20・それぞれの憂鬱
1942(昭和17)年12月28日、ワシントンDC
「どうしたんだね?こんな時に」
ルーズベルトはやって来たチャーチルにそう問うた。
「こんな時だからだよ。大英帝国はジブラルタルを失う訳にはいかない」
話がかみ合っていないように見えるが、ルーズベルトはそれで何もかも納得したような顔をする。
「フランコに取られるのがそんなに嫌だったのかね?取り返せばよいではないか。これから2年もすればそれだけの戦力も整うだろう」
呆れたようにそう言うルーズベルトに対し、ヤレヤレという露骨なジェスチャーをするチャーチル。
「奪還した時に、ザ・ロックに翻る旗はユニオンジャックではないんじゃないか?国王陛下のために奪還したつもりが、西方の大統領の為だった。などとなったら、私は兵士たちに説明のしようがないんだがね」
「何を言い出すかと思えば、そんな愚痴かね」
ルーズベルトはチャーチルに冷たい目を向けてそう言った。
「フランコが動いていない今のうちなら、領土失陥と言う事態にはならない。仮に維持できたとして、このまま私が海軍の主力艦まで君に融通を依頼すれば、結局は同じことになっただろうがね。上手くそんな事態を回避できてホッとしているよ」
チャーチルは主力空母が就役するまでの1年間、どうにかやりくりするにはアメリカに頼るほかないと考えていた。
しかし、それは膨大なレンドリースにさらに多額の支払いを増やすことになり、その支払いを考えた時、戦略拠点であるジブラルタルが体の良い抵当となるのは目に見えていた。
「まさか、イギリスが約束を守ることなくサッサとナチと停戦を結ぶとは思わなかったよ。一体これからどうすれば良いんだね?」
イギリスはH部隊壊滅が本国に伝わると政界に激震が走り、その善後策をどうするかで意見が割れる事になった。
継戦の主張が無いでもなかったが、エジプト、インドが切り離されたブリテン島にそこまでの体力はないと誰もが薄々感じていた。
ヒトラーもエジプト陥落からしきりに停戦を呼び掛けていたこともあって、停戦へと雪崩を打ったように突き進むことになっていた。
「早計、確かに私もそうではないかと言う気持ちもあるんだがね。勝ったところでエジプトもインドも返ってこない可能性が高い。何ならスエズ運河も星条旗がはためく場所になるんじゃないのかい?」
そう尋ねるチャーチルを鼻で笑うルーズベルト。
「私はパナマ運河の拡大で忙しいんだよ。スエズ運河にまで手を出そうなどとは考えていないね」
チャーチルから見れば白々しい仕草でそう言うルーズベルトである。
「そうなのかい?いずれにしろ、今の私は英連邦の首相ではない。自由欧州諸国政府の引率者に過ぎないんでね。そう言う話は戦争が終わった後にアトリーとでも話してくれたまえ」
イギリスへと逃れていた欧州各国の亡命政府もイギリスがドイツと停戦したことでロンドンに居場所を無くしてしまった。
イギリス国内にも停戦反対派が相応に居り、そうした連中をどうにかしないと、再度ロンドン空襲が始まる事は目に見えていたので、停戦反対の最右翼であったチャーチルは自ら首相の座を辞し、亡命者を募ってアメリカへとやって来ていた。
「そうそう、引率はしてきたが、私は欧州を束ねるナニカという訳ではない。あとの事は君に任せる事になるけど構わないかね?」
「ああ、構わないさ。国を追われた惨めな君は、オタワで養生していると良い」
ルーズベルトは苦虫を噛み潰したような顔でそう告げる。
アメリカはブリテン島という欧州奪還の橋頭堡を失い、自らその構築をはじめなければならなくなっている。
さらに太平洋においても反攻に打って出る為の戦力が足りていない。
イギリスを失った以上、西も東も膨大な艦船を揃えなければ戦争にすらならない。ドイツが潜水艦以外大したことがないのは唯一の救いだが、そうだとしても、橋頭堡の再構築が途方もない話になる事くらい、考えるまでもなくルーズベルトには理解できていた。
「あのタヌキめ。レンドリースなんてチャチなもんじゃない土産を寄こしてきやがって・・・・・・」
1943(昭和18)年1月12日、横須賀
「どうしてこうなった?」
連合艦隊司令長官の後任人事でひと月以上空転した日本海軍は既存作戦の継続以外、何も手が付けられない状況に陥っていた。
幸いだったのは、この間にアメリカ軍が大規模な反攻作戦や艦隊作戦を実施しなかった事だと山本は何処か敵に感謝の念すら感じていたほどである。
「この局面での就任を辞退するのは分かるが、だからと言って『すべての責任をとる』という理由でそのままGF長官だと?なんでこうなるんだ?」
山本は艦上勤務が務まる体ではない。それを理由に固辞して後任をと言っていたのだが、ソロモン作戦の後始末を誰もやりたがらなかった。
確かに自分たちが始めた暴挙なのは確かだったが、南雲の帰国や角田艦隊の増強で今なら実行可能な戦力が太平洋に揃っている。
そうした事からFS作戦実施を望む声が各所から上がり、連合艦隊司令部と軍令部の対立は俄かに高まっている状況だった。
これを新任長官が収める事ができるのか?と問われれば、山本も否と言うしかなかった。
すでに陸軍は援蒋ルートの途絶が明白となった支那戦線を整理縮小し、南京政府にその多くを引き継がせている。その事で大規模な兵力が浮く事になったのだが、その多くは復員や満州警備に回されている。
今の陸軍は南洋で小回りの利く水陸機動団とソ連軍の条約やぶりに対応する機甲部隊という全く異なる2つの軍種に分裂しつつあると言ってもよく、海軍が従来通りの戦線拡大を唱えたところで見向きもしていない。
「ソロモンで死んだような身だ。上手く持久体制へ移行させてやらんとな」
陸の艦隊司令部から軍港を見下ろしながら、山本はそう決意するのだった。




