04
「あの……どこまで行くんですか?」
少し先を歩くパルコさんの後を追い、わたしとエコー君はすっかり雪に覆われた郊外の森へと足を踏み入れていた。
待合所で「頼みがある」と言った彼女は、どこか人のいないところで話がしたいと申し出てきた。
どういった用件なのか、ここでは駄目なのか聞いたところ、彼女は低い声で「お前のスキルにも関係することだ」と言った。
同じ冒険者としてどんなスキルを持っているのかとか、そういうことが知りたいのではない。全部を察した上でわたしに会いに来たのだと、彼女の空気が告げていた。
《セルフヒール》の詳細はディーとエコー君しか知らないし、2人がそうそう人に話すとは思えない。あるいは人伝てに聞いた情報から判断したのか。
ただそれとは別に、何となく断れない雰囲気のようなものをパルコさんは発していた。
それが悪意から来るものかまでは定かで無かったものの、わたし達はひとまず話を聞いてみようと思い立ち、彼女に導かれるままエコー君と初めて会った森を訪れていた。
木々の間をしばらく進んだ後、パルコさんはようやく立ち止まってこちらを振り向いた。
肩とおなかを露出させた動きやすそうな衣装に身を包みながら、少しも寒さは感じていないようだった。
漆黒の瞳がわたしを映す。
「それで、どういう用件なんでしょう」
こちらから話を切り出すと、パルコさんは静かに告げる。
「……私と戦え」
「えっ」
まばたき1つの間。
雪が舞い上がると同時、彼女の姿が消える。
空を切る音が耳元に届いた時にはもう、パルコさんの拳がわたしの胴体に3発直撃した。
「げほっ!?」
「お姉さん!? 何するんだ!」
エコー君が剣を構えるものの意に介した素振りもなく、パルコさんは雪原に投げ出されたわたしに目を落とす。
今の攻撃、わたしでなかったら間違いなく取り返しのつかないことになっていた。
本気で、殺すつもりで放たれたものだった。
「どういうつもりですか!」
「……全力で来い」
抗議の声を上げるものの、容赦なく振り下ろされる拳。
かろうじて避けるものの、地べたが雪ごと大きく抉り取られ、湿った土が打ち上げられる。
目端で捉えた地面にはやはり3発分の穴が開いていた。
「このおっ!」
大剣を振りかぶったエコー君がパルコさんに迫る。
命までは取らないよう剣の腹があたるように持ち手を変えていたけれど、次の瞬間にはもう彼女の姿は無い。
代わりに彼の側面に出現したパルコさんは、エコー君を軽々つかむとその体を苦も無く雪の上に叩き付けた。
「エコー君! ――!?」
再度わたしの正面に高速移動したパルコさんは、両の腕で一瞬にして計6発の打突を撃ち込んできた。
とても人の拳から放たれたものとは思えない衝撃を受けて吹き飛ばされたわたしの体は、近くの木に衝突する。
(速すぎる……!)
まるでディーの《遠雷》が常時発動しているのかと思えるほどの超高速攻撃。――3発同時に訪れる衝撃も、単純に異常ともいえる速度で3回連続で殴っているのだ。
その1発ごとの威力も人体など容易く粉砕するほどの重さが込められている。
何かのスキルなのか、それともこれが『神翠石』級冒険者の力だとでもいうのだろうか。
「……どうした。攻撃しろ」
「戦う理由がありません! 意味もなく傷付け合うなんて!」
「お前に無くても私にはある。これは仇討ちだ、プレイアのな」
「……えっ!?」
この人、まさか。
考える間もなく繰り出される拳。
わたしは『ブラックディード』を創出して連撃を受け止めた。
刃を合わせたのにやはり拳には傷1つ付いていない。それどころか一撃一撃が鋼鉄の玉が直撃したように重い。
「まさか、あなたも魔物!?」
答えの代わりに高速で放たれた上段蹴りがわたしを襲う。
とっさに身を屈めると、背後の樹木が幹から真っ二つになって倒れた。
同時に、枝に積もっていた雪がわたし達に降り注ぐとともにパルコさんの視界が奪われ、反応が遅れる。
「たあああっ!」
体勢を立て直したエコー君が背後から強襲する。
わたしも剣を構えて前後から挟撃を仕掛けようとするものの、本気で攻撃することにためらいが生まれる。
もし主教様のように魔物が取り憑いているのだとしたら、彼女まで命を奪うようなことはできない。
何とか魔物を引き剥がす方法を見つけなければ。意識を飛ばせる程度の衝撃をあたえれば、あるいは取り憑かれている彼女が目を覚ますだろうか。
けれど、彼女は振り下ろされた大剣を横から素手で掴み取ると、エコー君ごとわたしのほうへ放り投げてきた。
「なっ!?」
「うわぁっ!」
慌ててその体を受け止めるものの、衝撃で一緒に尻もちをついてしまう。
完全に意表をついていたにも関わらず、驚異的な反応速度だった。
――強い。
四肢だけで戦っているにも関わらずこの強さでは、下手に手加減なんてできない。
何かいい案がないか考えを巡らせていると、攻撃の手を止めたパルコさんが、わたし達を見降ろして呟く。
「この姿では抵抗があるのか。……なら――戦イヤスクシテヤル」
刹那。
彼女の姿が瞬く間に変貌する。
「――――っ」
空間がぶれた後。
たたずんでいたのは、死を具現化したような魔物だった。
蜘蛛の腕のような羽を生やし、野太い四肢からは溢れ出る力が漲っている。
怒りを湛えた髑髏のような頭部には、ぽっかりと開いた2つの眼窩が虚無を灯してこちらを向いていた。
木々の合間を駆け抜ける殺意にあてられ、この寒さの中にあって、わたしの全身からは汗が吹き出してきた。
(まずい。まずい、まずい、まずい、まずい!)
生物としての感覚が告げている。
この魔物は――駄目だ。
勝てるとか勝てないとか、生きるとか死ぬとか、そんな次元ではない。
なぜ人が今まで無事に生きて来られたのか。
そんなおかしな疑問さえ湧いてくるほど、目の前にいる存在は生命の一切を否定していた。
かき乱されるわたしの内心をよそに、魔物は静かに、厳かに口を開く。
「……我ガ名ハ“パルバライザー”。魔物ノ頂点ニシテ、万物ヲ破壊スル権限ヲ与エラレシ者」
真っ白な世界で、最強の魔物との死闘が幕を開けた。




