27 プレイア視点
「気分が良いねえ、ついさっきまでイキってた人間をボコボコにするのは」
身の程を知らず楯突いてくる躾の行き届いてない子どもに向けて、私は槍による刺突の嵐を繰り出した。
支援効果のお陰で全身に力が漲ると同時に、体が恐ろしく軽い。槍だってティースプーンみたいに軽々と動かせる。羽が生えたみたいという比喩表現があるけれど、まさにそれだ。実際生えてるんだけどね。
ほらほら、右がスキだらけだよ。
あ、やっぱりこっちを攻めよ。
右、左、右、左――と思ったけど真ん中ー、あはは。
ちゃんと避けないとちっちゃな体に大きな穴が開いちゃうよ。
「あはは、大道芸人だったの? エラそうなこと言ってたのに、お姉ちゃんはこっちだよー」
「……くっ!」
楽しいね。
今までは魔法で瞬殺しちゃってきてたからわからなかったけど、こうやって自分の手で鉄槌を下すのも良いものだね。
追い詰められていく罪人の表情を間近で見られるんだもの。
っていうか、あの女はどうしたの、まさか逃げたわけじゃないよね。
目を移すと、ここまで辿り着いた騎士の男と何やら話をしている。
まさか……逃がさないとか息巻いたそばから助力を乞いに行ったのか。
そいつも怪我人だよね、さすがにみっともなさ過ぎない。
世界秩序を守って数百年、ここまで面の皮が厚い人間初めて見たよ。
「ん?」
その時、支援魔法で限界まで強化された全身の感覚が身の危険を知らせる。
咄嗟に反転すると、案の定、顔の近くに糞女の蹴りが迫っていた。
「遅いなあ」
「――っ」
反応速度も強化しているため動きを見てから槍で弾き返すのも容易。
けれどわざわざガードする必要もないほど攻撃に力を感じない。
私が支援効果で強化されているのもあるが、威力が明らかに衰えている。
きっとヨハンやその他魔物との戦いで精魂尽き果てているのだ。
可哀想に、早く楽に――はしてやらないけど、あの女に見せつけないといけないから気力が続く限り悲鳴をあげまくって死んで欲しい。
「顔色が悪くなってるよ、疲れてるんだね」
「あんたは顔がキモいけど、造形に失敗したのね」
「ほんっとにッッッッ!! 口の減らネエエッッッッ!! クソメスブタ汚物女だなアアアアッッッッ!!?? どォいう育ちしてんだテメェッッッッ!!!???」
もうお前はその臭ェ口を開くなあッ!!
この尊顔は神が彫像した美の極致たる偉大な傑作だ!!
それを……てめっ……このアマ……!!
お前みたいな原人類に芸術の真価がわかるものか……ッ!
「お前は……打ち首獄門だああああ!!」
「いちいち咆えんな、汚い叫びが耳に障んのよ」
筋力と俊敏さを強化して最速で槍を乱舞させているのに、糞女は死に体の分際で私の攻撃を避け続ける。
フェイントも全く通じない、心が読まれてるみたいだ。ああ、うっぜぇ……っ!!
それでも――速さ、そして生命力でもこちらが圧倒的に優位。
槍を振ってゴリ押ししてるだけで十分体力は削れる。どうせ長くはもたない、じっくり確実に行く。
機会はそれからすぐに訪れた。
奴の態勢が一瞬傾き、膝が抜けたように動きが止まった。
好機。だが、まだ焦るな。
私は更にその足元へと槍を撃ち出す。
石畳が破壊されて礫が舞い上がり、糞女が完全によろめいた。
これで今度こそ――
「はぁっ!」
「!?」
絶妙なタイミングで餓鬼のほうが大剣を打ち出して槍の軌道を反らした。
どいつもこいつも忌々しい……!!
「邪魔を……! 《タワーインフェルノ》――はっ、しまった!」
「!!」
迂闊にもいつもの調子で地面から発生させてしまった魔法の火柱は、案の定【反魔の瀑布】で跳ね返される。
絶妙な具合に炎と熱がこちらへ反発されて私の体は瞬く間に業火に包まれた。
「うっかりし過ぎなんじゃないの」
…………ふん。
私の体は、熱に耐性があるんだよ。
こんなのダメージにもなっていない。
身を焦がしたまま、私は強化した敏捷を活かして餓鬼に接近、大剣を掴む。
「なっ……!?」
そのまま持ち上げて腕力だけで持ち主ごと糞女のほうへ投げつけてやる。
まだ膝をついたままの女は避けられない。代わりに、庇うようにその体を受け止めた。
“点”で攻める突きは命中率がよろしくない。私は2人目掛けて槍を大きく薙ぎ払った。
跳べも退けもしないんじゃ、このリーチでの攻撃はかわせない。
だが攻撃が到達する前に――2人の姿が目の前から忽然と消える。
「はぁぁぁっ!!」
耳元で雄叫びが聞こえたかと思うと、槍を持った腕が殴りつけられるような感触を覚える。側面に瞬間移動した餓鬼が大剣を叩き付けてきたのだ。
硬度を上昇させていたにも拘わらず銀製の外皮が砕け、感覚の無くなった手から槍が離れた。
内心で私はほくそ笑む。
ようやく《フリーズ》を使ってくれた。
癪だがこのくらいのダメージは覚悟の上だ。
問題ない、こんな苦し紛れの一撃。むしろこれで後は魔法で好き放題に――
(待って、2人とも?)
時間停止中に動けるのは使用者1人だけ。
ほんのちょっとしか時間を止められないのに、何故あの糞女まで姿を消せる。
まさか。
視覚外に生まれる殺気。
それは間違いなく糞女の放つものだ。
でも《フリーズ》を使えるはずはない。
「――《遠雷》」
肉体への多大な負荷を代償に、自滅覚悟の高速移動を可能にするスキル。
振り向いた私の胸に奴の手にしたダガーが突き立つ。
「……っ! ……っ!!」
極限まで強化したこの体に、傷が付けられる。
だから、どうして。
どこにそんな力があるの。
もう。
もう…………本当に…………。
「見ッッッッ苦しいッッッッ!!!! 《楽園ノ空ヘ至ル翼》!!!!」
――“祈る者”の固有スキルを発動。フェザーユニット展開、神格効果付与。支援魔法の効果時間を大幅延長及び全能力値最大上昇。
さらに発動と同時に放たれた衝撃波が糞と餓鬼を吹き飛ばす。
「これは、もし世界が腐り切ってしまった時にリセットを行うための、フヒト様から管理者へ与えられた力……!」
地面に倒れたままぴくりとも動かない塵共に向かって、私は宣言する。
「本来はお前らごときを潰すのには過ぎた力。……でももういい。始めから人間全部でかかって来ようと、勝ち目なんて無い。しっかり心に刻みつけてから殺してあげないとねぇ……!」
その時、さっき受けた傷が酷く痛み出す。
――これは毒か、ヨハンが喰らったのと同じもの。まさか私にまで有効だなんて。
「……ごほっ。確か、解毒魔法が効かないんだっけ」
ふうん、いいね。
何事も経験だ、試してみよう。
「《アンチドーテ》。……げふっ、ごふっ! ……成る程、これが毒の痛みかぁ……! 初体験だなあ、こんなの。《アンチドーテ》――ゲフゲホゴホッ! アハハ凄いね、解毒しようとするたびに効果が増幅しちゃうんだ!」
体がどんどん浸食されて溶かされていく。内側だけでなく外側までも。
とんでもないね、どうなっているの。
こんなものあったんじゃバランスが壊れちゃうじゃない。
錬金術協会かな、作ったのは。後で何とかしとかないとね。
――さて。
「でも回復はできるんだよね。《世界に祝福あれ》」――神聖魔法系超級スキル。自信のダメージを完全回復すると同時に一定時間最大体力の40%に相当する再生効果を付与」
溶けた体が内外ともに一瞬で回復する。
毒はまだ体内で活性しているけれど、再生速度で上回っているため実質無効化したも同じ。そのうち分解されて効力も消えるだろう。
「これでもう、どんなに頑張っても越えられない壁があるってわかったかな」
わからないかな、馬鹿だから。
聞いてるんだから答えろ。
「ほら、まだちょっとは息があるよね」
地べたを見下ろすと、わずかに胸を上下させる以外には指一本動かせないといった様子の、衰弱し切った糞女が目に映った。
「大丈夫? せっかく真の力を解放したんだから、ちょっとは相手をして欲しいところなんだけど。なんなら1度完全回復してあげようか? ……なんてね、お前には慈悲の一片も与えないよ」
これからあの屑女の前でゆっくり解体してやるから。
そうしたら次はあっちの餓鬼。
それがどこまでも不快なお前の、唯一の存在意義だ。
少しは役に立ってよね。
「………………ょ」
「……? なに」
まだ口の筋肉を動かす力があったの。
本当、この生命力はどこから湧いてくるの。
かつてフヒト様の世界には“G”と呼ばれた害虫が跋扈していたらしいけど、とんでもない生命力を持っていたそうだ。
こいつはまさにそれ。
ディーとか呼ばれていたし、実は人間の姿をした近縁種なのかもしれない。
「なあに、なんて言っているの」
どんな命乞いや泣き言を呟いているか、耳をすませると。
「…………意外と早かったわね……待ってたわよ」
…………?
待ってたって、何を。
「お待たせしました、2人とも」
振り向くと、全ての元凶であるあの女が立っていた。
待ってたって、もしかしてこいつのことか。
そんなアテにするほどの存在か。
「今さら駆けつけてきて、何の用かな?」
ただ不死身ってだけのお前じゃ、何もできない。
剣も魔法も私には効かない。無力なお前は、ただ仲間がやられるところを絶望して眺めるくらいしかできないとわかっているはず。
それなのに、だったら何故、以前のような負け犬の顔付きをしていない。
「さっき言いましたよ、あなたを倒すって。……ディーに近付かないで」
言葉の後。黒色の風がそばを掠めた気がして、次に見た時には、すぐそこに倒れていた死にぞこないの体があの女の腕の中に移動していた。
「……っ!?」
なに、今のは。
何が起きたの。
なに、その手の剣は。
さっきの安物の剣じゃない、それは――あの男が持っていた、魔剣?




