32・ニューギニア島 3
1943(昭和18)年9月初旬、東京
「マッカーサー単独の作戦だ。どう考えてもハワイの艦隊など動けんだろう」
「しかし、二正面作戦をやるだけの力が連中にはあるはずだ。アイルランドの基地建設はまだ時間を要するはずだから、今なら大艦隊を太平洋へ回せるではないか」
大本営では、マッカーサーが作戦発動に向けた準備を行っている兆候を掴んでいた。
さらに、不完全ながらアメリカ軍の暗号解読にも成功したのだが、肝心な部分が分からず、重要な部分を推測に頼るしかなかった。
その事が陸海軍の意見対立を招き、何も決められない状態に陥っていた。
そこには怪文書という未来予想図が示すマッカーサーの作戦と現実の作戦に似通った部分があり、そうなると海軍がマリアナへと押し寄せる可能性が考えられた。
怪文書では時期が明記されていないので同時二正面作戦なのか、個別の作戦なのかがよく分からない。
そのため、怪文書を知る陸海軍の軍人達は自分の都合が良い解釈をし、対立する事になったのである。
陸軍の解釈はニューギニア作戦とマリアナ作戦は個別に発動され、マッカーサーとニミッツは連携しない。或いはマリアナ作戦は発動時期ではないというものだった。
しかし、海軍の解釈は連合軍最高司令官はマッカーサー1人であり、ニミッツは彼の旗下に過ぎないため、ニューギニア島攻略の牽制として南雲艦隊やケ魂部隊を拘引する作戦を行う筈だというものだった。
陸軍としては、海軍にしっかりソロモン海の制海権を握り、敵戦力をすり潰して欲しいという思惑があったし、海軍としては、陸軍の下働きではなく、自分達こそ華々しい決戦を行い見事な勝利を手にしたかった。
海軍の主張を確たるものとする証拠は、未解読なヌーメアからハワイへの電信である。
発信地と宛先は符丁から確信が持てたが、中身はイマイチだった。
ヌーメアに居る第3艦隊から太平洋艦隊司令部へ宛てた電信で、空母に関する内容らしいとしか判明していない。
陸軍はそれを空母増強の無心だと解釈し、海軍は支作戦や陽動の打ち合わせと解釈した。
両者とも、目の前の情報だけでなく、怪文書をも前提にした事で起きた対立だった。
当時のアメリカにとって、太平洋へ出来立てのエセックス級やインディペンデンス級という最新鋭空母を送るなど考えられなかった。
南雲艦隊やケ魂部隊と交戦して損傷でもしようものなら、早ければ年内に実施予定のフランス上陸作戦に支障が出る。
なにせアメリカの狙いはブレストないしロリアンの奪取によるブルターニュ橋頭堡の確立であり、大規模な反撃に対抗するには空母は幾らあっても足りないのだから。
しかし、日本はそんな切羽詰まるアメリカの内情までは把握していなかった。
「ならば、機動部隊を相手にしない戦艦をソロモンへ出せば良い。二航艦もアメリカの暗号から分かった10月4日前後にニューアイルランド周辺で待機、ハワイに動きが無ければソロモン攻撃に回すという事で如何かな?」
杖をついた山本がそう折衷案を出した。
本来なら引退しているところだが、後任がイマイチ決まらない。南雲の戦勲があり過ぎて従来通りに決められないと言った方が良いかも知れない。
彼を艦隊司令官から外すなら、他の艦隊や鎮守府では釣り合わず、連合艦隊司令長官くらいしか椅子を与えられない。
山口や角田という後に続く者達の事を考えても、他に選択肢がなく、かと言って慣行を下手に崩せば問題も大きく、山本は引退するに出来ないでいたのである。
仮に山本が戦死すれば、通常の人事として横須賀鎮守府を預かる古賀峯一なのだが、戦傷では周りがその人事を許してくれなかった。
1943(昭和18)年9月16日、ヌーメア
「ニミッツの野郎、空母を寄こす気が全くない!クソが!」
ハルゼーはヌーメアで吠えていた。
再三再四の空母無心に全く応じないニミッツへの怒りが収まらなかったのである。
「ジャップのやり口を見たらわかるだろうが!基地からのエアカバーだけで万全な訳がないんだよ!相手は機動部隊だ。奴らが出て来たら作戦そのものが失敗するぞ」
ハルゼーの手元にはなけなしの護衛空母が数隻、残念ながら最新のF6Fを運用出来る新型ではない。
マッカーサーの陸軍が上陸に成功したところで、ハルゼーが率いる艦隊は日本軍の新型機群に袋叩きに遭う未来しか見えなかった。
「戦艦は浮かんでいようと主砲が撃てなきゃ意味がないだろうが!」
千島沖で被弾した2隻はハワイで砲塔撤去の応急作業しか行われていない。アメリカ本土の工廠や造船所は太平洋で被弾した艦船の修理などやっている暇がないほど忙しい。
「新型戦艦の建造なんて止めちまえ!2年近く先の戦力どころじゃねぇんだよ!」
ハルゼーには当たり散らす以外に出来る事がない。
1943(昭和18)年10月4日、ニューギニア島ラエ
「敵機の反応多数!」
ラエには海軍の警戒隊だけでなく、陸軍の電探部隊も展開し、敵機の方位や距離だけでなく、高度まで判る様になっていたが、この日はあまりの多さに詳細を報告するどころではなかった。
侘美の部隊だけでなく、陸軍飛行隊は隼から三式戦へと替わった。
いくら隼が空戦で無類の強さを誇ろうと、大型機が苦手な火力不足では、今のラエでは役に立たない。
「予想された敵の総攻撃か」
「はい。一部の反応はナザブへ向かっています」
「なるほど、たしかあそこは飛行場建設が可能な土地だったな」
侘美は周辺調査を積極的に行い、ラエより西へ向かった場所に平原が広がり、飛行場建設の適地である事を知り、アメリカ軍がこの地を取りに来ると予想していた。
「第一旅団は計画通り、ナザブへ」
既にブーゲンビル島と同様の秘密道路がナザブ平原へと伸びており、大規模な移動にも対応していた。
移動はもちろん、イギリスから大量に輸入したアメリカ製トラックである。
「まさか、迎え撃つ我々がイギリスへ送ったトラックで移動しているとは。敵が知ればどう思うだろうな」
侘美はふとそんな事を考えてしまった。
アメリカ軍はサラモアへと攻撃を集中し、ラエから日本軍を誘い出す様な動きをしているが、既にサラモアには丘陵を利用した縦深陣地が築かれ、援軍を送る必要すらなかった。
空にはマダン、フィンシュハーフェンから飛び立った戦闘機も舞い、さらにニューブリテン島南部各地の飛行場から飛び立った陸海軍飛行隊も駆け付けて来る予定である。
「話の通りなら、今ごろダンピール海峡を越えて海軍さんが向かっているハズだな」
まだ戦いは始まったばかりだった。




