44・チェスター・ニミッツの画策
1944(昭和19)年10月24日、ミッドウェー島沖
「日本軍も、まさか我々がここに居るとは思うまい」
スプルーアンスはそうほくそ笑んでいた。
今年に入って商船の都合が付かず、度々補給の遅延が起きている事はアメリカ軍も把握しており、他の島嶼であれば徹底した対潜哨戒によって度々潜水艦が犠牲になるのに対し、ミッドウェー海域では定期的に哨戒の穴が空く状態だった。
占領当初より危惧された兵站問題が、最近は南方戦線の激戦化や南シナ海の安定化による南方資源輸送の拡大で顕著となり、補給の遅延によって哨戒機の飛行が制限される事態が常態化し撤退まで囁かれていた。
ニミッツはそこに目を付けたのだった。
「偵察の結果、ジャップの策略である可能性は低いと思われます。同様に補給が厳しいウェーク島に関しては、哨戒機の性能と練度が上がり、偵察に苦労しています」
ウェーク島も孤島ではあるがマリアナの前進基地の役割を担い、苦しいながらにしっかり守られているが、より遠く北へズレたミッドウェー島にはあまり価値を見出しているとは言えない事も把握していた。
「マッカーサーが悪足掻きをしている今、日本軍の関心は南に集中しているだろう。仮に真珠湾に空母が居るとなっても、警戒するのはソロモンや、よほどこちらの考えを見透かせてもマリアナやウェーク島という結論にしか至らんだろう。ミッドウェー島なら取られても痛くない筈だ」
ニミッツならずとも、ミッドウェー島の状況を見ればそう判断する事になる。これは欺瞞でも何でもなく日本でもそのように考えており、真珠湾への戦力増強が顕著ならいつでも撤退する旨、陸軍は口にしていた。
スプルーアンスは偵察に向かっている潜水艦からの連絡を待っていた。
しかし、決められた時間に連絡が来なかった。
それでも数時間待ってみたが、全く連絡が届かない。
「どういうことだ?」
「偵察に出したアルバコア、アーチャーフィッシュの2隻は沈められた可能性があります」
「つまり、敵は相応の体制を整えたハンターキラーを擁する船団か」
アメリカ軍はこの日、撤退第一陣を載せるための大型船を率いた船団が来航する事を掴んでいた。
単に島を奪回しただけではインパクトが弱い。
そこで、撤退のために大規模船団がやって来たところを襲撃し、まるで増援にやって来た大船団を撃破し、その上で島を奪還したというインパクトのあるストーリーに従った作戦を立案していた。
日本側が撤退を考えている事を掴んだうえで、敢えて強力なエセックス級空母を真珠湾へ回航し、撤退を促す事にしたのだった。
その結果、日本軍は見事に反応して定期補給船団に大型船を加えて主要部隊の撤退を指示する暗号をミッドウェー島へと発信し、ミッドウェー島側でもそれを歓迎する旨の返信を送っていた。
「これは読みが当たったらしいな」
こうして、潜水艦の定時連絡によって来航した船団の規模や編成を掴むことは出来なかったが、エセックス級空母1隻、インディペンデンス級空母1隻、カサブランカ級護衛空母4隻からなる艦隊を率いたスプルーアンスは勝利を確信して偵察機を発進させた。
暫く後に島に達した偵察機からは1万トン級と思しき船4隻を含む12隻の船団が居り、アメリカ軍の護衛空母に似た小型空母が1隻随伴しているのを確認して艦隊へと伝える。
「これはなかなかの規模だ。本格的に撤退を選択したという事だろう。よし、攻撃隊を出す」
ミッドウェー島の戦力は既に判明しているため、今回の作戦ではその多くが攻撃機や急降下爆撃機だった。
戦闘機はそのほとんどを護衛空母4隻が担当し、100機余になる。ヨークタウン、ウェークの2隻は攻撃機を満載しており、2隻で140機の攻撃機を発進させた。
それから暫く後の事だった。
「ジャップの偵察機と思われるレーダー反応を捉えました!」
ヨークタウン艦橋においてそんな報告が行われた。
「レーダー偵察機だと?島ではなく、艦載機か?」
スプルーアンスも思案したが、確かに攻撃を警戒して空母を出している可能性は考慮していた。
「今日本が動かせる空母となると、大半はウェークとそう変わらん軽空母だろう。数も大したことはないはずだ。監視を続けてくれ」
まだ艦隊には防空用にF6Fが60機は残されており、仮に攻撃隊が来襲しても対応可能だと結論付けた。
そうこうするうちに攻撃隊からの通信が入る。
「ジャップは情報より多くの戦闘機を有しています!しかも新型機です!!」
ミッドウェー島に配備されているのは海軍がゼロ戦三二型24機、陸軍が三式戦24機であった。それは間違いない。しかし、それとは別に増援として瑞鳳型空母3隻から飛来した五三型60機、船団護衛を担う陸軍空母とかち丸からもゼロ戦三二型改12機
その事で近傍に日本軍の空母が居る事が判明したが、スプルーアンスは脅威とは考えていなかった。
「インディペンデンス級と変わらん程度の軽空母ならば、数隻居たところで何の問題もない!」
そう笑って攻撃隊収容後に周辺の捜索を行う事を計画するのだった。
「新たに偵察機、接近してきます!」
先ほど発見したレーダー偵察機とは別に、新たな偵察機情報を聞いたが、スプルーアンスは気にも留めなかった。
瑞鳳型や商船改造空母が数隻来ているらしいが、大した脅威ではないと、そう楽観していた。
「速いです。350ノットを超える模様」
どこか驚きを抱きながらも皆冷静だった。
「それは凄いな。ドイツから輸入したエンジンを積んでいるのかも知れん」
飛来したのは彗星三三型と同じアツタを搭載した艦上偵察機彩雲であった。高度8000mを時速688kmで飛ぶ高速機であり、どう頑張ってもヘルキャットでの迎撃は難しい。
その高速偵察機がヨークタウン、ウェークを発見して無線を発したが、それはそうなるなと言った感覚しか持たないのだった。
そんな弛緩した空気が流れるスプルーアンス艦隊だったが、ちょうど攻撃隊が帰還してきたタイミングでソレは現れた。
「レーダーに敵の反応!150!!」
それは艦橋の誰にとっても衝撃だった。
「そんなバカな。それでは日本軍がこの海域に大型空母を寄こしている事になるぞ!」
スプルーアンスどころか、ニミッツすら予想だにしない事態であった。
1944(昭和19)年10月25日、横須賀
「ミッドウェー島より至急電!ワレ、攻撃受ク」
それを聞いた連合艦隊司令部の面々は一斉に山本を見た。
「勝ったな。一体いつから大型空母は一航艦と二航艦にしか配備しないと思っていたんだ?そんな訳が無いだろうに」
山本はそう言って笑うのだった。




