34・オディエルヌ湾上陸作戦
1943(昭和18)年11月6日、レンヌ
「本当にオディエルヌ湾から上陸を始めたのか」
ロンメルは何処か驚いた様な顔でそう聞き返した。
「はい、数百隻の艦船がひしめいているとの事です」
彼は北アフリカ戦線を勝利で飾って凱旋した後、東部戦線へ転戦するのではなく、西部防衛司令官としてフランスに在った。
各戦線で活躍する諸将を横目に、何の仕事もなく休暇を楽しむかの如く配置ではあったものの、アメリカによるアイルランド進駐以降、ブルターニュでの防備に専念していた。
イギリスが戦争から降りた事でカレー周辺への上陸の可能性は大幅に低下し、防衛すべき地域が主にブルターニュ半島へと移っていた。
当初はビスケー湾の長大な海岸線への上陸も想定されたが、スペインがよりドイツ寄りの姿勢を示したことで、アメリカ側は他に採れる選択肢が無くなってしまっていた。
「沖合の機雷、海岸線のブンカ―ならびに障害物によって多くは阻止出来ております!」
報告を聞きながら、だからといって撃退可能だとは思わないロンメルであった。
「まず連中はカンペールを目指すだろう。海岸からは自然の遮蔽物も多い地域だ。さらに湿地が広がり海岸から内陸への道は限られる。十分引き付けてから対処しろ」
ロンメルが掌握する陸軍のオディエルヌ湾管内にはブンカ―や障害物が海岸線に設置され、さらにそこから内陸側にも縦深陣地が存在し、容易にアメリカ軍が展開できない様になっている。
「アメリカ軍は空母だけでなく、アイルランドからも航空機を飛来させており、制空に関して広範囲で影響が出ています」
ロンメルにとって最大の問題は、バッタと揶揄される飛行時間の短いドイツ戦闘機に対し、長時間その場を飛び続ける艦載機、アイルランドから随時飛来する陸軍機と言う物量に頭を悩ませていたが、それを考えるのは主に空軍の仕事であって、彼にとっては迷惑ではあるが、自分の範疇ではなかった。
ただ、日本から導入したゼロ戦を駆るイタリア空軍が活躍する姿には、アフリカ戦線と違った印象を持つことになったが。
1943(昭和18)年11月28日、ベルリン
「おい、モルヒネデブ!何で爆撃機の護衛がお前のところではなく、イタリア空軍なんだ?しかもアレ、日本から導入した機体だそうじゃないか。どうして我が国の戦闘機が極東の二等国に対して劣ってんだ?」
ゲーリングは呼び出されるなり、いきなりそう怒鳴られて唖然とし、何を言われたのかを理解して返答する。
「閣下、落ち着いてください。イタリアの機体は元来、艦載機として開発した機体であり我が国とは違って広大な太平洋を飛ぶことを前提に、3倍から4倍にもなる航続距離となっているにすぎません」
「だから何だ。今戦っている敵は大西洋沖合の空母だぞ。どうして我が国の戦闘機は同じだけの航続距離が無いんだ?」
当時ヨーロッパにおいて主流だった考え方は、日本風に言えば局地戦闘機や重戦闘機にカテゴライズされる迎撃主体の思想であり、その目的に合わせて開発されており、航続距離も迎撃を主とする考えから基地からそう遠く離れない事を前提に設定されていた。
メッサーシュミットBf109はそのような機体であり、主翼に燃料タンクを設ける様な想定をしていない事もあって、バトルオブブリテンにおいてわずかな時間しかロンドン上空を飛べなかった。
その後もドイツにとっては同じような苦境を経験せずにここまで来た事から、長距離単発戦闘機の採用は行われていなかったのである。
しかし、沖合300kmを遊弋するアメリカ空母を攻撃するには護衛が必要となり、ちょうどそこにゼロ戦三二型を導入したイタリア空軍が展開していた。その事がヒトラーにはお気に召さなかったのである。
「良いから作れよ!速やかにだ!!分かったな、モルヒネデブ!!」
こうしてヒトラーの感情爆発により、メッサーシュミット社に対して長距離単発戦闘機としてエンジンをBMW801としてゼロ戦三二型をモデルとするようにと命令が下る。
こうして政治的に開発されることになったのがMe609だった。
1943(昭和18)年12月20日、ワシントンDC
それからひと月以上かけた上陸作戦によってアメリカ軍は5kmほど前進できたが、海岸堡の確保こそできたが進軍は思うに任せなかった。
ロンメルの遅滞作戦の妙もあったが、空母をずっと張り付けておくことは出来ず、ブレスト、ロリアンというUボートの巣からほど近い事による船舶や艦艇への損害も日増しに積み重なっていた。さらに陸軍機は500km近く離れたアイルランドから飛来するという過酷な環境に置かれ、未だ満足な飛行場を上陸地点に整備すら出来てはいない事で疲弊も著しかった。
「10万だと!」
ルーズベルトはそう叫ばざるを得なかった。
上陸開始ひと月で戦死、戦傷者数が10万人を超えていた。それでなお、まともに都市の解放すら行えていない。
上陸作戦が始まったことでドイツ軍がブルターニュへと集結しており、レジスタンスへの警戒度も高くなっている。
「はい、閣下。海岸における損害が3万、上陸後に3万、そして、上陸時における輸送船団ならびに揚陸艦艇への潜水艦による雷撃、並びに機雷による損害によって2万、さらにアイルランドならびに我が国から向かう船団への損害によって2万となっております」
「なぜそこまで潜水艦を防げていないのだ?」
「はい、閣下。上陸地点がいささかアイルランドから航空支援を行うには遠いため、空母を対地支援及び上陸地点警戒に回している結果、船団護衛へのハンターキラーグループの配備がいささか不足しており、このような結果を招いております」
さしものアメリカ海軍と言えど、イギリスという橋頭堡なしの大陸反攻と言う大作戦に多くの艦艇を投入している関係から、後続の輸送船団に回す護衛が不足気味であった。
かと言って、太平洋での戦争を停めてしまう事も出来ないルーズベルトに選択肢はない。
いや、正確には太平洋での戦争を停めないために拙速な反攻作戦実施を決めたツケなのだが、その事に触れる者は、今のワシントンDCには存在しない。
「やはり、もっと空母を優先しておくべきだったか」
「はい、閣下。今年に入って戦艦が多数損傷しており、2隻は沈没。昨年新型戦艦を失ったことも考えれば、今さらモンタナの建造を停めるわけにもいきません。かといって、エセックス級空母の追加建造に回すほど鋼材の余裕もなく、ドックや船台の余裕もないのです」
日本と開戦したその時点において、空母は1隻も失われていなかった。そんな中で大和の存在を聞かされれば、戦艦建造に傾くことは誰にも責められはしない。
さらにその後も戦艦の重要性は失われておらず、損害ばかりが積み重なっている。
「そうだったな。まずはカンペールを解放することが先決。それが済めば空母を太平洋へ回せる。来年半ばには3隻は戦力になるのだったな」
「はい、閣下。順調に行けば8月までには戦力となるかと。さらに追加建造中の軽空母も4隻ほど戦力化が見込まれます」
それを聞いたルーズベルトは安堵の息を漏らし、今後へと思考を切り替えるのだった。




