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失敗作と言われても

 私は家へ帰るなり、階段を駆け上がって部屋にあるベッドに横たわる。

 私は先ほどの本の内容を思い出し、まぶたを開く力すらないまぶたを手で無理矢理開いた。相変わらず何も見えない。私は目の前で手を近づけたり遠ざけたりするも、何も見えない。


 目が見えなくたって辛いことばかりじゃない。

 ーーただ、目が見える生活に憧れることだってある。

 けどそれもまたお伽噺のような話で、無理だと分かっている。


「はぁぁ」


 ため息をこぼし、私はうなだれる。

 そこで聞こえたのが車の音。聞き慣れた車の音がやんだ後、この家の扉は開き、そこから聞きあきた夫婦のやかましいほどのイチャイチャ話が聞こえてくる。


「やかましい」


 思ったことを口にしてしまうほどにやかましい。

 目は塞がれているのに、聞きたくもないあの夫婦の声だけが私の耳に聞こえてくる。

 せめて耳が聞こえなくなってくれれば良かったのに。そしたら結局あのやかましい夫婦の顔を見ることになる。それも嫌だな。


 この家に預けられた時点で、私の人生は詰んでいた。


 私がまだ小学六年生だった頃、目はしっかり見えていた。視力が悪い、なんてこともなく、私はこの目で世界を見れていた。

 だがある日、私は両親を失った。目の前で、私は両親を失った。その日以来、私の目は見えなくなった。何も見たくなくなったから、だから……目が見えなくなった時、私は手にガラスのようなものを手にしていた。

 目が見えなくとも、それは分かった。そのガラスには謎の液体がついていて、私はそこで思い出したんだーー


 私は親戚の家へと預けられた。

 そこで預けられた先が、このやかましいまでの夫婦の家であった。


「おい咲藍(さくら)、とっとと降りてこい」


 知っている。

 こういう時、私が受けることはたったひとつ。

 私はこれから地獄へと向かうかのように、死刑台へ立たされるかのような足取りで階段を降りる。


「咲藍、まずは、殴らせろよ」


 そう、私は虐待を受けている。

 親から、私を預かってくれている義理の親から。義理の父も義理の母も、二人は私を家畜のように扱い、そしてストレスを発散させるための道具としてサンドバックに使うんだ。


 一時間後、ようやく義理の親からの暴力は止んだ。

 今日は特に長かった。競馬に負けたのだろう。私にとっては無関係なことであるのに、それは私へと不条理な暴力へ変わって私を襲う。

 いつになったら私は救われる?相変わらず私は一人のまま、辛いまま、苦しいまま。

 自業自得の目を背負い、私は希望を求めるばかり。


「お前は失敗作なんだから、いつまでも俺たちの言いなりで居続けろよ。くれぐれも周りには言うなよ。言ったところで、お前はまた一人になるだけだけどな」


 苦痛だった。生きているのが苦痛だった。

 私は静かに階段を上がり、ベッドにうずくまる、


 夜がやってきて、私は眠る。

 朝起きて、学校に行く。学校だけが私が逃げられる場所である……はずもなかった。

 私が確かに目が見えない。だが何年も目が見えない生活が続けば、見えなくとも周囲がどうなっているのかは大体分かる。

 だが、私は転んだ。杖で段差がないことは確認したはずだが、何かにつまずき、転んだ。


「千佐、やめなって」


 女子たちの笑い声が聞こえる。

 それを聞こえないふりをして、私は杖を拾って立ち上がる……杖がない。


 大体のことは分かった。

 きっとすぐ近くにいるであろう女子たちは、私をからかって遊んでいる。

 目が見えないだけでどうして差が生まれるのだろうか。全く、腹立たしい。


「ねえ柳原さん、この杖、返して欲しいでしょ」


 柳原、それは私が義理の親のもとへ預けられた際に与えられた苗字だ。本名ではないが、私はその姓を与えられた。

 世界は不平等だ。

 今の私には何もすることはできない。杖を取り返そうにもーー


「お前ら、何してんだ」


 その声は、どこかで聞いたことがある。


「ちょ、どうしたの冴島(さえじま)、今柳原さんと楽しんでるだけじゃん」


「ふざけんな。もう少し他人のことを考えられないのか」


「離してよ」


「杖は返せ。これはお前のためにあるんじゃない」


「冴島、どうしちゃったのさ。あんただって昔はーー」


「ーー黙れよ。今すぐ柳原から離れろ」


「ちょ……」


「離れろ」


 そう叫ぶと、何人かの足音が遠くへと消えていった。

 その後、一人の足音が私へ近づき、そして足を止めてしゃがみこんだ。


「柳原、大丈夫か?」


 その声で、私は彼が誰なのか思い出した。

 彼は屋上で助けてくれた男だ。私は自ずと言った。


「ありがとう」


「これ、大事なものなんだろ」


 そう言って、彼は私の手もとに杖を置いた。それを握り、私は立ち上がった。


「柳原っていうんだな」


「正直、苗字は嫌いだから呼んでほしくないけどね」


「じゃあ、下の名前で呼んだ方が良いか」


「私は咲藍(さくら)、呼びたいのなら好きにしろ」


「咲藍、俺は雪河(せつが)っていうんだ。よろしくな」


「よろしく。……雪河」


「うん」


 明るい声で、彼はそう返事を返した。

 私は少し分からなくなっていた。雪河に、私が関わり続けても良いのか。

 ーー私にはまだ、分からない。

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