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「面倒くさいなぁ。黙って聞いていれば、今度はオカルト?」
わたし達から離れた位置で立ち止まった魔物は、銀色の口元から軽薄な声を放った。
「心に還るとか何とか嗤わせる。魂なんてあるわけないでしょ。ヨハンの能力を聞いて盛大に勘違いしたのか知らないけど、あれは殺害した個体の思念が持つ熱量をデータ換算してライフスフィアに換算しているだけのこと」
流暢な言葉のほとんどは否定の上積み。
表情はほとんど変わらない。だけど、魔物が冷たい目でこちらを見下ろしているのだけはわかる。
「ただ増えて減るだけのお前達に天国も地獄も存在しない。善も悪も全ては私達が決定すること。例外はない。その女は犯してはならない罪を犯した。だから処分する。それだけだよ」
「……誰この間女。バケモノに人間の何がわかるの、空気読めや」
立ち上がったディーの顔つきは既に臨戦のそれへと変わっていた。
わたしも涙をぬぐってすぐに頭を切り替える。
今度こそ仲間を――友達を失わないために。
「気を付けてください。主教様に取り憑いていた魔物で、強力な攻撃魔法を使います」
「主教にぃ? ……まさかあんたがグランドフォールを起こしてたの?」
ディーが訊くと、隠すことでもなかったのか、銀色の魔物はあっさりと首肯した。
「そうだよ。人間は増え過ぎるとすぐ同士討ちを始めるから、魔物に人間を虐殺させることで、間引いて調整するのが私の役目。そうやって創世の時代からずっと貴方達の社会を守ってあげていたのが私。感謝して欲しいな」
「つまり実行犯の自作自演だったわけね。何が予言よ、ペテン師が。これだから宗教家はどいつも胡散臭いのよ」
「……不敬、不信、不快。短時間でよくもぽんぽんと罪を重ねられる。裁きを言い渡します」
魔物の放つ敵意が、明確な殺意へと変貌する。
「生かす価値の無い憐れな虫ケラ、お前は死罪じゃ生温い。泣き叫んで懺悔の念を抱くようになるまで、徹底的に責め殺すから覚悟しなさい」
「気の毒なのは、そこらの小悪党みたいな台詞しか吐けないあんたでしょうが。一番のクズは生きる価値があるだの無いだの決めつけてヒトを見下すテメエだってことを教えてやる」
張りつめた空気が濃さを増す中、ラビ君と乱闘していたエコー君がこちらに駆け寄ってきた。
「お姉さん! もう平気ですか!?」
「はい。ごめんなさい、心配かけて」
「いいえ、お姉さんなら絶対立ち直ってくれるって信じてました!」
「……ありがとう、エコー君」
彼も言いたかったことはディーと同じ。
2人が教えてくれた。
あの時わたしを守ってくれた2人にしなくちゃいけないのは謝罪じゃない、心からの感謝なのだと。
「これからも――よろしくね」
もう迷いは無い。
わたしは『白銀』になる。
エコー君とディー――今を共に歩んでくれる、大切な仲間と一緒に。
「ゲホッ……! クソがああああ! そっちの女はカーナか!? くたばった後でもお前はまだぼくの恋路を邪魔するのか!!」
エコー君に相当ぼこぼこにされたのか、満身創痍の様子で立ち上がったラビ君が赤く腫れあがった顔に憎悪を滲ませて叫ぶ。
「アレッサ……アレッサ、アレッサ、アレッサぁ……っ!! 何度もころころ態度を変えやがって……! お前みたいな尻軽、ぼく以外の誰が相応しいってんだ! やっと恋人になれたのに、また周りに流されてぼくを裏切るのかぁっ!!」
その姿は……ただただ痛ましいものだった。
どうしてここまですれ違ってしまったのだろう。
心の奥底で、彼は何を抱えていたのだろう。
「……ラビ君」
わたしが口を開きかけたその時。
「お前が言うな、この浮気者ぉっ!!」
聞き覚えのある声が空に響く。
そこにはカファールさんに支えられたウィノナさんが、今にも泣き出しそうな表情で立っていた。
「全部聞いていたぞ! 恋人って何なんだ、私のことは忘れてしまったのか!? あんなにあっさり逃げ出して酷いじゃないか! 私は今でも君のことが……」
「知るか、すっこんでろよ! ぼくを愛してるんだろ! だったらぼくを守るために犠牲になれて本望だろうが! それともお前の愛はそんなものなのか!?」
「……なっ! そんなラビ……せめて一言くらい……」
「誰が好きでもない女と心中したがるんだ! お前があんまりしつこいからお情けで抱いてやったのに、勝手によがりやがって、きもいんだよ勘違い女!」
「そ……そんなぁ……っ」
「最悪な初体験だった。ひとりで勝手に幸せそうな顔で昇天しやがって、あんなの野犬に突っ込んだほうがマシだ! お前が初めての相手ってだけでこっちは人生の汚点なんだよ、ヘタクソ!!」
「う…………うえええええええええん! あんまりだぁ……っ!」
聞くに堪えない言葉を浴びせられ、そのまま泣き崩れてしまうウィノナさん。
彼女の好意は本物だったのに。それをあっさり踏みにじられて、その胸中は察するに余りある。
「女の敵だわ、こいつ」
「どこまで腐ってるんだ!」
「……道を違えましたね、ラビ君」
「うるさい! もういい、ぼくの物にならないなら殺す! こっちにはなぁ、天使様がついてんだ! お願いします、あいつらを抹殺してください! 早く早く!」
寄りにもよって敵である魔物に縋りつく。
もはや人としての矜持すら捨て去った彼に、銀色の魔物は――
「私に触るな、指図するな。《極大雷嵐》」
「へ……! うぶ!? あぎゃああああああああああああ!!??」
突撃槍の先を向け、魔法を放つ。
雷を帯びた乱気流が先端から巻き起こり、ラビ君の体を一瞬で天高く吹き飛ばした。
「嫌だ、こんなの嫌だあ……! なんで思い通りにならないんだあああああ!! アレッサあああぁぁぁ……っ!!」
肉体を電流で灼かれながら闇色の空へ消えていく幼なじみを、わたしはどうすることもできずに見送るしかなかった。
それが、あまりにも救いのないラビ君の最期だった。
「銀の全身に、桁違いの魔力……間違いねえ。お前ら気を付けろ。プレイアだ、そいつは!」
隣で項垂れているウィノナさんを気遣いながら、カファールさんが声を張り上げる。
「……プレイア?」
「ああ。現在、『神翠石』級の魔物に指定されているのは10体だけ。その中で過去1度も討伐された記録の無い魔物が3体いる。それが《破壊する者》《請け負う者》……そして《祈る者》だ。魔物自身がそう名乗ったことが由来だが、特にそいつは“聖国の衰亡”を生んだ元凶として悪名高い魔族で知られている」
聖国とは2百年前まで存在した神権政治国家で、現王国の前身だった国だ。
当時は現在より教会の権威が強く、次期国王の選定にまで教皇――現在の主教の承認が不可欠だった。
聖騎士団と呼ばれる当時の大陸最大戦力まで有する聖国は世界で並ぶもののない栄華を極めていたけれど、ある日を境に地図からその姿を消してしまう。
一夜にして国中の教会が全て焼き払われ、聖職者と騎士団に在籍するものが皆殺しにされたためだ。……たった1体の魔物の手によって。
国外に残った教会は立て直しに数十年の時を要したものの、その頃には以前の勢いは見る影も無くなってしまっていた。
今では『聖国の凋落は教会の増長が生んだ神罰』という考えから、積極的な権力への介入も行われず、王政への影響もほとんど無くなっている。
「懐かしいね。一勢力が必要以上の力を手にするのは好ましく無かったから、調整してあげたんだっけ。確かその時から代々の主教に入り込んで信仰をコントロールするようにしたんだよね」
物思いにふけるように言い放つ魔物――プレイア。
そんなに昔からこの世界に影響を及ぼしているのも驚きだけれど、それも彼女が崇める“神”が関係しているのだろうか。
いずれにしても、全ての人間にとっての敵であることに違いはない。
「でも残念、世界の管理者たる私の力は『神翠石』どころじゃないよ。そうだなぁ、貴方達がようやく倒したヨハンを遥かに凌駕しているって言ったら理解できるかな?」
「……あんたが、あいつより?」
「貴女達のレベルじゃ、竜に抗う蟻みたいなもの。“まだ人間には解放されていない超級カテゴリを含めた全属性全系統の魔法スキルが使える”――それが私の能力だからね」
事もなげに自身の能力を明かす。
おそらくそれは本当だろう。
わたしを何度も消し飛ばした桁違いの威力を誇る魔法の数々、光の柱での転移、グランドフォールを引き起こしていたことも踏まえれば十分過ぎる証左だ。
相手は1体、それでも絶望的な戦力差だけれど――
「後悔してももう遅いよ。さて、どの人間から…………っ!?」
その時にはもう、ディーは地を駆けてプレイアに肉薄していた。
槍を蹴り上げ、大盾の間をすり抜けてさらに魔物の脚を払う。
「なっ……この!」
体勢を崩しながらも槍を振るうものの、そんな低速の攻撃ではディーを捉えることは何百年かかろうとできない。
大盾を持つ腕に靴底を叩きつけると、呆気なく魔物は得物を手放した。
「神から拝賜された私の体を足蹴に……! 許さない……! 喰らえ《氷景――》……がっ!?」
「ふーん、硬さは見た目通りに銀と同等ねぇ。オリハルコンとかもうちょっといい鉱石使えなかったの? 予算が不足してたのかしら」
その背中ごと体当たりして、自らの体をプレイアのみぞおちにめり込ませる。
体術スキルの1つ《鉄山靠》だ。
「あのさぁ……強いのはあんたじゃなくて、スキルでしょ」
「っ!? ぐ……っ!」
続いて掌底を下顎に叩きつけ、尚も強化した拳を魔物のボディに次々叩き込む。
最後はやはり顔面に回し蹴りをお見舞いすると、銀色の体が地を転がった。
「その慢心し切った小物臭い言動全部が、あんたの技量を物語ってる。……どこがどうあいつより強いの」
「――――! 《聖槍ノ裁突》!」
攻撃が止んだのを好機と見て繰り出された聖なる光の一撃。
ディーは避けない。
彼女がそんな不意打ちを喰らうような真似をしないことは嫌というほどわかっている。
案の定、彼女と魔力の奔流との間に《フリーズ》で移動したエコー君が現れた。
「!?」
もちろん彼が盾代わりになったはずもなく。
なんとエコー君に直撃したはずの魔力が反発して拡散、その内の何発かは術者であるプレイアのほうに跳ね返っていく。
「それはヨハンの【反魔の瀑布】!? 厄介な……!」
「冒険者ならドロップ品を活用するのは当然よねぇ」
エコー君がいつも纏っている外套の下に、異なった色のものがもう一着着込まれている。
おそらく魔法を反射する効果を持ったマジックアイテムだろう。
「ちょっと予想外のことがあるとすぐ取り乱すのも小物に拍車をかけてる。あいつが命を懸けてた殺し合いをナメんじゃないわ」
「《フリーズ》は使えないみたいですね。魔法全部使えるなんて嘘吐かないでください!」
「……っ! ……っ!! ああああ鬱陶しい! こうなったら絶対逃がさないから――」
「逃がさないのはこっちの台詞です」
「――っ! くっ!」
投擲した剣は槍であっさり弾かれてしまったけれど、でもいい加減わたしも戦いに参加させて欲しい。
この魔物に一番怒りを覚えているのは、わたしなのだから。
「2人とも息がばっちりじゃないですか? なんだかやけちゃいます」
「そりゃ師弟だもの。悔しかったらもっと活躍しなさい」
「久しぶりに3人揃って戦えますね!」
2人の間に立ち、わたしはあらためて両手に剣を創出した。
なんたかやっとパーティーへ戻って来た実感が湧いてくる。
「……たとえ幻覚だとしても、わたしの大切な人達を穢したことは許せない。あなたはわたしが……わたし達が、絶対にここで倒します」
そうだ。
彼女だけは許せない。
ヴィクト君達に酷い顔をさせてあんなことを言わせた、この魔物だけは。
「……さっきまで腐りきっていた半死人が図に乗るな……! 殺す……お前の周りの人間1人残らず斬り刻んで、あのまま寝ていたほうが良かったと後悔させてやるから!」
怒号と共にプレイアが槍を構え、咆哮する。
多くの命が失われた異世界での、最後の戦いが幕を上げた。




