02
「うう……めそめそ」
「元気出してください。着替え置いときますね。リンゴ食べますか?」
「…………たべる」
今日もウィノナさんの自宅を訪れたわたしは、涙を流す彼女のお世話をする。
命こそ取り留めたものの、ウィノナさんの体には戦いの後遺症がしっかりと残ってしまっていた。
「おいしいですか?」
「うん…………でも私は、リンゴも剥けなくなってしまったんだな」
「ウィノナさん……」
「もう冒険者どころか、働き口だって見つけられない」
助け出されてすぐに司祭様が治療にあたったものの、ウィノナさんの失った右手は戻らず、踏みつぶされてしまった足も完治には至らなかったようで歩くのに杖が欠かせなかった。
さらにはラビ君から酷い裏切りを受けて心に深い傷まで負っていた。
今日もわたしの顔を見るなり、ベッドの上で泣き崩れてしまったのだから、どれだけ落ち込んでいるかは想像に難くなかった。
「こんな足手まといと一緒になってくれる男性なんているわけないし、犬以下なんて言われたら女としても自信持てない……実家には愛想を尽かされてるし……報酬はもらえたけど、いつまで保つか……」
「……そこまで聞かされると、かなり詰んでますね」
「そんなにはっきり言わなくてもいいだろ! 絶望だあ!」
ごめんなさい、ごめんなさい。
わたしもどうしてあげたらいいか、わからないので。
「ううっ……ぐす……私は幸せを見つけたかっただけなのに……もういっそ……」
「ダメですよ、変なこと考えちゃ……」
ぐずり出すその背中をそっとさすってあげようとするものの、彼女はわたしの手を弱々しくはね除けた。
「同情なんかまっぴらだ。どうせ心の中じゃ私のことを見下してるんだろ。今じゃ君のほうが勝ち組だものな……っ」
「そんなことないですったら」
「もう誰も信じられない! こうして看病してくれるのだって、裏があるに決まってる……っ」
「一緒に戦ったギルメンを心配するのは当たり前です」
「…………ごめんよ、アレッサ。仲間を失って悲しんでいた時に冷たくして。きっとこれは、人として最低なことをした罰なんだな」
「ウィノナさんが酷い目に遭うことなんか望みませんよ」
「ゆるしてくれぇ……わあああん!」
わたしの胸に飛び込んで泣きじゃくるウィノナさん。
最近はずっとこんなやり取りが続き、その度にもらい泣きしそうになってしまう。
(でも……本当にどうしよう)
いつまでもわたしが面倒を見るわけにはいかないし、もし仮に誰かがずっとウィノナさんを介助するとしても、そこに彼女の幸せはないだろう。
ありのままの彼女を受け止めてあげられる人がいればいいのだけれど。
その時、部屋のドアをノックする音が聞こえる。
ウィノナさんに代わってわたしがドア越しに確認を取ると、それは意外な人物だった。
「俺だけど。見舞いに来たんだが入れてもらっていいか?」
「カファールさん?」
ウィノナさんが頷くのを見てドアを開くと、果物の詰まった籠を抱えた私服姿のカファールさんが立っていた。
「来るのが遅くなって悪かったな。ほら、見舞いだ」
「あう……その……わざわざありがとうございます」
寝巻の裾で涙を拭いてどうにか返事をするものの、ウィノナさんの顔にはしっかり涙の跡が残っている。
状況から大体のことを察したのか、隣まで来たカファールさんはいたわるように口を開いた。
「堅苦しいのはナシでいいぞ。俺はなんとか軽傷で済んだが、お前は大変だったな」
「うう……」
「頼れる身内とかいないのか?」
「実家からはもう勘当されていて……どうにも」
「そっか……ふむ」
少し考えこむ仕草をした後。
「なあ。良かったら俺の家に来るか?」
「……え? ……悪いけど哀れみなら遠慮したい。私は……誰かの荷物になりたくない……」
「ああ、言い方が悪かったな」
カファールさんは1度ちらりとこちらを見てから息を吐くと、意を決したように口を開いた。
「お前が好きなんだ。だから一緒に暮らしてくれ」
「「えっ!?」」
急な告白にわたしもウィノナさんも思わず目を剥いてしまう。
「こんな時に言うのはデリカシーなさ過ぎな気はするんだが、はっきり伝えとかないとな」
「そ、そんな……好きって」
「カファールさん……!」
「いや本気だって。言うなら早いほうがいいだろ」
そう言われてもウィノナさんがこれ以上傷つくのは見たくないし、さすがに冗談では済ませられない。
思考が追い付かず固まっていたウィノナさんも、やがてふるふると首を振って否定する。
「う、嘘だ。いくらなんでも悪趣味だ。私に好かれる要素なんて1つもない。大体、私達はほとんど会話したこともないじゃないか」
「まあ俺の一目惚れみてえなもんだし、それこそ内面はなんとも言えねえから即結婚は考えものだろうな。ちなみに俺は見ての通りぐいぐい行くタイプだが、苦手か?」
「いや、そんなことは……ない、けど」
「俺はお前みたいな芯の強い女がタイプなんだ」
「そんなのお世辞にもなってない! こんな泣きっぱなしな私のどこが……!」
咎めるような声を上げるウィノナさんに、カファールさんは穏やかに言葉を紡いだ。
「……あの時、ヨハンの攻撃から身を挺して守ってくれたよな」
「えっ」
「自分の命が危なかったのに、みんなで生きて帰るって言ってさ。人間追い詰められた時に本性が出るもんだけど、お前は土壇場で俺を助けてくれた。心が強くなけりゃ出来ないことだ」
「……ぁ」
「もしこんな奴が彼女だったらなって思うようになったのは、それからだ」
ウィノナさんは戸惑うように視線を泳がせる。
「そんなの、私じゃなくたって……」
「かも知れないが、実際目の前でやったのはお前が初めてだ」
「でも……」
「不安だよな、フられた後は。俺もそうだったよ」
「え?」
寂しそうに笑いながら、彼は言う。
「前の女だよ、いつの間にか浮気されてた。愛が足らないんだとよ。騎士の俺が大工に負けるとはねぇ」
「……わ、私は……」
「わからねえよ。弱ってる今ならモノにできると思われたって仕方ねえし、そんなつもりなくたって無意識に考えてるのかもしれねえ。だから、第3者の――お前の友人の前で言うんだ」
わたしのほうをちらりと見てから、カファールさんは真顔になるとウィノナさんに向き直った。
「俺と付き合ってくれ。俺のことを知ってくれ。俺もお前のことが知りたい。願わくばお互い支え合える関係になりたい。たとえ傷ついていても、お前のことは誰より美しい女性だと思ってる」
いつの間にか顔を真っ赤にさせたウィノナさんは、うまく言葉を発せないようだった。
さんざん泣き腫らしたはずなのに、目尻にはまた大粒の涙が浮かんでいる。
でもその雫は、今までとは違ってどこまでも透き通った色をしていた。
「……私が男爵家の生まれだと調べたなら、残念だったな……とっくに勘当された身だぞ……っ」
「俺はもう準男爵だぜ。男爵くらい、すぐに登り詰めるさ」
「こんな体じゃ家事も満足にできないのに」
「腕1本動けば手を貸して欲しいことなんていくらでもある」
「野良犬以下の抱き心地だって言われたぞ」
「……お前は人間だ、人間」
「私……わたし……っ! ……ふええええ~~んっ!」
ついには大号泣してしまう。
でもそれは、今までと違って悲嘆にくれたものではなかった。
「不束者ですが、よろしくお願いします……! 私っ、がんばるからっ! 精一杯、尽くすから……!」
「それは俺の台詞だよ。愛想尽かされないよう努力する」
「……うん! 一緒に、わかりあっていこう……っ! ああ……ああああっ!」
感極まった様子でカファールさんの胸に飛び込むウィノナさん。
一時はどうしようと思ったけれど、ようやく報われる時が来たのかもしれない。
「良かったですね、ウィノナさん」
「うん、うんっ! ありがとう……っ! 君の言葉は本当だった! 私、幸せだぁ……っ!」
敢えてわたしのいる前で告白したカファールさんの想いは本物だと思う。
良かった、本当に。
今度こそもらい泣きしてしまいしつつ、ふと思う。
恋愛か。
わたしは鈍いからよくわからないけれど。
でも思い浮かべる相手がいるとするなら、脳裏を過ぎるのは元気な男の子の面影。
(…………エコー君)
わたしは、どうなんだろう。
彼のことをどう思っているのだろう。
この気持ちはやっぱり、恋なんだろうか。




