20 前半プレイア視点
「そろそろ大詰めだね。この分じゃ誰もヨハンは倒せないだろうけど。……あれ?」
「はぁはぁ……! やった、脱出口に着いた!」
「みんな死んだ、騎士団もどうせ生き残ってない。とにかく逃げるのよ!」
「もう作戦なんか関係ねえ! ん、なんだ階段の前に魔物……!?」
「……ぞろぞろどうしたの。もしかしてヨハンが討ち漏らした人間達? 駄目じゃない。ボスを倒さないでダンジョンから脱出するのはルール違反だよ。戻って最後まで戦いなさい」
「まだ魔物がいたのか? くそっ! おい、全員で行くぞ」
「ああ、あいつさえ倒せば脱出できるはずだ!」
「……神の代弁者たる私の託宣を無視し、あまつさえ刃を向けるとは、死刑に相当します。《聖者ノ神鎚》」
「なっ……! ――っ」
グチャッ、ドチャッ、ビシャッ、ドチャッ。
「戻りなさい」
「……! どうせ戻ったってあいつに殺されるんだ! おい、みんな!」
「…………はぁ」
――人間って、どうして個体差があるんだろうね。
教育と文化水準の差でこうもレベルが変わってしまうなんて。
あの方の世界に住まう人類は高度な倫理観と知性を兼ね備えた素晴らしい人達だ。他者に気を配り目上のものを尊重し弱者を助ける高潔な精神をも持ち合わせている。
一方でこいつらはどう。その場の感情で行動する話の通じない愚か者ばかり。
「まあ、それでいいんだけどね」
みじめな肉塊に成り果てた人間達を見下ろす。
そう、これでいい。
貴方達は哀れで矮小な存在なくては、来訪された方々だって救い甲斐がない。
滅ぼしはしない、でも変えさせもしない。
“魔物の脅威に怯える世界”をどこまでも続けさせるのが『祈る者』として生まれた私の使命。
だからこそ、イレギュラーは世界のバランスを崩壊させる度しがたい存在。
奴らはいつだってシステムの隙を付き、人間の中から何の前触れもなく現れる。
たとえば、すぐそこでカレシに抱き着いて死んだ目をしてうずくまってる女。
記憶を探ってみれば――当初の見立て通り負け犬だったけど――死んだ仲間に逢いたいとかいう理由で《セルフヒール》にスキルポイントを極振りし、セキュリティまで突破していた。
何度も見返したけど、どういう頭をしていたらそういう話になるのか、さっぱり理解できない。
(そんなに仲間が大事だったなら、自殺するか忘れるかしろ。うざいなぁ)
冒険者なんだから死と隣り合わせなのは当たり前なのに、油断も何もあったものではなかった。
案の定、“トモダチに罵られる幻覚”を適当に見せてやったら、面白いぐらいすぐに心が壊れて廃人になった。
ああなったらもう終わり。
神から託されたこの世界を破壊しようとした罪は死より重い。寿命が尽きるまで長い年月を絶望の中で過ごしてもらうのは適正な量刑だろう。
そこの彼には肉人形と化した女の世話を生涯頑張ってもらうことにする。
(こういうタイプが1番いらつくんだよね)
普段は誰かに縋ってないと生きられない癖に、いざ自分で決めたら碌でもない結論に達して周囲に迷惑をかける。
ヒトの足を引っ張るしか能が無い、何しに生まれたんだかわからない生き物。
生まれた瞬間から大いなる重責を担う私には、到底容認できない存在だった。
「ねえ」
私はあることを思いつき、声をかける。
反応は無かったが、一方的に話す。
「さっき子供作って良いって言ったけど、ある程度大きくなって物心ついたら、目の前でなぶり殺してあげるね?」
特に意味はないけど、どうしてかそうしたくなった。
やっぱり返事はなかった。
「……さて、あっちはどうなったかな」
私は階段に腰掛けると、魔法で宙に闘技場のビジョンを映す。
とりあえず、こいつの仲間はまだ健在だ。
もしかしたら不具合のことを聞いているかもしれないからできるなら私の手で始末したいけど、ピースオーダーに釘を刺されてるから見物に留めておく。
どうせ、あの子には勝てないからね。だって、最初からミスってるもの。
“冥府に落ちた魂を消費して死に戻るごとに強化復活を遂げる”
それが、冥王ヨハンの能力。
魂の消費は段階が進むごとに増えていくけど、最初から200人以上殺されちゃ、終わりなんか見えないだろう。
一応まだテスト段階だから、強化は10回までという制限があるけれど、残りの面子でそこまで保つはずもない。
様子なんか見てないで速攻で倒し切るべきだった。もう全部手遅れ、さようなら。
もっともそれじゃ、性能テストにならなかったけど。
「まあ、勝ち試合を観戦するのもストレスフリーでいいかもね」
気の抜けない仕事をしてると、こんなことしか楽しみがない。
こんなことなら紅茶でも持参するんだったけど、とりあえず束の間の息抜きを堪能しようかな。
☆★☆★
暗い、冷たい。
瞼を開いているはずなのに、何も見えない。
恋人が――ラビ君が抱きかかえてくれているはずなのに、凍えるように体が寒い。
――愛してるよ、アレッサちゃん。
……うん。
――愛してる、この世の誰よりも。
ふふっ。
もう何度も聞きましたよ。
もっと言ってください。あなたの愛情で温めてください。
寒い。
体の内側が寒いんです。
もうそんなことも、考えられないようになりたいんです。
「アレッサ」
誰かがわたしの名前を呼ぶ。
振り向くと、もうわたしに愛想を尽かしてしまったはずのカーナが立っていた。
少しだけ笑みを浮かべていたけれど、それ以上に、とても悲しそうな顔をしていた。
……今度は何ですか。
わたしのこと、嫌いだったんじゃないんですか。
顔も見たくないんじゃなかったんですか。
もうこれ以上いじめないですください。
放っておいてくださいよ。
「そんなの出来るわけないでしょ。アタシは――ううん……アタシ達は、ずっとアンタのことが大好きだよ」
……止めてください。
わたし、一生懸命頑張ったんですよ。
なのに、もう嫌です。うんざりです。
怒ったり、冷たくされたり、突き放されたり。
もう沢山なんです。
「……ホントごめん。苦しい思いをさせちゃって。アンタはアタシ達の中で一番寂しいのが苦手だったのにね」
……そうですよ。
あの頃は、起きて誰もいないと不安ですぐに泣いちゃいました。
誰かと一緒じゃないと、また捨てられたんじゃないかって、頭の中がぐちゃぐちゃになるんです。
「でもね、助けられたのはアタシもなんだ」
……え?
「アタシね、アンタが服を掴んで頼ってくれるたびに、安心したんだ。この子がいるから、アタシはひとりじゃないんだって」
……。
「本当はアタシも同じ気持ちだった。家族がいなくて寂しかった。だからいつも寄り添ってくれるアンタと、姉妹になりたいと思ったんだよ」
……今さら何なんですか。
だったら、傍にいてください。
ずっとずっと、家族になってください。
……どうせ出来ないんですよね。
これも演技なんですよね。
またわたしを、ここへ突き落として嗤うんですよね。
いじめないでよ、もう追いかけないから!
もうゆるしてよ、全部諦めるから!
わたしはずっとここでいい!
だからもう関わって来ないで!
「……ごめん。アハハ……謝ってばっかりだ。せっかく久しぶりに話せたのに、うまく言えないや」
…………久しぶり?
そんなはずは。
だって、カーナとヴィクト君は、いつも――
「もう時間があんまりないから、手短に言うね。アタシ達はずっとアンタのことを見守ってる。話せなくたって、ずっと傍に居る。だから、負けちゃ駄目だよ」
…………ま、待って! 待ってよ、カーナ!
「ずっとずっと大好きだからね。……お姉ちゃん」
……ち、違うよ! お姉ちゃんはカーナのほうだよ!
お願い、連れてってよ! そんなこと言うなら、大好きなら、わたしも一緒に――
「アレッサ、もう少しだけ我慢して。もうすぐ新しい友達が迎えに来てくれるからね」
待って、置いてかないでよ!
ひとりにしないで!
わたしには2人しかいないの!
わたしに、友達なんか――
『うぅ……もっと頼り甲斐のある剣士になれるよう頑張ります!』
…………ぁ。
『何あんた、イジめられてんの? 情けないわねぇ』
……エコー君、ディー……。
わたし、わたしは――
「素敵な人達と巡り会えて良かった。アンタは、アタシ達の分まで幸せになってね」




