07
雪の衣を纏った樹木の影。
パルバライザー……パルコさんが作った焚き火の前で、わたしとエコー君は彼女の運んできた石の上に座りながら言葉を待っていた。
火をはさんで対面に座るパルコさんは、とても今まで死闘を繰り広げていたとは思えない様子で燃え盛る炎を見つめている。
わたし達が言葉を待っていると、やがて彼女は灰色の空を見上げながら静かに口を開いた。
「この空の遥か遠くに、お前達と同じ人間の暮らす世界がある」
「えっ」
「長い年月をかけて高度な文明を手に入れた者達。……この世界も、スキルも、魔物も、全ては彼らが生み出した」
「ええと、天界のような場所があって神様みたいな人々が住んでいるということでしょうか」
神や天使の住まう世界が雲の上に広がっているというのは、おとぎ話や伝承でよくある話だ。
けれど、パルコさんは首を横に振った。
「いや……少なくとも彼らは神を目指してはいなかった。どちらかといえば“弱いものが弱いまま生きられる世界”を作ろうとしていたと思う」
「弱いもの……?」
「たとえば、彼らの世界ではほとんどの病は発症すらしない。遺伝子操――前もって、丈夫な体に生まれるようにしたからだ。大怪我をしても再生治療の発達で1日あれば回復する。個人の生活は平等に保障され住居や食糧に困ることもない。それらは全部、大切な命を守るため、苦しみにあえぐものを救おうとした成果だった」
「す、すごい世界ですね」
いまいちぴんと来ないものの、本当だとしたらまさに夢のような世界だと思う。
それなのに、パルコさんの顔はどこか憂いを帯びていた。
「命の安全が確保された後も彼らは走り続けた。不満を生むものをよしとせず、環境や思想を変え続けて些細な問題も是正した。それが進化だと信じていた。だがその果てに、自分達の存亡にかかわる問題に直面した。死が遠のいた代償として人口が爆発的に増加したため、世界中の資源を集めても個々の生活をまかない切れなくなってしまったんだ」
「はあ……」
「それは人間同士で食糧を奪い合う地獄のような日々の訪れだった。これ以上数を増やしてはならないと子を生むことは厳しく制限され、老齢者に積極的な自死が求められた。全体数が減って一応の落ち着きを見せるまで、実に20年もの歳月が流れた」
「……うーん、僕にはちょっと想像できないです。酷いことが起きたのはわかりますけど」
エコー君が難しい顔をしながら感想を言った。
わたしも同意見だった。
生まれてくる人間が死者を上回ればいつかそうなってしまうのはわかる。けれど、もっと早く対策を練れたとも思うし、いきなりそんなことになるなんて極端な気がする。
「皆がすぐに情報を共有できる社会だったからな。混乱の広がりも一瞬だった。……ともあれ、当面の危機を乗り越えた彼らは2度と同じような悲劇を繰り返さないよう議論を重ねた。そして導き出したのが――“44億思想”だ」
「し、しじゅうしおくしそう?」
「簡単に言えば世界人口を44億という数で制限して、全ての資源を全員で平等に分け合おうという計画だ。個人が生を終えるまで豊かな生活を送れる基準として算出されたのが、その値だった」
おそらく1億人の半分もいないわたし達の世界からすれば、とんでもない大所帯だ。
最盛期はもっと人がいたことを踏まえれば、世界中の食糧を食べ尽くしてしまいそうになったのも頷ける。
「そんなことできるんですか? 全員が同じ考えだったわけでもないでしょうし、誰かが抜け駆けしないように見張っておくなんて不可能な気がします」
「当時はもっと多くの人口を抱えていたからな。あくまで主張の域を出なかった。だが彼らの指導者は自分達が再び破滅に向かうのをよしとしなかった。様々な扇動を行い、お互いが繋がりを持たずとも良い社会を作り……最終的に彼らは理想を実現した」
「うーん……もやもやする話ですね」
良いとも悪いとも言えない結末。
繋がりというのは、人と人との付き合いを制限するような、そういうことを指すのだろう。
確かに安心は得られるのだろうけど、受け入れられるかと言われれば、少なくとも私には首肯し難いものだった。
「パルコさんの世界のことはわかりました。でも結局こちらの世界と、どういう関わりが?」
彼女の言葉が真実なら、スキルをくれた一方で魔物をけしかけていたことになる。
矛盾ばかりで、やりたいことがさっぱりわからない。
侵略する気ならとっくにしているだろうし、かといって同じような発展を望んでいるとも思えなかった。
「人は、感情が満たされなければ幸せは感じない……そうだな?」
「え? ……はい」
「“贅沢な暮らしがしたい”“人の上に立ちたい”“特別な存在になりたい”……向上心、自分を信じ努力することは悪ではない。だが彼らの思想はそうした人の持つ心の強さを否定していた。ある時、誰かがふと思った。――我々は本当に幸せになったのかと」
そんな世界は――本当に幸せなのか、と。
「疑念は瞬く間に広まった。しかし問題を解消しようとするのは、多大な犠牲の果てに作り上げた世界の放棄に繋がる。それは、ともすれば退化であり認められるものではなかった。あてはまる形が違うのだ。いくら説明されたところで受け入れられるはずもない」
正しいから幸せになれるとは限らない。だけど間違っているとも認めたくない。
自分達が幸福である証明。自尊心を満たすものが求められたと、パルコさんは続けた。
「……生贄が必要だった。優れた自分達と真逆の、愚かで低俗な存在が。この世の理がわからない無知なものが。好きなように扱っても構わない価値無き人間が」
「…………え、まさか……っ」
「この世界――“ユーザネイジア”は遊戯場として作られた。彼らが原初の気持ちに還り『王』や『英雄』になれる場所として」
――お前達の祖先は、彼らのストレスの捌け口として生まれた。




