24
「ディー……」
力の入らない体を何とか奮い立たせて、彼女のもとへ行く。
その間も、わたしはどう話すべきか考えた。
せっかくここまで協力してくれたのに、何の意味も無かったと知ったらどう思うだろう。今度こそ軽蔑されるだろうか。
結局わたしは、何を選んでも最悪しか選べないのかもしれない。
……もう考えるのはよそう。全部打ち明けた上で、裁きを待とう。
これが、最後の罰だと願って。
「わたし、本当は嫌われてたみたいです」
彼女を直視できず、顔を伏せたまま告げる。
「2人の声が聞こえたんです。わたしを拒絶する声でした。あの時、自分達を見捨てたわたしを絶対に許さないって。もう関わってくるなって」
反応は無かった。
彼女は静かに耳を傾けてくれていた。
「『白銀』になれば、また一緒になれると思ってました。夢を叶えることが唯一の償いになるって。……でも、違いました。そもそもわたしは、2人といる資格が無かった。自分に都合の良い妄想ばかり信じ込んで、迷惑ばかり掛けて……」
「…………」
「ディーとエコー君のことも巻き込んで危険な目に遭わせて……わたしは最低です。もう誰にも合わせる顔がありません」
こんな人間、この世にいないほうがいい。
でもスキルがわたしに死ぬことを許してくれない。耐えるだけの堪えがたい時間が今も続いている。
ディーはもう見つけたのだろうか、わたしを殺す方法を。
自分ではもうわからない。
誰かを頼るのも、今度こそ最後。
「教えてください。わたしはどうしたらいいんですか?」
エコー君は、わたしがしなければいけないのは、償いではないと言っていた。
彼女は知っているのだろうか。
いくら考えても、頭の悪いわたしには見当もつかない。
俯いたまま答えを待つわたしに、彼女は。
「そんなの決まってる。なればいいのよ、『白銀』に」
迷いなく、そう告げた。
「あんたは嫌われてなんかいない。ずっと大切にされていた。今のあんたの状態をお友達が見たら、腰抜かすでしょうね。精神攻撃でも受けたか知らないけど、そんなもので消えるほど浅い絆じゃないでしょ」
「…………ディーは優しいですね、やっぱり」
「事実を言ってんのに何でそうなるの」
「……だって、会ったこともない人達の気持ちまでわかるはずないですよ」
まるでずっと見ていたように言うけれど、ディーは2人の顔さえ知らない。
近くにいたわたしでさえ、本当の気持ちはわからなかったのに。
それでも。
「あんたを見ていれば、わかるわよ」
「…………え?」
「昔を思い出す時のあんたは、いつだって幸せそうだった。心から優しい顔をしてた。上辺だけのニセモノや勘違いであんな顔できるわけがない。心から愛されてなかったら、愛してなかったら、あんな風にならない」
そう言われて、わたしはようやく顔を上げた。
彼女は苦笑いを崩したような、初めて見る表情をしていた。
「後悔しているあんたを見てれば、失ったものがどれだけ大切だったか嫌でもわかるわ。離ればなれになるくらいなら自分も運命を共にしたかったんでしょう。それが出来なかったのは、あんたの心が弱かったからじゃない。無駄にしたくなかったからよ。2人の、最後の願いを」
「ねが……い……?」
まるでずっと前から答えを用意してくれていたように、彼女は丁寧に言葉を続けた。
「友達があんたをかばったのは、あんただけは生き延びて幸せになって欲しかったからよ。傷付けたり苦しませるためじゃない。そして今も2人はあんたを見守っている。今もあんたの中にいる」
「わたしの……」
「人は死んだらそれまでよ。でもその心は寄り添ってきた人の中に還るの。だから、後ろめたく思う必要なんかない。いつだって前を向いていい。あんたが無事に生きていることが、あんたを守った人達の願いなのよ」
「……そんなの嘘です」
じゃあどうして急に責めるようになったんですか。
怖い顔で何度も言うんです。
罪を償えって、もっと苦しめって。
そのことを伝えても、彼女は淀みなく答える。
「それはあんた自身の声よ」
「……わ……たし……?」
「パーティーを組んでそこそこになるけど、どうだった? ワタシ達と居て少しは心が晴れなかった? 楽しいと思った瞬間は無かった?」
……そうだ。
2人と食事したり話をする時、わたしは――救われていた。
気の許せる人達と過ごす時間は辛い記憶を忘れさせてくれた。
いや、それどころか。
「……はい、とても楽しかった。ディーと、エコー君と、友達になれたらなって……思いました」
「エコーはともかくワタシは……はぁ……まあいいか。でもそれじゃ申しわけが立たないって思ったんでしょ?」
「はい……」
そんなの許されないと思った。
ヴィクト君もカーナも、もう何もできないのに自分だけ良い思いをしたらいけない、そんなもの求めちゃいけないって。
そう思ったわたしは、自分を責めたんだ。心の中で2人にあんなことを言わせて。
「ホント自分に厳しいんだから。でもね――」
呆れたような言葉の後。
ふわりと風が動いて、その腕が背中に回される。
「もう十分でしょう。……許してあげて、自分を」
伝わってくる彼女の体温。
耳元で聞こえたのは、彼女の声。
「簡単に割り切れないのもわかる。でも思い出して。あんたが今までどれだけ酷い目に遭ったと思うの」
いつもの軽い口調で放たれる言葉は暖かくて、凍って動かなくなっていた心と時間が溶けていくようだった。
「斬られたり串刺しにされたり……まあワタシもやったんだけど、おまけに心までこんなズタズタに傷ついてりゃ、けじめとしちゃお釣りが来るわ」
――だから、もういいのよ。
もう傷付くのはこれで終わりだと、彼女は言った。
「大切な人達のために何ができるか、一生懸命考えたんでしょ。あんたは立派なことをしてるのよ」
「ぁ……ぁ……」
それは、幼い頃に抱いたみんなの夢。
世界を一緒に見て回ろうと、一緒に生きて行こうと、誓い合った幼なじみ同士の約束。
今はもういなくなってしまった人達。
大切な人達の夢を叶えるために、わたしが必死で考えたこと。
……わたしだけができること。
「だからもう、自分を責めないで」
それは“償い”なんかじゃない。
わたしが、『白銀』を目指すのは――
「あんたが『白銀』を目指すのは、命を懸けて自分を守ってくれた人達への“恩返し”なんだから」
体温が戻ってくるような感覚。
もう長いこと流れなくなっていたものが視界を埋め尽くして、抱えきれなくなった分が頬を伝う。
少し前から、ずっとわたしを支えてくれていた、友達の言葉で。
「…………まったく……なんでも、お見通しなんですね……ディーは……」
「言ったでしょ。暗殺者は洞察眼が大事って」
「……ぐすっ……本当に、どうして暗殺者なんかやってるんですか」
「それも言った。でも、そうね。あんたと違ってワタシは開き直っちゃったってのもあるかもね」
「……無理ですよ、わたしは。ひとりじゃ……あなたと、エコー君がいなくちゃ……うう…………うわああああーーーーーーん!!」
その胸の中で、わたしは泣いた。
今まで止められていた分が押し寄せて、次から次へと涙が流れ出してくる。
「あああっ……! ひぐっ! ごめん……なさ……わああああああーーーーーーーん!!」
「いいのよ……もう泣いたっていいの」
感情の波を溢れさせるわたしを、彼女はずっと抱き締めてくれていた。
「乗りかかった船だし、最後まで付き合ってあげるから。辛くなったら、何度でもこうしてあげるから」
「……うん……うんっ……」
「……それでも堪えられなくなったら、ワタシが必ず……あんたを2人のところに送り届けてあげるから」
え……それって。
「ディー……もしかして……っ」
顔を覗くと、彼女は眉根を寄せて困ったような表情をしていた。
それがそのまま、答えだった。
一体いつから――
そう尋ねようとする前に。
「茶番は終わり? じゃあもう消していいね」
極大の魔力の光がわたし達を目掛けて射出される。
寸でのところでディーはわたしを抱えたまま横に跳躍、地面に転がりながらもそれをかわした。
「屑人間風情がどこまでも面倒かけさせるんだから。その女とそっちの男の子を殺せば、今度こそ未練も無くなるかな」
涙で濡れた視界の先。
槍と大盾を手にした銀色の魔物が、ゆっくりとこちらへ歩みを寄せていた。




