22 暗殺者視点
(いや何してくれんのよ、あの鎧男!?)
自爆とか余計な悪あがきしやがって。
お陰でまた強化されたじゃないの!
ワタシは心の中で故人となったあの冒険者にクレームをつける。
死に戻った魔物は、ひと目でわかるほど凶悪な進化を遂げていた。
太刀や弩はそのまま。腕や脚、肘、踵などの装甲部位に太刀と同じ材質と思われる湾曲した刃が追加されている。より体術面に特化しているのだろうが、その姿はまさに全身凶器ともいうべき変貌だった。
この分だとまた厄介なスキルも追加されているのだろう。
(いや、そんなことはどうでもいい。それよりも一番ヤバいのは)
はじめは、ただの能力にかまけた戦闘狂だと思った。
だけど全然違った。
クソ強いくせに慢心は微塵も無い、相手が誰だろうと全力で立ち向かうことを厭わない。
戦いの権化という表現がしっくり来る。
こういう妥協しないタイプは能力関係無しに手ごわい。隙が無いし、こちらが隙を見せることも許さないからだ。
ってか、こいつワタシのこと同類だと思ってない?
生憎だけどワタシは殺しが専門であって戦闘自体はどうでもいいのよ。いかに攻撃を避けて相手を仕留めるかがミソなんだから。
ああもう、悪いほうにばかり予想が外れる。
(結局、これも使うことになっちゃったわねぇ)
左手のダガーに意識を移す。
それは昨日ゴアが強引に押し付けてきたものだ。
研究室での会話を思い出す。
『さぁどうぞ。こないだ持って来てくれた材料で作製した超猛毒――を塗り込んだスペシャルダガーだ。どんな魔物だろうが刃が付着しただけであら不思議。皮膚から毒が回って強烈な痙攣を引き起こし死に至らしめる。凄いだろう』
『……そんなもの作れってワタシがいつ頼んだのよ』
『解毒剤は作ってないけど、なんと人間には効き目がないから万一指切っちゃっても大丈夫だよ。それにオマケとして――』
『話を聞けや』
『最近は魔物の動きが物騒だって話だろう。一ファンとしてキミが心配なんだよ』
『知らないわよ。……本当に効くんでしょうね』
『アレだ。それを実証するためのテストでもある』
『サンプリングしたいだけじゃないの……』
回想終わり。
さすがにいい加減な仕事をする奴じゃないし、ここまで来たら少しは期待はさせてもらうけど。
でもこのダガー、手のサイズとか測らせたことないのに、どうしてこんなに馴染むのかしら。
どのみち雑念を抱くのはここまで。
スキルで強化された奴の体が禍々しくも煌々と輝く。
これから戦うのは、今までで最強最速の敵。
瞬きする間さえ気を抜くことは許されない。
掠めただけで体が消し飛ぶような攻撃の嵐を、全て搔い潜って奴の懐に飛び込まなければならない。
上等よ。
目、耳、肌、におい、そして勘。
自分の総てを賭して――そして勝つ。
「行くぜオラァ!」
瞳が閃き、奴が動く。
間合いは開いていてもあの状態の奴の斬撃は飛ぶ。
「――――っ」
振りかぶってから避けるのじゃ、遅い。
あいつの身体的特徴は人間と変わらない、筋肉や骨の動き、そこから計算して太刀の軌道を読む。
(!? ――いやダメだ)
背筋を悪寒が走り、それでも足りないことを告げる。
そうだ、あいつの追加武装。
腕や脚に生えた刃は“そういうこと”だ。
横薙ぎの一撃をワタシは、想定よりももう一段姿勢を落として回避した。
次いで、太刀からの斬撃とは別に片耳の傍の空間が音を立てて削がれた。
やはり追加で生えた刃は飾りではなかった。
太刀を振るう動作に連動して腕の刃からも斬撃が飛んでくる。しかも絶妙にずれた軌道で。
「かわすよな、そりゃ! そうでねェとなァ!」
嬉々として叫び、斬撃を次々に繰り出す魔物。
ワタシを寸断すべく旋風が巻き起こる。
視覚が全て、未来を視る気で奴の全身を捉えろ。
聴覚が全て、わずかな綻びの音も見逃すな。
触覚が全て、空間を認識して迫り来る死から身を守れ。
嗅覚が全て、その先に来る殺意の気配を嗅ぎ分けろ。
勘が全て、死を恐れるな、その先にある生へと進め。
経験、臨機。
理詰めと本能をフルに用いて、培ってきた全てをぶつけて斬撃を回避する。
「すげェ! すげェなァ! ハハハハ! 一撃当てりゃいいのに出来ねェ! 最高だ!!」
うるさい、うるさい。
こんな奇跡、数瞬だって続くか。
そんな風に褒められたって、こっちは死に物狂いなのよ。
(っ!? ちっ――)
案の定、ミスをしたと感じた時には遅かった。
ありゃ、太腿の装甲に生えた刃から出た斬撃か。
あんな位置からも打ち出せるなんてぶっ飛んでるわ。
このままいけば、内臓ぶちまけコースは確定。
だが――
「だから俺を忘れんなっての」
側面から伸びた漆黒の刃が斬撃を弾打ち払う。
目端に映るのは離れたところで魔剣を構える騎士の姿。
生命力を吸収して伸びた【ブラックディード】が魔物の攻撃を防いだのだ。
太刀からの斬撃なら魔剣でさえへし折っていただろうが、あの付属部からの斬撃ならガードできるらしい。
「んじゃァ両方とも相手だ!」
斬撃でワタシを牽制しつつ、騎士へ向けて矢を連射する魔物。
狙いが定まっていないのか多くは逸れて周囲を破壊するに留まったが、それでも数打った中の1発が騎士の胸倉へと迫る。
「う……うわあああああっ!」
直後、叫び声と共に瓦礫の影から飛び出してきた何者かが、体当たりする形で覆いかぶさり間一髪で彼を救う。
――アイツ。
「う……うぅ。痛いぃ……」
「おい、お前!? 足怪我してんだろ、無理しやがって……」
「みんなで生きるんだぁ……っ! 死ぬのは怖い……! でも私だけ逃げてなんていられない!」
隠れてろって言ったのに、なかなか骨があるわね。
名前を憶えといてやるわ、ウィノナ。
お陰でほんの少しだけあいつの気が逸れた。
「――っ!」
その隙を逃さずゴアのダガーを投擲。
猛毒の刃が魔物の腕を浅いながらも切り裂く。奴からすればネコが引っ搔いたようなものでも、あいつの話じゃこれだって効くはず。
(まさか耐性がついたとかはナシよ……!)
効果を待つ間も、斬撃を避けつつ奴に肉薄する。
「まだまだァ!!!」
腰を落とした魔物が――ここに来て宙に飛び上がる。
竜騎士のダイブスキルか、高度が通常の比ではない。
ここで退くなんて有り得るか、そんなタマじゃ……いや、あれは……!
太刀が紫紺の雷を帯びている。
《ライトニングエッジ》だ。どうやらお気に入りの技となったらしい。
奴の力なら拡散範囲も広い。放電をまともに喰らったら動きを止められる。
「クソがああっ!」
こうなりゃヤケだ。ワタシもスカウトの《バックスタブ》を応用した跳躍で追いすがる。
もともと超短期決戦、限界なんてすぐに来る。
集中力だって長くは続かない。
ここが生と死の分水界。決める、絶対に。
「――ッ!」
放たれる斬撃を、形を変えた魔剣が弾く。
体力を吸って刃を変幻するという【ブラックディード】。背後は見えない、でもわかる。込められている命は2人分。
騎士と、アイツのだ。
――わかってる。
もうすぐ、もうすぐだ。
後少しで奴に届く。
「ウオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
奴の全身が閃き、雷属性まで追加された斬撃が繰り出される。
たとえ2人が迎撃してくれても雷撃までは避けられず、皮膚が焦げ付き熱を帯びる。
それでもワタシの猛追は止まらない。
そして――
「う……グォ!?」
苦悶に満ちた絶叫をあげる。
皮膚の表面が急速に溶け出しているのを確認する。
効いているのだ、毒が。
「毒!? だが今のオレサマにはアレがあんのを忘れてんじゃねェか!? アンチドーテ…………ゴホォッ!?」
――惜しいわねぇ。
その毒にはエルフの“反解毒の呪い”も加わってるのよ。
解毒魔法を使ったことで、案の定、奴に対する猛毒効果は更なる加速を見せる。
溶けた皮膚組織は奴の体を急速に腐らせた。
「……ッ! だがそれでもオレサマはまた戻って来るぞォッ!」
「いいや、次なんか無い! あんたは今度こそワタシらが殺す!」
それが“合図”。
次の瞬間、奴の手にしていたはずの太刀が離れ、ワタシのほうへ弾かれる。
「……………………!!!??? ハッ!!??」
砕かれた手首と放してしまった自らの得物を見比べて、魔物が目を剥く。
奴の体はすでに落下を始めていた。
ワタシはいまだに放電を続ける太刀を受け取り、振りかざす。
――何でって、思うわよね。
いきなりこんな瞬間移動が起きたんだもの。
「ッ!? ゴホッ! 坊主がやったのか!? こんな一瞬で!?」
そうよ。
《フリーズ》を使ってエコーがやったの。
ほら、すぐそこを大剣と一緒に落下していくエコーが見えるでしょ。
腐って力の入らなくなったあんたの手から太刀を引き剥がして投げたのよ。
「あり得ねェ、どこにいたんだ!? ハイドで隠れていたって周りに気配なんか無かった! それにアイツが止められる時間は長くたって2秒そこそこのはずだ! ここまで跳んで来るだけで終わりだろうがッ……!?」
悪いけど、解説の時間は無い。
首が硬くて斬れないなら、狙うはもう1つの急所。
人間と同じ構造をしてるならあるはずだ、心臓が。
「う……おおおおおおっ!」
その巨躯の上に立ったワタシは、渾身の力で両の手で逆手に持った太刀を鎧の上から奴の左胸へぶち込んだ。
「ッ!!!! ゴボォッ!!??」
「ウィノナから聞いたわ。この太刀で殺されたヤツは冥府へ送られるとか何とかねぇ! あんた自身はどうなのかしらぁ!?」
装甲をたやすくぶち抜いた太刀は、ぐしゃりと臓器の1つを貫いた感触を伝える。
奴は血反吐をはきながらも信じられないという顔で太刀とワタシを見比べていた。
「嘘だろ、がふッ! 信じられねェ、どうなってんだ! …………おい、まさか!?」
…………ふん。
「テメェ、最初からずっとあの坊主を背負って戦ってたのか!?」
ようやく気付いたわねぇ。
そうよ、ハイドで姿を隠したまま、ずっとしがみついてもらっていたの。
すぐ目の前にいたから気配もわからなかった。近くにいたから“手をぶった斬って太刀を渡す”って2つの動作がこなせた。
こうでもしなきゃ、裏をかけないじゃない。
「よくワタシを信じてじっと我慢してくれたわ。本当に大した男の子よ」
そうこうしている内に、奴の体が地べたへと叩き付けられる。
四肢を投げ出し仰向けに倒れた魔物は、ワタシが近くに着地しても立ち上がることはなかった。
毒は今も全身を蝕んでいるし、心臓まで潰されたのだ。まだ生きてるほうが異常だろう。
「ハハハ! すっげェ……ゲホゴホッ! とんでもねェことするなァ! 上着を脱いだのもそのためか。ちゃんと意味があったんだな……!」
……まあね。
極限まで身を軽くしなくちゃいけなかったし、何より人がしがみついてたら違和感が出るでしょ。
「あーァ……ゲホッ! ほらな、言った通りだろ。テメェらは最強だって」
「……どこが。運が良かっただけよ」
もしあんたがウィノナに自分の能力を喋ってなかったら。
エコーがいなかったら。
援護が無かったら。
ワタシだけじゃ、無理だった。偶然が重なって勝利しただけだ。
「で、今度は本当に死ぬんでしょうね」
「……あァ。別に冥府に送れるのは人間限定じゃねェしな。オレサマ自身も例外じゃねェ。……はァ~、ありがとよ」
「……あん?」
何で感謝されなくちゃいけないのよ。
こっちは散々死に掛けたってのに。
「お陰で生まれて半日の一生を駆け抜けられた。もう悔いはねェ。最後にお前らと戦えて良かったぜ」
「…………何よそれ」
こっちは必死だったってのに。
何やらやり遂げた顔しやがって、ムカつくわね。
「たかだか半日生きただけで満足とか、ナメてんの?」
「……あァ?」
「あんたより何十倍も生きてるから教えてやる。今まで色んな奴の死にざまを見てきたけど、どいつもこいつも最期は酷い顔して死んでった。大抵は不条理にまみれてて、仮に死を受け入れていても、状況さえ違えばまだまだ生きたいって感じのヤツが大半だった」
「……何が言いてェんだ?」
「死は絶対に避けられない究極の理不尽ってことよ。そして、最後にそんなものが待ってるからこそ、納得のいく一生なんて存在しない」
幸せなら、もっと幸せに。
今日がダメでも明日はもっと良くなると信じて足掻く。
それが生きるってこと。悔いが無いなんて言葉が口をつく自体、まだ死にたくないと叫んでいるようなものだ。
生きるってことそれ自体が意味なのよ。たぶん、きっと。
さんざんヒトの命を奪いまくった上で至った結論だけど。
「それとも本当にこれ以上はどうでもいいの? たった半日、生きただけで」
「…………いや。そんなワケねェよ。まだまだ生き足りねェ」
「じゃあ、足掻きなさいよ。まだわかんないでしょ」
「……フッ、そうだなァ」
血を吐きながら魔物は告げる。
「なァ、夢があるんだ、オレサマには。……“魔王”になりてェ。いつか魔王になって、そして人間を排除して、仲間の――魔物の楽園を作りてェ」
「……はた迷惑な夢ね」
面倒くさいからそういうのは勘弁だ。
なるべくワタシに害の無い奴でお願いしたい。
「いつか絶対に甦ってやるからよ。そうしたら……また戦ってくれるか?」
……んなもん、お断りに決まってるでしょ。
ワタシはねぇ、勝つのが好きなのよ。
ああ、でも――
「やれるものならやってみなさい。待っててやるから」
何でだかこいつには、そう言いたくなった。
「く……クヒャヒャ……ッ! 約束だぜ。その時までせいぜい生きていてくれよ。フフ……もう終わりと思ってたのに、死んでも目標が持てるとはなァ。ああ、本当に――」
――いいもんだな、生きてるってのは。
「…………そういえばあんた、追加で特殊能力も手に入れたんじゃないの? それ次第じゃ…………っ」
今までのように奴の肉体は消えなかった。
毒による腐食だけが進行して、醜い体を晒したまま、ヨハンという名の魔物は事切れていた。
「……はぁ。ホント、難儀よね」
1つの区切りにワタシは息を吐き出して、またすぐに前を向く。
まだ何も終わっていない。まだまだ気は抜けない。
早く、行ってやらないと。
どこまでも難儀な生き方してる、あいつのところへ。




