16
観覧席に着地したヨハンに対して、わたしとウィノナさん以外の5人は即座に態勢を整えた。
「遅ェ!」
けれど、それを上回る速度で太刀を一閃、広範囲に展開した飛ぶ斬撃がわたし達に迫る。
(くっ……!)
わたしができたのは傷を受ける直前に剣を創出し盾代わりにすることで、威力を少しでも減衰させることぐらいだった。
正直、気休めだ。鉄の鎧さえ容易く断ち切る威力、わたしの体くらい平気で真っ二つにしてしまうだろう。
でも、何とか止めなければ背中のウィノナさんがただでは済まない。
ディーはぎりぎりで回避、エコー君は背が低かったのが幸いして上振れの一撃を屈身で避けた。
わたしといえば胸部へまともに直撃してしまうものの、剣のガードがあったお陰か寸断は免れていた。
「えっ? あ……私を庇って……?」
呆気に取られたウィノナさんの声が聞こえる。
うまく防御できたのかといえば、何か違う気がする。
――もしかして。
「ぐっ……」
苦しげな呻き声のほうを見ると、カファールさんの左腕が抉れて鮮血が吹き出している。
彼の部下の騎士2人は――上半身にまともに受けてしまったようで、石の床へ力なく倒れてしまった。
2人を悼みながらも確信する。
やはり、威力が落ちている。
「あ……うそ、嘘だろう!? 私を……私のことを守って……っ! そんな……!」
「平気ですから、落ち着いてください」
「だ……だってだって! まともに喰らってしまってたじゃないか! ……あ、あれ?」
「……剣で防いだんです。一旦降ろしますね」
スキルのことを知らないウィノナさんは取り乱しているものの、今は説明している余裕はない。
ひとまず近くの椅子に彼女を横たえようとして――
「ほう、お前がミス・プレイアの言ってたチート女か。確かに凄ェ再生力だ」
すぐ傍で声が聞こえる。
慌てて振り向くと、想像を超えた速度でこちらへやってきた魔人が不敵な笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。
「っ!? プレイアだと……?」
カファールさんの驚きに満ちた声が聞こえたものの、それよりも先にヨハンがウィノナさんの首を掴んで宙づりにする。
「ひっ――」
「とりあえず今度こそゴチ」
彼女の胸目掛けて太刀の切先を向けるヨハン。
わたしはすぐさま剣を作り出して斬り払おうとするものの、間に合わない。
けれど、次の瞬間。
その巨体が、がくりとぶれて場面が切り替わる。
「――ゲフッ!? ……ウオオオオオオオッ!?」
「はあああああああああ!」
魔人の背面に飛び付き、その首筋に大剣を叩きんでいるのは他でもない、エコー君だった。
隙だらけとばかりに刃を押し込み、首を刎ねんと力を込める。
もう、完全に《フリーズ》をものにしている。
ごくわずかな時間“自分以外の全ての時を止められる”。
それが、いつの間にか彼が手にしていた、正体不明のスキルの効果だった。
ディーがエコー君の姿がぶれたように見えたのは目の錯覚ではなかった。時が止まった分だけ彼の姿勢が変化したためだったのだ。
もっとも“わずか”というのは本当にわずかな間だけ。
それこそ大量の【星】を消費して1つレベルを上げた今の状態でさえ、2つ数える間しか止められない。
けれど、たったそれだけでも無防備な時間を生み出せれば十分。
エコー君の大剣ならば大抵の魔物の外皮を打ち破るだけの攻撃力を備えているし、時が止まっても自身のスキルは使用可能。つまり、己の持つ最大の一撃を全力で叩き込めるのだ。
「ガアアアアアアッ! 今度は簡単に行かねェゾォォォ!」
「くっ!? 硬い……!」
けれど彼の全力を受けても尚、ヨハンを倒すには至らない。
強化されているのか、太い首に食い込んだ刃がそれ以上先に押し進まない。
(まずい、押し返されたら――!)
《フリーズ》のCTは高威力の上級魔法と同じくらい長い。
今の状況ではもう1度使えるようになるまでヨハンが時間を与えてくれるとは思えない。立ち直れば今度こそ最優先でエコー君を仕留めにかかるだろう。
「エコー君!」
態勢を崩しながらも魔人はエコー君を串刺しにしようと得物の切先を自身の背後に移す。
それを阻止したのは間に割って入った黒い影。
ディーだ。
メイスは流されてしまったために今はダガーを手にしているものの、彼女の武器はそれだけではない。
その腕を脚で弾き飛ばし、さらに懐へ飛び込んで人ひとりを吹き飛ばすほどの回し蹴りを魔人の下顎に炸裂させる。
その隙にエコー君が離脱。
首が有り得ない方向へ折れ曲がったヨハンの喉元へダガーを突き刺そうとするも、魔人はウィノナさんを掴んでいた手を離し、手甲でそれをガードする。
「……惜しかったなァ! 姐ちゃん!」
ごきごきと音がなってヨハンの首が戻る。
その辺りはやはり人ならざる存在というべきだろうか。
今度はお返しとばかりに筋骨の固まりのような太い脚をディーの脇腹目掛けて放つ。
繰り出された一撃を、今度は追いついたわたしが剣を突き刺して押し止めた。
「クッソがッ! 仲のよろしいこった!」
「ディー!」
「今の内にそいつを安全なところへ!」
それだけ告げると、ディーは距離を取るどころか一気に間合いを詰めて攻勢に出た。
「さっきあんたが使ったスキル――“攻撃を喰らった分だけ自分を強化する”とかって効果なんじゃないの」
「……! ほう、初見で気付くたァ大したもんだ」
「あんだけバカみたいに喰らってりゃね」
「正確には“蓄積したダメージを各種ステータスに反映させる”だな。ご覧の通り攻撃も防御も速度も大幅に上昇する」
「で、一定時間が経過したら元に戻ると」
「その通りよ。イイ目と頭をしてんな。もぎ取って口で転がしたくなるぜ」
言われてみれば、確かに。
先ほどまで禍々しく輝いていたヨハンの体が、今はその光が薄れている。
わたしの体を寸断できなかったのも、あの時点で既にスキルの効果が弱まっていたと考えれば合点がいく。
「だけどなァ、残念ながらオレサマは――素でも結構強い」
「知ってるわよ!」
わたしではほとんど認識できないディーのダガー捌きによる体術を悉く受け流すヨハン。
対するディーも太刀の攻撃を紙一重でかわしていく。
まるで演舞のように、目にも止まらない攻防が展開される。
「楽しいねェ! 1対1でここまでやる奴がいるなんて思わなかったぜ! ひょろそうな女がここまでやるたあなァ!」
「見た目で判断してる内は三流ねぇ! 回り見えてんの、あんた!」
「――!? ぬォ、しまった!」
《フリーズ》のCTが解除されたエコー君が、再びその剣を魔人の既に治りかけていた首筋に叩き込む。
「ゴボッ……! ガアアアアアアアアアッ!」
効いているはずだけれど、それでもまだ足りない。
武器を振り上げて反撃に転じるヨハン。
「おい、俺を忘れんなよ」
しかし今度は別のところから声が響く。
カファールさんだ。
彼だって今は魔物と対峙する味方のひとり。
血を流しながらも、その手に握られているのは報奨品の1つである魔剣【ブラックディード】だった。
自ら戦うことになった時のための切り札に持ってきたそうだけれど、もし失くしてしまったら色々大変なのではないか。
「くそっ……力を込めるだけで生気が抜けてく気分だ。だが部下の仇を討つなら……今しかねえよなぁ!」
とはいえ現役の騎士が参戦してくれるのは心強かった。
反対側の首筋に形状変化した漆黒の刃が伸び、叩き込まれる。
魔剣とはいえ本当に鍛冶師が作った武器とは思えない伸縮性だった。
「ちっ、本当に硬えな……!」
それでも彼でさえ魔人の首を落とすには至らない。
スキルのせいで下手にその他の部位を攻撃できないため、人体の急所でもある首へ攻撃を集中するのは最良の手段でもある。
体格差もあるとはいえ、ここまでの粘り強さを見せるのは想定外としか言いようがない。
エコー君とカファールさんが死力を尽くして刃を押し込めるなか、最後の一押しをするべくディーが駆ける。
狙うは先ほどと同じ、その喉元。
「ウラアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」
咆哮と共に、魔人が太刀を地面へ突き立てる。
そして空いた両手でなんと――首に突き立った刃を素手で鷲掴みにして、恐るべき腕力で強引に自身から引き剥がした。
「えっ!?」
「何だと……!」
エコー君はおろか、鎧を纏ったカファールさんの体までが宙に浮く。
魔人は片手だけでカファールさんを彼方へ投げ放ち、大剣を握り締めたままだったエコー君の体を突進するディーに向けて叩きつけた。
「ぐっ……!」
身を捻ってかわしつつ、地面に叩きつけられる寸前のエコー君を滑り込んで何とか受け止めるディー。
大怪我は防いだものの、攻勢は一瞬で損なわれてしまった。
「ゲホッ! あァ、今のはヤバかった! ……だがいいぞ、お前ら! マジで楽しくなってきた! それでこそ殺し甲斐があるってもんだ!」
愉悦混じりの猛りを見せる魔人。
対するこちらは完全に気勢を削がれた形だ。
千載一遇ともいえた機会を逃してしまったのは痛手としか言いようがない。
たとえ《フリーズ》を再使用したとしても、また同じ手が通用する相手とも思えなかったからだ。
「どうしたおらァ! もっと頭と体を使え! 想像力あんだろ! 底力を見せてみろや!」
そんなことを言われても、今のを防がれたのは精神的にも大きな影響を及ぼしていた。
疲労の色が濃くなるなかでも、まずディーが、そしてエコー君とカファールさんも立ち上がる。
誰もまだ、諦めていない。
(わたしも、がんばらなきゃ)
まだだ。
もう1度、今度はわたしも参戦する。
大丈夫、この4人ならいけるはず――
「そうか? それじゃ遠慮なく」
声は別のところから聞こえた。
「――――!?」
背後に生まれた気配に魔人が振り向いた時には、既に魔法が発動した後だった。
氷の結晶がヨハンの足を固定し、尚も四方から追撃が仕掛けられる。
剣、槍、魔法が同時にその体を穿ち――
「今だ。とどめは任せたぜエイト」
瞬間、ディーとエコー君の目の前を、魔力の奔流が駆け抜ける。
「う……オオオオオォォォォ――!!??」
抗う術もなく、魔人の巨躯が蒼白の閃光に吞み込まれて消滅する。
光の過ぎ去った後にはごそりと削り取られた地面。
そして――
「あいつでラストなんでしょ? これでウチらが最優秀賞さねえ」
「へっ、何もかもうまいこといったなあ」
「だな。騎士様に死なれたら証人が消えちまうから、そこだけ焦ったが」
いつの間に到着していたのか、それともずっとそこにいたのか。
わたし達を取り囲むように上位冒険者達が姿を現す。
その中には重装備を纏った“彼”の姿もあった。
「まあ、ラスボスらしい奴に無事トドメも刺したし、オレがトップってことでいいですよね?」
少し離れたところに佇み、極大の魔法攻撃を撃ち出したばかりの砲筒を降ろし、世界唯一の《魔装砲士》である冒険者が悠然とした態度で兜の奥から声を放った。




