05
パルバライザー――そう名乗った魔物が、雪片を撒き散らしてこちらへと迫る。
立ち上がったわたしは、両手に魔剣を創出して身構えた。
魔物が取り憑いているのではなく人型の状態に変身していたのならばもう遠慮はいらない。
そんな余裕は一切ない。
全身を襲う恐怖が、全力で挑まなければ取り返しのつかないことになると告げていた。
「いくら動きが早くても……!」
魔物の前面から側面にかけて血の刃を展開。どれだけ異常な速度で移動ができても、無限に増殖する刃を際限なく繰り出せば、いつかは攻撃が届くはず。
かすり傷でも与えれば毒付与による弱体化はできる。
けれど届かない。
どれだけ不規則に刃を振るっても、恐るべき俊敏さで巨体が揺れ動き、体勢をほとんど変えずにかわされる。
(それなら!)
視覚の外、下からの攻撃なら。
雪の下から魔剣で構築した錐を撃ち出す奇襲。
が、通じない。
まるで予知能力のごとく、全てが紙一重で回避される。
気を抜いた瞬間、前方から瞬時に背後へと移動したパルバライザーが腕を払う。
首筋から心臓までの筋を腕の一振りで吹き飛ばされ、雪の上に鮮血が降り注ぐ。
その血を再生。
刃を射出すると、ようやくその内の1つが魔物の腕を捉え――られない。
瞬時に転身した魔物の掌底がわたしの顔に炸裂。
顎が砕けて雪に叩きつけられたわたしを、同時数発の踏みつけが襲う。
肉片と化しながらも模索は止めない。
何か、何かあるはずだ。この魔物を倒す方法が。
その時――
「はあああっ!」
エコー君がこちらへ向け、突進する。
わたしの攻撃をあっさりいなした魔物が単純な攻撃でどうにかなるとは思えない。
でも、エコー君には《フリーズ》がある。
間合いに入る寸前、彼の姿が掻き消えて――
「えっ? うわぁ!」
転換した光景で見たのは、わたしと同じように体を地面に投げ出されたエコー君の姿だった。
パルバライザーは傷1つなく元の場所へ佇んでいる。
「動いた……! こいつ、時間が止まってるのに……!」
「……え、まさか……!」
顔を強ばらせてエコー君が叫ぶ。
「使います……! この魔物も《フリーズ》を!」
まさか、そんな。
それなら、あまりに速い動きもスキルを使っているからなのだろうか。
いや、それならエコー君が気付いてもおかしくないし、発動の間隔も短すぎる。
「ドウシタ……コノ程度デ」
パルバライザーが口を開く。
なんでもいい、とにかく攻撃して活路を見つけなければ。
わたしは再び立ち上がって剣を振るう。
けれど、どうしても追いつけない。こちらからは触れることさえ適わない。
「――――!」
だったら、あっちが来た時にカウンターを狙えばいい。
再び雪原を蹴った魔物が拳による連撃を放った瞬間を狙い、ダメージを受けた部分を魔剣に変換する。
今度は刃を回転させて、確実に魔物の外皮を削るように。
それでも、正面にいたはずのパルバライザーが景色ごと姿を消す。
(どうして、どうしてあたらないの……!?)
焦燥をよそに、パルバライザーから繰り出された2発分の回し蹴りが、わたしの体を吹き飛ばした。
「お姉さん!」
「っ!? 駄目! 後ろ!」
振り向いた時にはもう、エコー君の体に数発の拳が届いた後だった。
小さな体がごろごろと何回も雪の上を転がる。
恐怖が消える。
代わりに心の奥から湧き出たのは、怒り。
わたしは自然と歯を嚙みしめていた。
「何なんですか、あなたは!」
感情だけを乗せた魔剣を振るう。
かわされるかと思ったけれど、パルバライザーは腕の装甲で刃を受け止めた。
「今マデニ、オ前ノヨウナ存在ヲ何人モ殺シタ」
「……!」
「“ユーザネイジア”ガ生マレタ時カラ、ソレガ私ノ使命ダ。遠慮スルナ」
「わたしは本気で……!」
「コンナニ長時間戦ッタノハ、オ前ガ初メテダ」
「勝手なことばかり言わないで!」
魔物と接触した剣身を、あの時と同じように高速で回転させる。
ほんの少しでいい、外皮を破ることさえできれば。
(え……?)
今、違和感が。
景色が早まったような。
目がおかしくなったのでなければ、雪の落ちる速さが上がったような。
けれど、そんな疑問も消し飛んでしまうほど、目の前の事実は残酷だった。
何で、どうして。
刃をいくら高速で動かしても外皮が通らない。魔物の装甲に傷1つ入らない。そこまで硬いというのだろうか。
内心をよそに、拳を振りかぶるパルバライザー。
(待って)
振りかぶる?
そんな動作、今まで1度だって確認できなかったのに。
「お姉さん!」
その声はいつもより甲高く聞こえた。
聞き間違えるはずはない、エコー君のものだ。
魔物を挟んだ反対側から小さな影が奇襲をかける。
でも、また同じことの繰り返しなのではないか。
この魔物の反応速度なら、簡単にあしらわれてしまうのでは。
「危ない、来たら――」
「大丈夫、今なら攻撃は通ります!」
――え?
直後、斜めに振り下ろされた大剣がパルバライザーを捉える。
その体にまでは届かなくとも、背部の“羽”の一部が砕け散り、雪と共に宙を舞った。
「…………!」
本体へのダメージには程遠い。
それでも、初めて攻撃らしい攻撃をすることができた。
一体どういうことなのか。
横に並んだエコー君が、パルバライザーを睨み据えたまま口を開く。
「お姉さんを見て気付きました! こいつは最初からずっとスキルを使って攻撃してたんです!」
「…………ホウ」
彼の言葉を肯定したのだろう、感心したような呻りを上げるパルバライザー。
「違うスキルを同時には発動できないから《フリーズ》も使えなかった! そして、だからこそ反応も遅れたんです!」
「え。あ……それって……!」
ずっとスキルを発動していたけれど、今だけはスキルを解除していた。
思い当たるのは雪の加速。
あれはまさか、降る速度が早まったのではなく。
遅くなったのは、まさかわたしのほう?
答え合わせをするように、エコー君が口を開く。
「止めるだけじゃない……時間です! この魔物は、時間を操ってるんです!」




