロモン諸島からの撤退を批判する声も聞かれたほどである。
だが、トルーマンは考えを改める事はなく、逆にイギリスを介して日本へと接触してきた。
日英支那合意に関する確認であり、日本側は合意通りだとの回答を返した。
その間もソロモン諸島での戦闘は激化の一途を辿り、なかなか撤退出来ずにいた。
ニューギニア島へと取り付いたアメリカ軍の動きは侵攻軍そのものであり、攻撃対象は日本軍に限らなかった。
サモアから船団が出発したとの報を受けたのが5月8日の事だった。
連合艦隊はすぐさま二航艦をソロモン海へと向かわせるが、アメリカ船団は珊瑚海へと進出して西進を続けていた。
つい先程まで「12日にはポートモレスビーに達する」と言う予測にどう対応するか話し合っている最中であった。
そんな折に飛び込んで来たのが、マッカーサー解任と麾下部隊による行動の即時停止命令という大統領の発表である。
東條はこれまで散々に言う事を聞かない参謀本部や連合艦隊に苦しんで来たが、まさかアメリカが同じ様な苦労をしているなど、夢にも思っていなかった。
「そうか。急ぎ対応をせねばならんな。嶋田さん」
東條は海軍大臣の嶋田に声を掛ける。
「私も異存はない。輸送部隊がアメリカ大統領の言う通りに動くなら、作戦は中止させる。何、角田は従うよ」
それを聞いた東條は直ぐに声明発表を準備した。
1945(昭和20)年5月10日、珊瑚海
「平文でそんな重要な命令が届くのか?」
角田は平文で届いた命令を訝しんだ。
「長官!オーストラリアからです」
「ハァ?」
何を言っているのか分からない通信士に間抜けな声が出る。
「オーストラリア、イギリス連合艦隊が監視に当たるとの事です」
それを聞いて角田はため息が出たが、連合艦隊からの平文も攻撃を中止して監視に当たれとの内容なので整合性の取れた話であった。
「俺たち、戦争してるんだよな?」
角田ならずともそう問い返したくなる事態が珊瑚海では起きていた。
1945(昭和20)年8月15日、真珠湾
なんとも不釣り合いな姿だと東條は思う。
この日、大日本帝国総理大臣として戦艦大和に乗って真珠湾へとやって来た。
彼は陸軍大将なので、戦艦に乗る機会などそうあるものではない。
だが、停戦文書に調印するため、わざわざやって来たのである。
彼以外にも複数の陸軍軍人が戦艦に乗り組んでいる。
「まさか、開戦の号砲となった真珠湾へ来るとは思わなかった」
東條ならずともそう言うだろう。
これをセッティングしたのは、当然ながらイギリスである。
真珠湾は近代的な軍港の姿をしており、大和を出迎えたホストシップはモンタナ級2番艦、オハイオであった。
入港するとさらにアイオワ級戦艦アイオワ、ニュージャージーの姿もある。
アメリカは、この日のために大和と張り合える戦艦を真珠湾へと集めていた。
日本側はさらに赤城、加賀を従えての入港だが、対を成す空母の姿はない。
エセックス級空母の就役は始まったばかりであり、まだ真珠湾へ来るほどの練度すらなかった。
そして、トルーマンは出来たばかりのモンタナ級戦艦3番艦、メインにおいて待ち構えていた。
大和がメインへと横付けされると、大艦2隻の迫力に誰もが圧倒される。
技術に明るいアメリカ士官達は大和の艦橋やマストに取り付けられたアンテナ群を見て絶句した。
「俺たちと技術力はほとんど変わらないと言うのか」
だが、それは日本側士官も似たようなものである。
「これだけの戦艦をこんな短期間で揃えてしまうとは」
スケールに圧倒されて宇宙ネコと化した陸軍士官はもはや使い物にならず、東條はため息ひとつ、大和とメインの間を渡り、調印用に設えられたテーブルに着いた。
調印後に撮られた写真の東條は無表情、トルーマンはどこか引きつった笑顔で握手を交わしている。
大東亜戦争はこれで終わりを迎えたが、アメリカにはフランス解放という大任が待ち受けており、日本にはソ連崩壊という恐怖が待ち構えていた。
太平洋を挟んだ戦争は終われど、両国共に困難が去った訳ではない。




