18
「ここは……」
気が付くとわたしは、どこか洞窟の中にいた。
暑い、それに暗い。
でもこの暑さには覚えがあった、周りを囲む岩肌にも。
そうだ。
ここは、大切な2人を失ってしまった場所。
あの坑道だ。
「…………けて」
通路の奥で誰かが呻いている。
懐かしくて、痛々しい声。
「カーナっ!」
血を流しながら地面にうつ伏せで倒れていたのは、カーナだった。
わたしは急いで駆け寄ると、助けを求める彼女を抱きかかえる。
「しっかりして! 今助け――――っ」
腕の中で、彼女がぐるりとこちらを向く。
血に塗れた顔に浮かぶ2つの白鑞が途方もない負の感情を湛えてこちらを凝視した。
思わず息を呑むわたしの腕に、カーナがかじりつく。
「もう遅い……どうしてあの時そうしてくれなかったの」
どうして?
どうして、って。
……それは。
「あんなに助けを求めたのに」
…………え?
「今更戻ってきて、何のつもりだ」
いつの間にか、傍に誰かがいる。
見上げると全身を痛ましく切り裂かれたヴィクト君が立っていた。
「信じていたのに、どうしてオレ達を置き去りにした」
何を言ってるの。
「お前の回復魔法があれば、オレ達はまだ戦えた」
「傷を治してって、必死でアンタの背中に手を伸ばした」
――どうして助けてくれなかった。
それは、だって。
彼らの問いかけに、わたしは。
「それは……2人が…………………………に、逃げて……って」
そう答えるしかなかった。
2人の顔を見るのが恐ろしい。
「……昔からお前は周りの善意に付け込むやつだった」
「今度はついに記憶まで書き換えたの?」
なに……? 何のことを言ってるの?
「すぐ腹の減るお前は、オレ達にパンを寄こせと食事のたびにせがんだ」
「食べられる分は決まっていたのに、お腹が空いているのは一緒だったのに」
「あ、あれは……!」
だってお腹が減ったって言ったら、みんなが分けてくれたから。
仕方ないなって笑って許してくれたから。
みんなの優しさが嬉しくて、でも、そんな。
「お前はすぐ都合よくすり替える。自分が愛されていると思い込む」
「アタシ達がどんなに我慢してたかわかる?」
……何ですか、それ。
そんな風に思ってたなら、言ってくれれば――
「それだけじゃないでしょ、アンタは」
「みんな困ってたんだ。それをお前は」
2人はわたしを次々に責め立てた。
幸せだった思い出の数々。その裏で、みんながどれだけ迷惑していたのか、言って聞かされた。
「教会に行って、少しは心を入れ替えてくれたと思ってた」
「でも、お前は何も変わらないまま、あの頃のままだ」
違う、違う……!
「それでもあんたを信じて助けを求めたのよ」
「いざという時は振り向いてくれると思ってた。……なのに」
――裏切り者。
「し、知らない……! 知らない、知らない、知らない!」
ヴィクト君が、カーナが、こんなこと言うはずない。
きっとあの魔物が幻惑を見せる魔法を使ったんだ。
2人は絶対にこんなこと思ってない。その絆を信じてあげなくてどうするんだ。
……でもじゃあ何で、2人はずっとわたしを責めるの。
どうしてあんなに怖い顔をするの。
もしかして、本当は。
疎ましく思われていたのだろうか。
大切にされていなかったのだろうか。
わたしがいないほうが、もっと幸せに暮らせたのだろうか。
「あ……あ……」
おさななじみ。
わたし達は、親を知らないもの同士、同じ孤児院で出会って。
大切な、家族になって――
「お前が大切だったのは自分だけだろ」
「アンタなんかと会わなければ良かった」
ああ、やっぱり。
わたしは見捨てたんだ。
必死に助けを乞う2人を、放っておいて逃げたんだ。
わたしなんかを当てにしたばかりに、2人は惨めに死んだんだ。
「もう、関わってこないで」
ごめんね、カーナ。
「放っておいてくれ、オレ達を」
ごめんね、ヴィクト君。
「…………うん」
2人はそれで許してくれたのか、違う、ようやくわたしの顔を見なくて済むことに安堵したのか、ふっと消えた。
「あははっ」
おかしくて、笑った。
必死に追いかけたのに。
一生懸命、償おうとしたのに。
大切な人達に、近付こうと思ったのに。
大切な人達は、わたしからずっと離れたがっていたなんて。
「…………もう、どうでもいいや」
もう何をする気力もない。何をしても意味がない。
死にたい。
もう終わりにしたい。
でもこの悍ましい体はそれを許してくれない。
(だったら、もうずっと、こうしているしかない)
膝をついて項垂れて、心を殺して死んだふりを続けるしかない。
『本気で悲惨な奴は縋る過去もない』
沢山の幸せな記憶がある、それで十分だった。
もらった分と同じくらい、みんなも幸せを感じていると思っていた。
でも――違った。
わたしはみんなを、不幸にし続けていたんだ。
☆★☆★
「はぁはぁ……やっと逃げられる! ……え、アレッサ……ちゃん?」
名前を呼ばれた気がして顔を上げると、そこはまた城の屋上だった。
螺旋階段のある場所とは反対側。
おそらく城内へと続く扉の前に、男の子が立っていた。
「ぁ……」
ラビ君。
「…………どうしたの、酷い顔で」
久しぶりに口をきいてくれた幼なじみ。
わたしは彼のことも、きっといっぱい傷つけてきたのだろう。
(わたしがいなければ、きっとヴィクト君達とケンカすることもなかったんだよね)
わたしがいなかったら、代わりに入ったはずの優秀な回復職の人が、きっとみんなを取りなしてくれたはず。
「ごめんなさい」
「え……?」
「今まで、迷惑をかけてごめんなさい」
全部わたしが……わたしさえいなかったら良かったんです。
「わたしは嫌われてたんですね」
ヴィクト君にもカーナにも……ラビ君にも。
優しいみんなはそれでも、こんなわたしに付き合ってくれていた。
「一言くれたら、みんなの前から消えたのに」
「…………」
ラビ君は驚いた表情をしていた。
今さら気付いたとでも思っているのだろうか。
でも、やがて。
「違うよ」
目を1度瞑ってから、意を決したように口を開く。
「あの2人と違うよ、ぼくは。……今だから言うね。ずっと好きだったよ、アレッサちゃん」
唐突な告白。
「……嘘つかないで」
「嘘じゃないよ。ぼくが冒険者になったのは、全部アレッサちゃんのためだよ。君を守るために冒険者になったんだ」
「……うそですよ」
「ぼくは始めから冒険者なんてなりたくなかった。そんな危ないことをして、君が傷ついたらどうするんだって」
「…………」
「ヴィクトが死んだのは自業自得だ。そもそもあいつが冒険者になりたいってぼくらを巻き込まなければ、カーナだって死なずに済んだんだ」
「……酷いこと言うね」
そんな風に、思ってたなんて。
「……そう、かもね。でも、君だって同類だろ? どんなに落ちぶれたってぼくの気持ちに気付いてくれなかったじゃないか」
そうなのかな、そうかも。
「……わたしのことが好きなら、どうして今まで放っておいたんですか」
「ごめんね。見せつけてやりたかったんだ。ウィノナ達とパーティーを組んで、冒険者として成功して、ぼくを捨てたアレッサちゃん達を見返してやりたかった。正しかったのは、ぼくのほうだって。あの坑道の時も、あそこで手を貸してヴィクト達を助けるより、2人に死んでもらったほうが、君の縋りつける相手がぼくしかいなくなると思ったからなんだ」
それは。
「最低……」
「かもね。でも全部、アレッサちゃんが悪いんだよ」
「フフッ、そうですね。全部わたしが悪いんです。でもわたしが好きなら、なんでウィノナさんとお付き合いしたんですか」
わたしが好きなら、他の女に浮気するのはどうなんでしょうか。
「そんなの決まってる。何だかどんどん君が離れていくからさ。他の女と付き合えばアレッサちゃんが妬いてくれると思ったからだよ」
「あはは、なんですかそれ。ウィノナさん、すごく喜んでましたよ」
「そんな理由でも無けりゃ、あんなゴツい女を抱く男なんていない。ぼくはアレッサちゃんみたいにお淑やかな女の人が好きなんだ」
ラビ君って、そんな冗談も言えたんですね。
わたしがお淑やかって、何の洒落でしょう。
「悪かったよ。でも、だからこそ聞くよ。……改めて、君のことがずっと好きだった。ぼくと付き合ってくれませんか」
情緒も何もない、とんでもない告白。
ラビ君って、そんな最低な人だったんですね。
でも、そんな人だから。
「………………あはぁ」
救えないわたしに、相応しい相手なのかもしれない。
「あら、精神をずたずたにされても男を見繕うなんて。とんでもない売女だね」
いつの間にか現れた銀色の魔物がわたし達を見据えている。
「っ! えっ……天使……?」
「ふふ、その表現を用いるとは慧眼だね。気に入りました。貴男、その女と“つがい”になりなさい」
「えっ?」
「もうじきテストも終わる。このフィールドは暫く閉じることになるでしょう。あなたはその恋人と、誰にも邪魔されず、この世界で死ぬまで好きに生きていいと言っているの」
「……死ぬ、まで?」
「そう。これからは好きなだけ愛を囁きなさい。まぐわって子どもを作りなさい。彼女が寿命で死ぬまで愛し続けなさい。ここがふたりの楽園よ」
ラビ君がわたしを見た。
わたしも彼を見て、こくりと頷いた。
ああ、わたし達は通じ合っている。
「でもウィノナさんを置き去りにして逃げるのは酷かったんじゃないです?」
「そんなこと言われても命のほうが大事だよ。恋人を見捨てた僕と幼なじみを見捨てたアレッサちゃん、似た者同士だと思わない」
「あははっ、そうですねぇ! 本当にわたし達ってどうしようもないクズですね!」
「ふふ、そういえばぼくはその前の戦闘でも――」




