03
「というわけで2人に相談に乗ってもらおうと思いまして」
「……いや何でワタシなの。しかもどうしてこいつまで」
「フフフ、あれだ。道でばったり会ってしまってね」
次の日の正午過ぎ。わたしは町の酒場で合流したディーと、ついでにお昼休みだというゴアさんと一緒にテーブルを囲みながら話を切り出した。
「つまり恋愛相談というわけだ。いいねえ、私の想いもいい加減届いて欲しいものだが。チラチラッ」
「こっち見んなキモい」
「おや酷い。まあ他ならぬキミの頼みだ。恋愛術士の私が男女の在り方について懇切丁寧に指導してあげようじゃないか」
「それは心強いです、よろしくお願いします」
「……サギ師に転職したの、あんた」
何だかゴアさんが頼もしく見える。
これはいい助言がもらえるかもしれない。
「さっそく教えてください、恋って何ですか?」
「おっと、いきなり世界の核心に迫る質問をされてしまった」
「大袈裟にも程があるわ」
「いやいや、人が人に恋しなくなったら人類滅亡だよ?」
考えてみれば確かにそうかもしれない。
これは真剣に聞かねばと、わたしは顔を引き締める。
ちょうどその時、料理が運ばれてきた。
今日のお昼は具がたっぷり入った特製シチュー。雪も降り積もってきて一気に冷え込んだため、温かいものをおなかが求めるのは必然と言えた。
「とりあえず質問に答えよう。簡単に言えば恋というのは小川。その先にある愛は湖だね。幾つもの水流が交わって大きな水瓶を作る――愛は恋の発展系のようなものだと言い換えてもいい」
「もきゅもきゅ……えっと、ゴブリンとホブゴブリンみたいなものですか?」
「モンスターに例えるなんて度肝を抜かれたが、上位互換という点ではそういう解釈もアリかもしれない。うーん、そうだなあ。キミも今まで誰かを“かっこいい”とか“優しい”とか思ったことあるだろう」
「はい」
「それ全部“恋”なんだよ」
「そうなんですか!?」
そんなワケねえだろと隣から声が聞こえた気もしたけれど、衝撃で右から左へ抜けていってしまった。
これにはわたしも驚きを隠せない。
「しょっちゅう考えてます、わたし!」
「おや。だとしたら、かなりの恋愛脳だね」
「なっ!? わ、わたしが……!」
「“かっこいい”という言葉の後には『こんな人とお付き合いできたらなあ』が入るわけだよ。相手への思いが積み重ねって居ても立ってもいられなくなった状態が愛というわけさ」
「なるほど……!」
「信じるな信じるな」
実にわかりやすいゴアさんの解説にわたしは頷くばかりだった。
「だがまあ、お互いの川が必ずしも合流するわけではない。好みが一致するとは限らないわけだね。さらには交わった流水が汚染される場合もある。そうなっちゃうと湖まで汚れが広がってしまうし、元に戻すのも容易ではない。つまり大抵は破局する」
「むむ……」
「ちなみに気になる相手というのは、この間の少年かい」
「そうです。よくわかりましたね」
「ははは、わからないほうがおかしいさ。まあキミらの場合、普通に食事したり買い物とかしてれば自然とお互いの理解が深まっていくと思うよ」
確かに夕飯はいつも一緒に食べているし、先日だって防寒具を買いに町へ行ったばかり。心に余裕ができたお陰か久しぶりに服屋で衣類を購入したし、今来ているコートもエコー君に選んでもらったものだ。
「でも何だか普通過ぎる気がして実感がわかないんですよ。ご飯ならこうしてゴアさんとも食べているわけですし」
「ふむ。わかりみが深すぎて感覚が鈍くなっているわけか」
「そもそも告白しても付き合えるとも限らないんですよね。うう……断られたらどうしましょう」
「いや、なんならもうデキてるようなもんだから、後はあんたらが自覚するかどうかじゃないの」
「そうなんですかね。うーん……わかりました。自分でも色々考えてみます」
とにかく気持ちがはっきりしないことには話を先に進められない。
時間はあるし、ゆっくり考えればいいだろう。
「それで、冒険者は今日から再開するの?」
「はい。後でエコー君と合流したらギルドで依頼を受けてきます。それで、できるだけ遠くへ――王国の外にも冒険へ行こうと思うんですが、いいですか?」
「構わないけど、どうして?」
「思い出したんです。わたし達の夢は、冒険者になって世界を旅することだったって。ですから2人の分もわたしが代わりに旅をしようと思いまして」
「ふうん……」
「そういうわけで、あと7回。もちろんすんなりクリアできればですけど、協力よろしくお願いしますね」
すぐに同意してもらえるかと思ったけれど、ほんの少し間を開けてから、ディーはどこか思い込んだ様子で。
「……その後はどうするの」
「え?」
「『白銀』になった後よ。ワタシはともかくエコーと2人で冒険者を続けるのかってこと」
以前と違い、わたしはもう冒険者をやめる必要はない。
ディーとのパーティーは『白銀』になるまでだとしても、誰か他にメンバーを誘って3人という依頼を受けるための最低人数を確保すればこれまで通り冒険者を続けることはできる。
それでも、これからのことはもう決めている。
「いえ――わたしは『白銀』になったら、冒険者を辞めるつもりです」
その理由もしっかりと添えて、わたしはディーにこれからのことを打ち明けた。
☆★☆★
「もしかして冒険者を続けるって言って欲しかったのかい?」
「まさか、そんなわけないでしょ。ワタシとあいつの道は――」
「同じだよ。さっきの話で言うなら、1度交わった川をまた分離させるのも至難なんだから」
「何、ワタシもついでに足洗ったらどうかって?」
「そういうことを聞いてくるあたり、少しは考えちゃってるわけか」
「定期的にあんたをぶち殺してドブに巻きたくなってくるんだけど。まあ、もしそうなったらワタシに変な期待してるあんたは発狂するでしょうね」
「どういうことだい?」
「ずっとワタシに人殺しを続けて欲しいと思ってるんでしょ。いつの日か、背負った業が全部裏返ってろくでもない死に方をする日まで」
「……ああ」
「言われなくてもワタシは一生現役よ。世界から殺意が消えない限り、これからもずっと仕事は続ける。殺して、殺して、屍の上で生き続けて、そして最期は同じように惨たらしい屍になってやる」
「そういう気持ちもあったのは事実だ。前はああ言ったけど、私はキミに感謝する一方で恨んでもいた」
「…………」
「あの時、キミさえ現れなければ姉を殺せなんて言わずに済んだ。心を入れ替えて昔のように仲良くやれる機会もあったかもしれないのに、その機会を永遠に断ったのは――お前だ」
「…………」
「キミは願いをきいてくれただけなのに、勝手なものだよね。でもだからこそ言えるんだ。――キミは悪くない。本当に裁きを受けるべきは、薄汚い願望を押し付けてキミの手を汚させてきた私らなんだよ」
「……そんなわけないでしょ。ソレだけはない」
「キミは私達の思いに全力で応えてくれただけなんだ。本当のキミは……誰かのために進んで力を貸してあげられる優しい子なんだよ」
「いいのよ、悪意を引き受けるのも仕事のうちなんだから。それでいいの。誰に理解されなくてもいい、ワタシが選んだのはそういう道なのよ」
「やっぱり変わったね。あの子のお陰かな」
「かもしれない。世話焼かされっぱなしなのに、不思議よね」
「いつか、キミが報われることを祈ってる」
「…………どうも」
☆★☆★
宿の前では、エコー君がもう既にわたしを待ってくれていた。
「お帰りなさい!」
「ごめんなさい、お待たせしました」
「いいえ、僕もちょうど今帰って来たところです!」
「早速ギルドに行きましょうか」
雪が舞う町の通りを2人並んで歩く。
今朝がた降り積もった分は路傍に寄せられていて歩くのには困らないものの、この分ではまた夜にかけて雪が強まるかもしれない。
そう思わせるぐらい、空には灰色の雲が折り重なっていた。
「寒いですね」
「はい! でもお姉さんが選んでくれたマフラーや帽子がありますから、へっちゃらです!」
エコー君が身に付けている防寒具はコートのお返しにわたしが見繕ったものだ。
嬉しそうに白い息を吐く彼を見ていると、自然と胸が温かくなってくる。
「そう言ってくれると選んだ甲斐があります」
笑顔で応えながら、わたしは先ほどの話に思いを馳せる。
この満たされるような気持ちが恋なのだろうか。
答えはまだわからないけれど、エコー君も同じように感じてくれているなら、わたしも嬉しい。
わたし達がギルドに到着すると、妙な違和感を覚えた。
(あれ?)
最近の調子であれば妙な態度で近付いてくるギルドメンバーが、座ったまま雑談すらせずに視線を泳がせている。
気になりながらも受付に向かうと、カウンターの前に知らない女の人が佇み、じっとこちらを見据えていた。
ずいぶん背の高い女性だ。それこそ成人の男性とほとんど遜色がない。
年齢は20代半ばほど。
整った顔立ちに燃えるような赤く長い髪。
暖炉があるとはいえ、その全身は肌を露出させた軽装に身を包んでいる。
「丁度良かった。アレッサさん、貴方にお客様です」
「わたしに?」
受付に座っていたイメルダさんが普段の抑揚のない口調で告げる。
目の前の彼女に顔を移すと、吸い込まれそうな輝きを放つ漆黒の双眸が、わたしの姿をしっかりと捉えていた。
「こちら“破滅”のパルコさん。冒険者の頂点――『神翠石』級に位置する凄腕の方らしいですよ」




