01
「本当に申し訳ございませんでした!」
顔を見せるなり、主教ヨレンタ様は地に伏す勢いで跪いた。
「聞けばあの背信者……元司祭に惨憺たる仕打ちを受けたとか。全ては腐敗を許していた私の責任。この通りお詫びいたします」
王妃殿下にお目通りしてから3日後、わたしは主教様より王都の大聖堂にお招きを受けていた。
当初は異界より救い出してくれた感謝を直接伝えたいという用向きだったものの、わたしが破門された身だと知るや、一転して謝罪の場が設けられてしまった。
「本来ならすぐにでも貴女の破門を解くべきところを、被害者の数が想像以上で実態を把握しきれておりませんでした。それにまさか、神聖魔法まで剥奪されていたなんて。心中を推し量ることはいたしかねますが、教会としてはアレッサさんに最大限の誠意を尽くしたく考えております。どうか、ご容赦を」
「頭をお上げください。わたしでしたら、それなりに何とかなってますから」
今となってはもう仕方のないこと。
《セルフヒール》の効果では修得以前に刻まれた烙印までは治せないらしく、わたしの体には神聖魔法を消失させる魔紋が刻まれたままになっていた。
とはいえ【星】は振り切ってしまったし、烙印が消せたとしても再修得は不可能に近い。とっくに割り切りは済んでいる。
「寛大なお言葉痛み入ります。私を救出してくださったことも含め、感謝の念に堪えません」
「お体はよろしいのですか?」
「はい。特に後遺症もなくこれまで通り聖務もこなせています。でもまさか魔物が取り憑いていたなんて思いもよりませんでした」
いわく主教に選ばれてからというもの、これまでも記憶を無くすことが度々あったらしい。
“グランドフォール”についても自分のあずかり知らないところでいつの間にか預言をしたことになっていて、気が気でなかったそうだ。
「あの……おこがましいと思われるかもしれませんが、私に魔物が憑いていたことは誰にも言わないでもらえないでしょうか。その、とても大変なことになってしまいますので」
眉根を寄せて不安そうに口を開く。
たしかに、世界中の信徒に神聖視されている彼女が魔物に操られていたかもしれないと噂されれば混乱は避けられないだろう。
「もちろんです。パーティーの仲間にも口外しないよう伝えておきますから」
「ああ、格別のご配慮恐れ入ります。本当にありがとう」
わたしの言葉を聞いて顔を綻ばせた主教様は、もう1度深々と頭を下げた。
そして再び顔を引き締める。
「何か私どもで力になれることはありますでしょうか。先ほども申しました通り、教会は全霊をもってアレッサさんに報いたいと考えております」
「そんな、お気持ちだけで」
「いいえ。このままでは立つ瀬がありません。どんなことでもおっしゃってください。何でしたらこれも教会のためと割り切っていただければ」
食い下がる主教様。
どうやら事情は王妃殿下と同じ、厚意を受け取らないほうが問題ということだろう。
魔物憑きのことは教会の上層部も把握済み。当然、関係者の口止めを徹底しようという声は上がってくる。
主教様が顔を合わせてくださったのも、お礼や謝罪の他に、誰にも口外しないという言質を取りたいという目的もあるのだと思う。むしろ教会側としては、そちらのほうが肝要。
もちろん人の口に戸は立てられないけれど、主教様からすれば「ここまで取り計らったのだから彼女達は大丈夫」と周囲を安心させる材料にもなる。
「わかりました、では……こういうのはどうでしょう。わたし達3人が冒険者であるうちだけ、どこの教会でも治療を無償で施してもらえるようにしていただけませんか」
「承りました、すぐに手配しておきます。他にはございますか?」
どこの、というのは全世界どこでもという意味だというのに、主教様は即答してくれた。それどころか別に無いか促してくる。
「……それでは、お墓を3つ用意してもらってもよろしいでしょうか。2つはラクシャの孤児院がある丘の近くに。もう1つは共同墓地に」
丘の近くに建てるのはヴィクト君とカーナ、あと1つはラビ君の分だ。
いつかは彼らが安らかに眠れる場所を作りたいと考えていたので、いい機会ではあった。
ラビ君のことも、せめて弔いくらいはしてあげたかった。
「わかりました。後ほど担当の者を伺わせます」
「それと仲間2人にも話をしておきますので、何かあれば、あらためてお伝えしますね」
「はい、何なりとお申し付けください。貴女達に神のご加護があらんことを」
こうして、主教様との面会は終わりを迎えた。
聖堂を出ると、王都の街並みに少し早い雪が舞っている。
季節が変わり冬が訪れようとするなか、わたしの周囲の環境もがらりと様変わりを始めていた。
その中の1つが今まで冷たかったギルドメンバーの対応だ。
「や、やあアレッサ。今日も元気そうで何よりだ」
「昨日は顔を見せなかったから心配したぜ。外は寒かったろう、紅茶でも入れようか」
「エコー坊ちゃんも寒くなってきてるから、風邪引かないでね?」
後日、新しいギルド証が届いたという知らせを受けて冒険者ギルドを訪れたわたしとエコー君は、待機所の面々から気持ち悪いほどの歓待を受けていた。
帰還後に報酬を受け取るためギルドを訪れた際、その場の全員に平謝りされてからというもの、ずっとこの調子だった。
「今日はクエストを受けに来たのか? パーティーメンバーが足りない時は遠慮なく声をかけてくれよな」
「おい、俺が先に言おうとしたんだぞ!」
「2人とも、困ったことがあったら何でも言ってね」
引きつった笑みを浮かべながらへりくだってくるのは、もはや日常の光景。
ここまで態度が豹変すると気味が悪くなってくる。
「慣れないなあ、この空気……」
「居心地が悪いですね……」
誹謗中傷されることが無くなったのは喜ぶべきことなのだろうけれど、今までさんざん責められてきただけに違和感が凄い。
「無理もありません。アレッサさんのパーティーは今のところ王国で1番有名な冒険者パーティーですから」
受付で淡々と業務をこなしていたイメルダさんが口を開く。
「そうなんですか?」
「『神翠石』級の魔物プレイアの討伐に貢献して、第6王子と主教様の救出に尽力し、王妃殿下の覚えもめでたければ当然かと」
「……言われてみると結構な功績ですね」
他者から見れば、わたし達の後ろには王国という最大権力が控えているようなもの。
何かあったら国が動くのであれば、これまで通り接するなど到底できることではないだろう。
「先日は主教様にも感謝を頂いたとか。王国と教会の権力2トップに目を掛けられている貴方達を敵に回したらどうなるか、子どもだってわかるでしょう。あわよくば取り入ろうとする方も中にはいらっしゃるようですが。はい、こちらが新しいギルド証です。『黒晶』級への昇格おめでとうございます」
「……ありがとうございます。イメルダさんは変わりませんね」
「就職する以前のいざこざに興味はないですから。傍から見ていると滑稽そのものですけどね」
こちらは笑いごとではないのだけれど、以前よりはこちらの状況のほうがマシと思うしかない。
彼らの手を借りることはこれからも無いだろうし、わたし達へ害を為して来なければ、とりあえずそれで良かった。
「それで、さっそく依頼を受けていかれますか」
「あ、いえ。今日はこれで帰ります」
無事にギルド証も手に入れて、わたし達はついに目標の直前へと到達した。
ディーの体調も戻ったため、後はもう何の憂いも無く『白銀』を目指すのみ。
けれど、わたしにはまだ冒険に出かけられない事情があった。
それは――
「うえぇぇぇ~~~ん! 私の人生はおしまいだあ……!」
「そんなこと言わないでください……辛い思いをした分だけ、きっと良いことが起こりますから」
「なぐさめなんか聞きたくない! こんなぼろぼろの体でどうしろっていうんだ!」
「それは……」
不自由な身になってしまったウィノナさんの介助という、新たな仕事ができてしまったからだ。
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