19 暗殺者視点
「どうしよう、お姉さんが攫われちゃいました!」
上を見ながら取り乱した声を放つエコー。
アレッサの話してた声の主とやらがやったのか。
あいつが簡単にくたばるとは思えないが、どうも嫌な予感がする。
「さっさとあいつを倒して追いかけないとね」
「……は、はい! でも、どうやったら勝てるんでしょう?」
「……今のところはさっぱりねぇ」
現在、ヨハンとかいう魔物の興味はワタシ達からあの横入り連中――上位冒険者に移っていた。
総勢12人。出身ギルドが同じかは知らないが、2つのパーティーが複合しているらしい。
内訳は近接職と遠距離職がほぼ半々、それに回復支援職らしき神官が1人。
別にあいつらが魔物を倒してくれるならそれでいい。
無理に危険を冒すことはないし、むしろ足止めしてくれている間にさっさとアレッサを見つけるのも手ではある。
しかし連中が全滅した場合は、あの魔物への対抗策を模索する機会を失うことになる。
敵はもう1体いる。
あの不死身の化物と同レベルの敵に挟み撃ちされたら、確実に詰む。
ここはひとまず戦況を見極めるべきだろう。
(さすがに口だけじゃないようだしね)
殺しても甦る“冥王”。
そんな魔物を相手に上位冒険者は、五分以上に張り合っていた。
「……! ほう、いい剣だ。オレサマの一撃を止めんのか」
「そこらのナマクラと一緒にすんじゃねーよ」
「……こいつは“不死”とは違う。ヒールでダメージを受ける素振りはない」
「殺す気で探るしかねえな。おいジオ、あれだ」
「応」
「ん? うォッ!」
冒険者の手から闘技場の隅にまで渡る強烈な閃光が放たれた。仲間の冒険者にも影響はあるだろうが、そこはしっかりと自分たちだけ瞼を閉じて回避している。ワタシも咄嗟に連中の真似をしつつ、エコーの目を手で庇った。
連携も抜群。確かに腕前は一流だ。
そして、ただの目眩ましであっても単純なほど有効なもの。
間髪入れずに連中の仲間が放った矢がヨハンの足元を捉える。
「見えねェ、クソが!」
「今だ《クロスレイド》!」
「――なんつってなァ」
冒険者の放った剣撃スキルをあっさりと太刀で受け止めるヨハン。
「殺気を読むぐれェは出来るぜ」
「……だろーな。おい、準備いいかエイト」
「オーケー、そのまま固定しといて」
下手にダメージを蓄積させればあの『報復状態』になるのは知っているはず。
それでも矢やスキルを用いたのは射線への誘導だったようだ。
「復活したって何べんでも消し炭にするしかないね。難しいことわかんないし」
ヨハンに肉薄していた冒険者が離脱。
構えた大筒から極大の魔力が撃ち出され、さっきと同じように魔物の全身を呑み込もうと迫る。
「甘ェなァ」
何を思ったかその場で躍るヨハン。
奴の翻った外套に魔力波が直撃した瞬間、それは起こる。
「――なっ!?」
魔力の奔流が魔物を通過することなく反発し、方々に拡散した。
威力は衰えず壁や床に穴を開けるものの、肝心の魔物は全くの無傷。
「【反魔の瀑布】。伊達に装備が新調されたわけじゃねェんだぜ。――オラ」
ヨハンが地を蹴って移動したのは魔法戦士の目と鼻の先。
太刀を振り上げ躊躇なく肩口を斬りつける。
「んッ! 硬ェな……!」
だが、人の体を鎧ごと容易く両断する剛強を持ってしても、特注の大鎧は砕けなかったようだ。
連続で太刀を叩き付けるも、刃が喰い込むのみで装甲を破壊するには至らない。
その隙を逃さず冒険者が背後から強襲する。
「《ライトニングエッジ》」
「《ヴァリアントスナイプ》」
雷と化した剣閃、及び命中精度と威力を特大強化した矢が胸部に命中。大技を同時に受け、魔物の装甲に亀裂が走る。
さらに雷による麻痺効果が魔物の動作を大幅に鈍らせた。
「てめーの鎧は随分もろいんじゃねーか――もらった!」
「――そう、うまくいくかァッ!」
咆哮を上げる魔物。
次の瞬間、鎧の肩口に新しく生えていた竜角の部分が紫電を帯びると、両腕と太刀に収束する。
その腰を落とし、爆ぜる。
「そらよ! 《ライトニングエッジ》!」
「なっ!? げほッ!」
技を繰り出した冒険者とまったく同じ動作で雷の加速を得た凶刃を繰り出す魔物。
まともに喰らってしまった冒険者は全身を痙攣させながら絶命する。
更には。
「テメェもだ《ヴァリアントスナイプ》!」
「う、嘘だろ!? ゴフッ!?」
掲げた手の平の先から、さっき放たれた矢と同サイズの魔力を凝縮した飛礫が射出され、矢を補填途中だった狩人の胸板を貫いた。
復活したことで、どうやら喰らったスキルのコピーまで可能になったらしい。
してやったりとした表情のヨハン。
だがその顔面に、いつの間にか近付いていた魔砲士の大筒が押し付けられる。
「あ~あ、いい人達だったのに。……この距離なら反射もクソも無いよね」
――ヒュガッ。
ゼロ距離からの射撃を受け、魔物の頭部を含めた上半身が灰と散る。
外套だけはしっかりと残って魔法を反射した。
こっちにも流れた魔力が飛んでくるが、その内にあいつの半身も武器も塵と消える。
やがて再び復活の紫光が現れ、馴染み深い殺気が拡散した。
「おい、弱点か何か分かった奴いるか」
「さっぱりだ。殺し続けるしかねえのか」
「ざけんなよ。こんなの『聖玉』どころか『神翠石』級だろ」
光の中から五体満足で現れたヨハンは、今度は右手の太刀の他に、厳つい弩を左手に握っていた。
デザインはシンプルなものだが装填されている矢は杭ともいうべきサイズだ。
不意に服の裾を掴まれる。そちらを一瞥すると、蒼白な面持ちのウィノナとかいう女が地べたに座りこんでいた。
「……頼みがある」
「今忙しいんだけど」
「私を、殺して欲しい」
何の因果か、この非常時に“本業”の話が舞い込んでくる。
依頼主が標的の依頼はアレッサに続いて2人目だ。流行ってるのか。
「目の前のアイツに頼めばいいでしょうが。喜んでなます斬りにするでしょうよ」
「そ、それは駄目だ! ヨハンの一部になって、永遠に苦しむことになる……! あんな風に冥界の住人になる前に、私を殺してくれぇ……っ!」
「……知んないわよ、そんなの」
「まあビビる気持ちもわかるぜ。あいつマジで魔王なんじゃねえか。無敵過ぎだろ」
同じように戦いを観ていた騎士様まで、いよいよ弱音を吐き始める。
こういう時こそ騎士道精神の出番だろうに。
(まったく、どいつもこいつも諦めが早――)
――――いや、待った。
「そういえば、あんた。何であの魔物の名前知ってんの?」
「え? そ、それは本人が教えてくれたからだが。他にもあの太刀の能力とか」
「……教えなさい。一言一句全部」
「えっ……でも、弱点に繋がるようなことは無かったと思うぞ」
「いいから。とにかく今は情報が欲しい」
「わ、わかった。ええと――」
何でもいい。少しでも攻略の糸口が、可能性が見えてくるのなら。
こんなところで死んでたまるか。
さっさとあいつを見つけて、この腐った世界から3人で脱出する。
ワタシが彼女から話を聞いている間も、ヨハンと横入り連中の戦闘は続いていた。
「あの弩、勝手に装填されるぞ! ぐがっ!?」
「こんな連射できるなんて――あがっ!」
「また2人……! このままじゃジリ貧だ。おい、ダリア行け!」
「はいよ。ったく、とんだ貧乏くじ引いたもんだね」
強襲するスカウトらしき女冒険者。
弩から繰り出される直線的な攻撃を難なくかわし、懐に飛び込む。
振るわれる太刀を迎撃したのは魔術師だ。
あの外套のお陰で攻撃魔法は分が悪い、それでも魔法の矢を飛ばして援護する。
「《ヴェノムスライド》」
毒によるスリップダメージを生み出すスカウトスキルの1つ。手元に毒薬が無くても効果を生み出し、毒の威力はスキルレベルに依存する。
手にしたダガーが緑泥の色を帯びて、魔物へと迫る。ガードも無視して太刀を振るう魔物。
スカウトの女は避けない。
その刃が胴体を薙いで、姿が霧散する。
「――後ろかァ!?」
「遅いよ」
いつの間にか背後に接近していた女スカウトがその首筋に刃を刺す。
《ミラージュスキン》。
対象の動きを真似る分身を生み出す、こちらは魔術師の補助スキル。いつの間にか使用していたようだ。
「ぐッ……! ガァァァァ!」
毒に対する耐性が低いのか、それともスキルが上限近くまで強化されているのか、尋常じゃない苦しみようだ。
「今だ、やれ!」
「はぁ……狙い撃つの面倒くさいけど」
大筒とは違って細長い金属製の武器にルーンを装填。
魔力波が魔物の外套部分を避けて的確に放たれると、ヨハンの体に炸裂する。
魔物も黙って見てはいない。弩でそちらを牽制しつつ、太刀を地面に叩き付けて石畳を破壊し、粉塵を巻き起こした。
「何!?」
一瞬、その姿が見失われる。
直後、塵の奥から何かが高速で投擲される。
その先にいたのは奥で支援に徹していた神官の男だった。
「おぐっ!?」
太刀は男の心臓を的確に貫いていた。
そのまま即死。魔物の変化はそれから起こる。
「――よし、あった。《解毒魔法》ェ! 治療係なら習得と思ったぜェ!」
神聖魔法の一種。快癒の光が魔物を包み、毒の効果が立ち消える。
「回復魔法も使えるようになったんですか!?」
「おそらくさっきの復活で“殺した相手のスキルを使える”ようになったみたいね」
「うう、どんどん手が付けられなくなってる……」
それを裏付けるように、今も攻撃を喰らいながら、これまで使っていなかった《ヒール》を喜んで連打している。
“死に戻るたびに装備と固有能力が追加される”。
それがあの魔物の能力なのだろう。
ここまで来ると次はどんなグレードアップをするのか興味すら湧いてくる。
「――――」
不意に戦闘中の冒険者の1人がこちらを見る。
丘でワタシ達を妨害し、煽ってきたあいつだ。
言いようのない光を帯びた目をしていた。どうやら心が折れたらしい。
連中はここまでだろう。
特に応答もせず、皆にこれからのことを伝える。
「順番が回ってきたらワタシが出る。援護を頼むわ」
「あいつを倒す算段があるのか?」
「ええ、って言っても可能性だけどね」
これまで見せてもらった奴の特徴、戦い方、そして、そこの女から聞いた話。
それらを複合させて弾き出した作戦を伝える。
「えっ。待ってくれ! それだと私の話が全部真実だという前提になってくるぞ!」
「何、やっぱりあんたの妄想だったの?」
「そ、そんなことはないが……」
こうしている間も参戦している冒険者はまた1人と命を散らしていく。
「一応それっぽい動きは見たから多分事実よ。それよりワタシが死んだらそれまでだけど、皆いいのね?」
「逃げ切れるとも思えねえしな、構わねえよ。この通り手負いだから大したことはできそうにないが」
「僕は必ずうまくいくって信じてますから!」
2人の了承を得ると、ワタシは女騎士のほうを向く。
「あんたまで気を回してる余裕は無いから適当に隠れてて。もしワタシらが駄目だったら逃げるなり舌でも噛むなり、自分で何とかしてちょうだい」
自分が死んだ後のことまではどうしようもない。
すると何故か彼女は瞳を潤ませてこちらを見つめてきた。
「……強いな、君は」
「は?」
「こんな窮地だって、冷静に状況を分析して最善を尽くそうとしている。取り乱してしまっている私とは大違いだ。……どこから、そんな力が湧いてくるんだ? そうまでして生きる意味って何なんだ?」
急に何なのこいつ。本当に最近は変な奴とよく会うわ。
(生きる意味か。考えたことないわねぇ)
強いて言えば生きることそれ自体だろうか。
ていうか生きるのにそんなものいるのか、別に人それぞれだろうに。
(まぁ、息苦しい生き方してる奴なら1人知ってるけど)
もっと気楽になればいいのに。
大体ちょっと勘違いしているのだあいつは。
今考えることではないが。
「ま、悔いがないようにってことじゃない? 人生2度は無いんだしね」
適当に答えてワタシは宙を見上げる。
数字は“38”。……いや、37になった。ちょうど女スカウトの首から上が吹っ飛んだところだった。
これで残った上位冒険者はあの妨害野郎とエイトとかいう奴だけ。
さて、最後の意地を見届けさせてもらいましょうか。




