06
時間の“加速”と“減速”。
一瞬で放たれる打撃や、脅威的な俊敏性の正体は、まさに魔物自身の時間を加速させたことによるもの。
加速は周囲の認識力を遥かに超える超高速活動を可能にし、速度の上昇はそのまま攻撃力の大幅強化にも繋がる。
逆に減速がもたらすのは、身体能力の停滞及び大幅な弱体効果。
加速と違うのは、時間の流れが遅くなったこと自体は感知ができず、代わりに周囲のほうが速く動いているように錯覚してしまうこと。
高速回転させた刃が魔物の装甲を破れなかったのも、実際の速度は芋虫のように鈍化させられていたため。
無敵だと思った。
これ以上の反則スキルは想像の中でさえ早々思いつかない。
そもそも時間停止だけでも規格外な能力なのに、加速によって姿は捉えられず、万が一攻撃が届いたところで鈍化させられてしまう。
それでも、エコー君は少しも臆せず答えた。
「さっき僕を普通に投げ飛ばした時に気付いたんです。時間を操作するスキルは2つ同時に使えないんだって。攻撃があたったのも、お姉さんの動きを遅くしていたから加速はできなかったんです」
「あっ……!」
「それに“減速”は直接僕らを触れるとかしなければ効果を発揮できない。“加速”のほうを主体に使ってるくらいですから。大丈夫、2人で協力すればきっと勝てます!」
その時、今までエコー君に関心を示さなかったパルバライザーが、初めてそちらに顔を向けた。
「…………タナ」
「? くっ!」
瞬間。
エコー君の正面に出現した魔物が拳による連撃を繰り出す。
今までと同じように呆気なく弾き飛ばされてしまったものの、読み合わせたかのように大剣で防御したため、立ち上がってすぐに体勢を戻した。
「いくら速くても、高さや軌道がわかれば……!」
今度は背後に回って攻撃を繰り出してくるも、しっかりと対応して決定的なダメージだけは回避する。
わたしも動く。
基本的にやることは1つ、ひたすら畳みかけて魔物を追い詰めるのみ。
上下左右、深く浅く、相手の死角を狙うように魔剣の刃を伸ばし続ける。
「イイゾ、モットダ」
何を思ったかパルバライザーが傍に生えていた木の幹を腕の一撃で粉砕する。
すると、支えを失って倒れるだけの木が加速して、わたし達を押し潰そうと迫る。
減速と同じで自分以外の物質にも加速を付与できるのだろう。
「くっ! ああ!」
「うわっ!」
何とかかわすものの、続いて魔物のすぐ下の地面が爆散したかと思うと、雪や小石が矢のように突き刺さる。
蹴り飛ばしたものを加速させて、範囲攻撃のように撃ち出したのだ。
これはさすがに避けきれず、エコー君の体にも大小の傷が刻まれてしまう。
もう1度攻撃される前に、わたしは急いで魔剣を地下に走らせると、枝分かれした刃でパルバライザーを強襲。
足下にこうして根を張っていれば魔剣を警戒して地を蹴ることはできないはず。
すると、パルバライザーが巨体を舞わせて獣のごとく木々の間を飛んだ。
さらには足で踏みつけてへし折られた枝の落下が加速、それら全てが鋭い矢と化してわたしとエコー君へ向かってくる。
「“血の処女”!」
魔剣で盾を組み上げて前方に展開。
しっかりとガードするものの、頭上を移動していたはずのパルバライザーを見失う。
「もっと上です!」
エコー君の叫びで空を見上げると、分厚い雪雲を背景にした魔物の姿。
次の瞬間、落下速度を上昇させたパルバライザーの踏みつけがわたしの体を粉微塵に破砕した。
瞬時に体を再生。
同時に創出した魔剣の攻撃が、着地後わずかな隙を作った魔物に射出される。
今度は避けられず刃を受け止める魔物。代わりに“減速”が発動して、わたしの目に映る景色が再び早まった。
「たあああっ!」
反対側からエコー君が斬りかかる。今なら加速は使えない。
魔物自身の強度も相当なもので、大剣での攻撃を腕一本で弾く。
けれど彼は止まらない。
ディーから教わった体術とスカウトスキルによる高速移動で、次々にパルバライザーへ連撃を放つ。
やがて、その内の一振りが魔物の体を薙いだ。
「……!」
大剣が直撃しても外皮が多少削れた程度でダメージと呼べるほどの損傷は見られない。
それでも、ここまでやられ放題だった魔物にようやく刃が届いたのだ。
(わたしも……!)
減速の解けたわたしは、エコー君と挟み撃ちになる形で幾度も攻撃を繰り返す。
スキルが再使用可能になるまでに、少しでもパルバライザーの動きを止める。
「お姉さん!」
こちらに声を上げるエコー君。
すぐに意図を悟る。
加速を使われ距離を取られる前に、もう1度。
「《フリーズ》!」
場面が転換して、少し離れた位置でパルバライザーがエコー君に殴りかかる姿に切り替わった。
それだけで、時の止まったわずかな間に凄まじい攻防があったのだとわかる。
「はあああああああ!」
わずかな隙を逃さず、錐状に形を変えた魔剣をパルバライザーに撃ち込む。
身を捻られ避けられるものの、間髪入れずに体勢を立て直したエコー君がパルバライザーに大剣を叩きつけた。
「グッ……」
びしゃり、と白銀の地表に魔物の鮮血が舞う。
胸部の装甲を砕き、ようやく攻撃が通ったのだ。
「……コレガ、人間ノ、姿……」
パルバライザーが何事か呟く。
耳を傾けている余裕はない、とにかく攻撃を続けないと。
その刹那。
「お姉さん、もう1度……っ!?」
「《最加速》」
魔物が、今までにない速度で移動する。
今度はエコー君へと一直線に向かって。
大剣を構えてガードしようとするものの、今までと違って拳は出さず、代わりに剣の間を掻い潜って彼の外套をつかみ、強引に引き寄せた。
「なっ!? うぐっ!」
そのまま反転させて雪の上に倒すと、片手でエコー君の頭を押さえつける。
「エコー君!」
そんな。こんな簡単に。
早く助けないと。
けれど、わたしが魔剣を展開するより先に、パルバライザーがこちらに丸い石のようなものを放り投げた。
「【リセットストーン】――ソレデ“スキルポイント”ハ戻ル」
「えっ……?」
スキルポイント……【星】のことだろうか。
戻るということは、まさか《セルフヒール》のレベルが0になる?
そうなったら、わたしは。
「持ッテ念ジルダケデイイ。……少年ノ命ト、ドチラカ選ベ」
「っ! お姉さん、駄目だ! うああっ!」
迷いは無かった。
エコー君の命とスキル、そんなの比べるべくもない。
わたしはアイテムを手に、心の中で元に戻ることを願う。
すると、石が一際強く発光して――
「モウ……イイ」
声はすぐ隣から。
つかんでいたはずの物が消失して、代わりにパルバライザーが元の輝きに戻った石を握り締めていた。
「悪カッタナ。――私の……負けだ」
人の姿に戻った彼女は、まだ倒れたままのエコー君に手をかざして初めて見せるスキルを使用する。
「え、傷が……!」
体の傷だけではない。損傷した服まであっという間に元通りに修復される。
わたしも同じことをされると、ボロボロになってしまったコートが戦う前の状態にまで復活した。
「話がしたい……今度こそ。その上でお前達に頼みがある」




