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「……お前ら、ずっと様子を見てたのか?」
先刻まで死闘を繰り広げていた魔人が跡形もなく消滅したのを確認してから、カファールさんは抑揚のない声で彼らに尋ねた。
「そーっすよ。犬はまあ、そこまで強そうでもなかったんで下っ端に任せりゃいいんじゃねえかな、と思いまして」
「平原でも見たヤバそうな奴でしょ、さっきの。やっぱり一番目立ちたかったら、一番強そうなのを倒さないとねえ」
「監督官と女とガキだけじゃ無理っぽかったし、俺らが評価点トップってことでいいよな?」
上位冒険者の1人があしざまにわたし達を指さして、カファールさんに尋ねる。
彼は溜め息をついて面白くなさそうに「そうだな」と告げた。
手柄だけを攫うようなやり方に思うところもあるのだろう。
そんな心情も知らず、言質を取ったことで彼らは一層沸き立っている。
(確かにあのままじゃ勝てなかったかもしれないけれど……でも)
あんなに頑張ったディーやエコー君が報われないのは、どうかと思う。
別に報奨品に興味は無いし、2人が無事だったのだからそれでいいはずなのだけれど。
何だか、もやもやする。
「大したもんだ、あの化け物と正面から戦り合うたあな」
上位冒険者の1人がこちらへやってくると、含んだ笑みを浮かべながら床に腰を付けたままのディーを見下ろした。
その人物には見覚えがある。
丘陵地でわたし達を妨害したあの冒険者だ。
「それだけに、ガキと役立たずのお守りに成り下がってんのが残念でならねえ。まっ、お陰であの化け物の特徴を掴む参考になったぜ。あ・り・が・と・さん」
「……死にたいの、あんた?」
明らかにこちらを煽っている彼に、立ち上がって敵意の籠った目で冒険者を睨み付けるディー。
今にも爆発寸前といった様相だ。
一足触発の空気が流れる中、わたしは慌てて彼女を宥めた。
「気持ちはわかりますけど落ち着いて、ね?」
わたしだってもちろん憤りは感じるけれど、今は揉めている場合ではない。
やがてディーは大きく舌打ちすると、身を反転させた。どうにか思い留まってくれたようだ。
「あっち見てみろよ、格下が死にまくってるぜ。良いとこ無しで虚しいもんだな」
「可哀想に。無力って、それだけで罪さね」
「ちょっと、あの数字見なよ」
「“47”か、激減したなぁ。やっぱ生存者の数で違いねえな」
「つーかさぁ、これで冒険者に払う報酬かなり浮いたんじゃねえの」
「功労者である俺らに多少は回してくれてもいいかもな。そこら辺どーっすか、監督官」
姿を見せた途端、饒舌になる上位冒険者達。それこそ言いたい放題だ。
傍にやってきたエコー君が辟易した声で呟く。
「僕、苦手です。あの人達」
「……わたしもです」
自分達が危険に晒される状況を極力回避し、場合によっては味方でも利用する。もちろん不遜な態度に見合うだけの研鑽も怠らない。
全ては冒険者として成就するため。
事実、その価値観で今日まで生き残ってきたのだろう。最善を尽くすという一点で彼らは確かに“プロ”なのだ。
わたしにはとても選べそうにない道だったけれど。
「あのな、お前ら。まだ終わったとは――」
彼らを窘めようとして、カファールさんが口を開きかけたその時。
「そうだ、まだ終わりじゃねェ」
聞き覚えのある声が響き、突如として観覧席の中心、ちょうど魔人が倒された辺りの空間が歪んで紫の閃光がほとばしる。
しばらくすると光は雷雲のごとく収束して人の形を為し、同時に身を震わす強烈な殺気を拡散させた。
「あ……ぁ……!」
その気配を悟り、ウィノナさんの顔が恐怖に歪む。
次の瞬間、閃光が雷轟となって上位冒険者1人の背後に回った。
忌避すら感じる光源の奥から振るわれた凶刃が、反応する暇も与えられず彼の体を通り過ぎる。
「……!? ……ぁ……ぼご……っ」
腕、胴体、構えていた剣が、糸を無くした操り人形のようにぽろぽろと零れ落ちる。
彼はそのまま何が起きたのか信じられないといった表情で倒れ伏した。
「あーァ、復活したては腹が減って仕方ねェや」
程なくして明滅が収まり、そこに立っていたのは先刻倒されたはずの魔人ヨハンだった。
その手には一緒に消滅したはずの太刀もしっかりと握られている。
ただし装いは先ほどと異なり、膝まで届く外套を身に付け、鎧の形状も肩口が竜の角のように上向きに尖ったものに変化していた。
「一撃で消し炭たァ、やってくれんな。ますます愉しみが増えるってもんだ」
赤い瞳が爛々と輝かせながら魔人が嬉々として口を開く。
別個体という可能性もあったけれど、口振りからして間違いなく当人だろう。
甦ることはエコー君から聞かされていたけれど、まさかこんな変化を遂げるなんて思わなかった。
「おい、こいつも“不死”ってことか!?」
「それにしちゃあ、装備が豪華になってねえか。ちっ……やるしかねえな」
仲間を1人失いつつも、すぐに戦闘態勢を取る上位冒険者達。
さしもの彼らも正面から戦う覚悟を決めたようだ。
そんな彼らを見て、魔人は心の底から楽しそうに嗤う。
「猛者もあらかた揃ったところで、第2……いや、第3ラウンドと行こうじゃねェか! ――だが、その前に」
魔人が地を蹴る。
目にも止まらない速度で移動したのは――わたしの側だった。
「おいチート女。上が呼んでるぜ」
「っ!?」
反応の遅れたわたしの肩口を掴むと、そのまま恐ろしい力で宙へ放り投げられてしまう。
「お姉さん!」
「!? ちょっとあんた!」
観覧席を飛び越えて、このままでは階下まで転落してしまうというところで、唐突に頭上から光の柱が降りてきた。
光はわたしを包み込むと、今度は全身が浮き上がるような感覚に捉われる。
「……エコー君! ディー!」
2人がぐんぐんと遠ざかっていく。
柱の中を通り上層へと運ばれていくわたしの体。
叩いても剣で突いても光でできた壁はびくともしない。
その間もみんなの姿はどんどん小さくなっていった。
☆★☆★
やがて天井の壁まで到達すると、わたしの体は表面に接触することもなく中をすり抜けた。
これも何かの魔法なのだろうか。
そのまま遮蔽物に阻害されることなく城内を上昇し続けたわたしは、やがて最上部、石畳が延々と広がる屋上へと到達する。
「あれは……」
光の柱は立ち消え、目に映るのは渦を巻く黒雲の合間から射す光の線。その中心へと向かって伸びる螺旋階段が見受けられる。
町からも視認できた脱出口と思われる場所で間違いない。
でも、どうしてわたしだけが連れて来られたのか。
その時、階段のほうから誰か歩いてくる。
女の人だ。
人形のように整った容姿に、背まで伸びた美しくしなやかな銀髪。
染みや皺の1つない純白のローブを纏い、その手には聖杖が握られている。
平原でもお顔を拝見した教会の総主教――ヨレンタ様だ。
まさか主教様までこの異界に落ちてしまっていただなんて……でも、それにしては雰囲気がおかしい。
あまりにも無表情で、焦りや動揺の色がまったく見られない。
声を掛けるのすら躊躇われるほどの容貌で、こちらへ近付いてくる。
「ミシマフヒト」
彼女はゆっくりと、涼風のような声音で口を開いた。
「…………えっ?」
「この“ユーザネイジア”の世界を創った偉大な神の名です。人間も、亜人も、動物も、国も、スキルという概念も、全てはあの方がご創造なされたもの」
教会が信仰する神様は、ただ『神』とだけ呼ばれている。
『唯一絶対の存在を示す言葉は1つでいい、人の身と同じく名前を用いて識別することは畏れ多い罪』とされているからだ。
だからこそ神の代弁者でもある主教様がどうしてそんなことを口にするのか、わたしにはわからなかった。
「ご存じでしたか? ……ううん、知ってるわけないよね。だって貴女はこの世界で生まれた、取るに足らない人間だもの」
主教様の声音が変わる。
寒気さえする、敵意を含んだものへと。
「貴女達はこの世界で適当に生まれ、適当に繁殖し、適当に命を散らすだけの存在。全てはご来訪頂いた方々に喜んで頂くための舞台装置に過ぎない」
「……? 何を仰っているんですか……?」
「それでも遺伝的にはあの方と同種であるがために、極稀に特異な存在が現れる。でも貴女は違うよね。どういう偶然で神域に入り込んだのかな? 異分子の排除も私達“管理者”に与えられた崇高なる役目だもの」
言葉を切った主教様の体が力を失くしたように傾く。
すると胸の付近から発光する球体が飛び出し、少し離れたところに着地して、一体の魔物に姿を変える。
それは、全身が眩い銀色に輝く、天の御使いのような姿をしていた。
背丈はわたしとほとんど変わらない。
妙齢の女性のような容姿に、両手には大楯と体に対して倍の大きさはある突撃槍のような武器。
体つきも胸や腰回りは女性に酷似しているものの、紋様の入り乱れたライトアーマーを装備し、背部には翼を模したオブジェクトが装備されている。
それらを身に纏い苦も無く佇んでいる姿はやはり人の外にあるもの。さらにはその防具と表皮の色も、こちらの姿が映ってしまいそうなほど磨かれている。
まるで、銀塊を彫刻したような魔物。
「……!」
手にした槍をこちらへ向け、魔法が放たれる。
「《聖槍ノ裁突》」
神々しい光の奔流がわたしの全身を穿った。
聖なる鉄槌が下されると頭の先から足の爪先までが常世に在することを許されず討滅する。
――再生。
「《誓約蒼炎》」
蒼穹に染まる炎が全身を包み、髪の毛の先、骨の髄まで焼き尽くす。
幸福と共に死ぬる煌めきはやがて魂魄すらも蒸発させる勢いで散華する。
――再生。
「《氷景百大獄》」
鼻腔や口内に滞留する粘膜すら凍らせる氷獄の大気が吹き付けた。
思考さえ停止させる世界で一切の活動を奪われて、心動の一脈すら封じられた世界に堕とされた身は目に止まらない一欠片まで絶対零度に囚われて命を閉じる。
――再生。
「《神ノ怒リ》」
強大な圧力が天と地、双方から遅い――
――再生。
「《黙示録・第13楽章》」
――再生。
「はあっ……はあっ……」
膝をつきながら、わたしはかつて味わったことのない苦痛をどうにか凌ぎ切って息を吐いた。
上級魔法の威力を遥かに超越した、禁呪とも呼ぶべき魔法の嵐。
その発動ごとにどれだけ我が身を破壊されたか。
けれども、怒涛の威力でわたしを磨り潰そうとする全てが《セルフヒール》の回復力の前に押し切られる。
「超級スキルでも抹消するのは不可能か、鬱陶しいなぁ。……やっぱり精神のほうをやるしかないね」
嘆息をした銀色の魔物が傍までやってくると、わたしの喉を掴む。
反撃の機会とばかりに手にした血剣を皮膚に押し付けても、その硬度も銀相当なのか、刃が止まる。
「あの方と私達の世界を穢した罪は重い」
銀色の手がわたしの頭を鷲掴みにして、強烈な睡魔が襲う。
「脆弱な人間風情が、その心ごと闇に堕ちて死に逝きなさい」
深き闇に呑まれた意識の最奥で、わたしは――
昏い顔をした幼なじみ達と、再会を果たすことになった。




