36・クラーケンの海
1944(昭和19)年4月16日、ソロモン諸島
「艦長!レーダーに反応がありました。2分ほどでロストしたので潜水艦と思われます!!」
午後9時過ぎ、オーストラリア海軍に属する護衛駆逐艦ではそんな報告が行われていた。
「ジャップの潜水艦だな。よし、狩り出すぞ」
艦長は潜水艦発見の報に獰猛な顔でそう口にした。
艦隊旗艦や僚艦にも潜水艦発見を通報し、複数の護衛駆逐艦が動き出す。といっても潜水艦狩りなので慌ただしく海面を引っ掻き回すようなことはしない。
しばらくソナーで周囲を探っていたが、周囲の艦も含めてそれらしい反応を掴むことが出来なかった。
「魚雷らしき航走音2!!」
ソナー員からそう声が上がる。
「何!?こんな所を魚雷が?発射音は無かったのか?」
「ありません。あまり速くないです。20ノット前後と思われるのでナチの誘導魚雷かも知れません!!」
「機関停止!周辺にも警告!!」
艦長は慌てて機関停止を叫んで様子を窺った。
「魚雷らしき音源、遠ざかります」
固唾をのんで成り行きを見守っていた面々から安どのため息が漏れる。
「どこへ向かった?」
「方位から船団方面だと思われます」
この日、この護衛駆逐艦が当たっていた任務は船団護衛である。
それも普通の船団ではなく、ブーゲンビル攻略を前に前進基地となるニュージョージア島へと資材や兵員を送り届けるものだった。
始動したブーゲンビル攻略作戦は奇をてらった奇襲上陸などと言った手段はとらず、正面から物量で押し込む事を狙っていた。
その為には海兵師団だけでは不足で、陸軍も二個師団を投入するために兵站を整える事から始められていた。
すでにこれが三度目の船団だったが、どうやら日本側も何らかの作戦が発動されたことに気付き、ここ数日はソロモン諸島への偵察や攻撃が行われるようになっていた。
そして今回、懸念した通り潜水艦が発見された。
「船団?それだとジャップのロングランスじゃないのか?慌てて損したじゃないか」
彼ら外縁の護衛駆逐艦から船団まではかなり距離があり、もしレーダーに反応があった時点で魚雷が発射されていたならば、ドイツの音響魚雷では射程を考慮すると船団まで届く事はありえず、探知したのは長射程を誇る日本軍の酸素魚雷と言う事になる。
「船団に警告しておけ。こんな距離で見つかった魚雷に当たるバカなんて居ないだろうがな」
そう言って魚雷の事を頭から追い出し、潜水艦の捜索へと切り替える艦長であった。
それからしばらく潜水艦を探したが、全く反応がない。
「レーダーの誤認だったんじゃないか?」
僚艦からも発見の報はなく、レーダーに何か「影」が映ったのだろうと言い出す者まで現れていた。
その時、船団方向で水柱が上がり、レーダーがその姿を捉える。
「船団が被雷したようです」
その報告に唖然とする艦長。
「おい、まさかあの魚雷に当たるバカが居たのか?いや、他にも潜水艦が居たって事だな。警戒を厳重にしろ、さっきのアレも海底で息をひそめているかもしれん!!」
こうしてさらに捜索を続けたのだが、全く潜水艦は見つからず、さらに被雷する船舶が相次ぎ、彼らは救助要請を受けて船団へと向かう事になった。
この海域に居た日本海軍の潜水艦は3隻。
時間を少しさかのぼって日本側潜水艦では
「探知機に反応!」
電波警戒機が護衛駆逐艦のレーダー波を検知した伊203潜水艦では急速潜航が下令されていた。
「タンク注水、深度50!!」
「電探収納完了!」
「ハッチ閉鎖完了!!」
「潜航!!!」
慌ただしく乗組員たちが動き回り、次々と掛け声が飛び交っていた。
それから程なく艦は波間へと没していく。
「うむ、なかなか速いね」
伊201型で新編された第12潜水戦隊を率いる玉木は満足そうに顔をほころばせた。
「急速潜航であれば20秒で可能ですから、このくらいは当たり前ですよ」
艦長も満足そうな顔でそう答える。
「さて、では連中の度肝を抜いてやりましょうか。針路そのまま、全速」
「針路そのまま、全速ヨーソロー」
常識ではありえない指示を出す艦長に玉木も制止や抗議を行うことなく聞いている。
艦はそのまま水深50メートルの海中を18ノットで先ほど発見した小型艦艇へと突き進んでいく。
誰も声を発することなく暫く待つ。副長がストップウォッチを手にジェスチャーをする。
(頭上、敵艦)
皆が上を見るが、それからしばらく経っても何も起きることなく、皆フッと息を漏らす音が指令所周辺から聞こえて来た。
「速度墜とせ。聴音、船団の方位は?」
伊203は速度を落とし、聴音可能域になると、聴音手が周囲の音を探る。
「右へ転針しています」
それを聞いた艦長は先ほど電探で観測した情報から現在位置を予測する。
「先ほどがここだったという事は、この辺りか」
「右20度変針、速度そのまま」
玉木は敵の予想位置を確認しながら艦の進路を変えた艦長の指示に満足そうに頷いた。
「船団、真横です」
それから少し後、聴音からそう報告があった。
「うむ、予測通りだな。魚雷発射用意」
艦長はそう命じ、さらに聴音に詳細な方位を聞いて艦を修正した。
「魚雷、1から4番発射」
「魚雷、1から4番発射!」
復唱の後、4本の魚雷が発射される音が響いた。
「取り舵。沈降には注意しろよ」
「とりーかーじ」
艦長がそう言うと、復唱の後、艦が左へ傾きながら方向を変えるのを玉木も感じるのだった。
そして、ストップウォッチを睨む副長が口を開く
「今」
それから少し間があって一つ爆発音が聞こえた。
「1本命中ですね」
「そうらしいね」
そして、さらにその後にもう一つ爆発音が響いて来た。
「これもきっとそうです」
副長がそう口を開いた。
「上々の出来だったね。自分で確認できないのがさみしいが」
それを聞いて玉木は満足そうに艦長へとそう声を掛けた。
「仕方ありません。ちょうど上には駆逐艦がウロウロしているでしょうからね」
艦長も満足そうな顔でそう答える。
こうして彼らは海域を後にし、少し離れた海域で潜望鏡を上げるのだった。
それから2週間、アメリカ軍はニュージョージア島へ向かう船団が度々襲われながら、敵を追い詰める事に失敗していた。
護衛駆逐艦や駆逐艦がいくら捜索しても日本軍の潜水艦が見つからず、時折低速の魚雷らしい航走音が探知されるだけ。
まさか潜水艦が20ノット近い速度を出しているとは思わないソナー員はついぞその音こそ潜水艦である事に気付けなかった。
こうして、ソロモンの海にはさらに船が沈み続け、クラーケン海と呼ばれる様になっていく。




