47・ダグラス・マッカーサーの困惑
1945(昭和20)年1月10日、キャンベラ
マッカーサーはオーストラリア首相代理、チフリーに呼ばれ、首都キャンベラへと赴いていた。
「田舎町に用はないんだがな。ブリスベンの方がよほど都会らしい」
マッカーサーはキャンベラの風景を見てそう呟くが、そもそもオーストラリアは独立に際してメルボルンとシドニーで首都の座を争い、間をとってド田舎へ新たに首都を建設した経緯があった。
「ご足労ごわん」
首相代理は強い訛りでそうマッカーサーを労うが、時節の謝辞もなく本題に入る。
「年末の事件ごわか、おんしの指示っちゅう噂が、ホンマが?」
先月起きたイギリス船連続雷撃事件はオーストラリア政府内でも大きく取り上げられていた。
「何を言うかと思えば。そんな事、一度カーティンに相談すれば良いだろう」
マッカーサーはマトモに応じる気が無いので適当にあしらった。
「じゃっどん、うちの兵児ば騒いどっ。ダーウィンば寄港した潜水艦ば悪びれんで現場行った兵児どケンカしちょ。『裏切りん報い』ば垂れとんど」
ダーウィンに寄港したスコーピオンはその損傷からイギリス船襲撃が疑われ、乗組員と救助に出向いた哨戒部隊の隊員の間でケンカが起きていた。
その際、潜水艦乗組員は悪びれずにイギリスの裏切りに対する報いだと言い放っており、事が明るみとなる。
狭い潜水艦の中の事もあって水兵にまで事の次第が伝わっていた事も災いした。
仲間のオーストラリア兵相手に口も軽くなり、そう口走ったのである。
潜水艦は真珠湾ではなく、ブリスベンの傘下にある事からその命令権者はマッカーサーとなるが、その当人は相手にしていない。
「おはん、フィリピンば独立しちょたが、まだ戦ばすっど?」
「ふん。カーティンと話して決まった事だ。財務大臣なら知らないとは言わんだろう?」
マッカーサーが逃げ込んで来た頃のオーストラリアは日本軍の侵攻に脅威を感じていた。だが、イギリスは主力部隊をエジプトへ送る様に要求するばかりで何ら手助けをしなかった。
さらに悪い事に、それからまもなくインド洋からイギリス海軍が駆逐されてしまい、イギリスを頼る事すら出来なくなった。
当時、オーストラリア首相としてカーティンはアメリカに支援を求め、マッカーサーを受け入れる事で安全を担保する道を選び、帰って来ない主力部隊に替わる兵力をアメリカからのレンドリースにより編成して行った。
だが、部隊はニューギニアやソロモン諸島でアメリカ軍と共に損耗するだけの状態であり、昨年5月に開かれた大英帝国首相会議においては、オーストラリアが戦線から離脱すれば中東で収監している兵士を復員させると言われるに至る。
さらにカーティンやチフリーが思い描く移民受け入れによるオーストラリアの発展という絵図に対し、日本領域や中東で足止めされているユダヤ人をイギリスがオーストラリアへ導く話まで出ていた。
カーティンは会議から帰国の後、心労が祟り今や病床に臥せりチフリーが代行している様な惨状である。
「そんカーティンどんば悩みっど。勝てん戦ば付き合いきれん」
「何を言う!お前らが縋って来たんだろうが!私は帰るんだ!フィリピンは私のモノだ!あんな独立はみとめん!!」
マッカーサーはチフリーの物言いにキレて本音を吐露した。
「そん独立しちょフィリピンば、おはんが攻め滅ぼす言うがか?」
悪の帝国に虐げられた人々を解放する戦いのはずであるが、マッカーサーの言動はその真逆である。
チフリーの様な政治家ならともかく、イギリスからの独立を心に持った普通のオーストラリア人に受け入れられる言動ではなかった。
「そん戦ば、手伝えん。おはんはイギリス以下の侵略者ごわか」
チフリーは冷静にそう続ける。
「それで、オーストラリアはどうするつもりだ?ここまで戦って来たものを捨てるとでも言うのか?」
「こん戦ば、もう大義なくしちょ。終わりごわす」
チフリーはそう断言した。
「何を勝手な事を言う!!カーティンは!アイツは了承したのか!?」
マッカーサーにとってカーティンは頼れる相手であった。
「聞くまでもなか。ダーウィンの話すっば、納得ごわした」
そこに居た総司令官が総督然としたマッカーサーである事も大きく作用していた。
マッカーサーからすれば、カーティン首相は頼りになる盟友だった。しかし、周りから見れば家臣のそれであった。
負け続ける戦いの中で要求ばかり積み上げればどうなるか、語るまでもないだろう。
これが勝ち戦であったなら、イギリスが停戦などせず、中東に出征していた主力が帰国していたなら話は変わったかも知れない。
さらに、日本軍はここ2年ほどニューギニア以外でオーストラリアと交戦していない。チモール海ではイギリスの停戦以降は安全地帯を設けるほど平穏であった。
いくら白豪主義で差別意識が強かろうと、オーストラリアとて強い敵を敢えて煽るほどのバカではない。
「後悔するぞ!」
マッカーサーはそう凄む。
「ふん、知っちょる。こんままアメリカに任せればソロモン、ニューギニアも星条旗ば旗めくごわす、日本ば戦前の信託統治を継続する言うごわす。どちらを取るかは明白ごわんか?」
既にイギリスを介した停戦工作が行われ、オーストラリアが持つ信託統治領は返還し、アジア独立に倣えば問題ないと言う停戦条件が提示されていた。
「こん戦、このまま続けばオーストラリアは星条旗に埋まるごわす。総督が変わるだけん状況は、もはや無視出来もはん」
こうしてオーストラリアは2カ月以内のアメリカ軍撤退を要求し、日本との停戦協議を始めるのであった。




