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「ど、どういうことですか?」
「どうもこうも、あいつは魔物に襲われてる私達を見捨てて1人だけ逃げたんだ……! 皆、大変だったのに! 好きだって言ってくれたのに! うう……!」
よほどショックだったのだろう、ウィノナさんは泣きそうな顔をしながら声を絞り出した。
「とんだブーメランねぇ。ってか、前にも似たようなことあったんでしょ。これで、あんたを責められる奴はいなくなったんじゃないの」
「…………」
ラビ君が無事で良かったと思う一方で、ウィノナさんの失望している姿が胸に刺さる。
やっぱり、これが見捨てられた人の心情なのだろう。
きっとヴィクト君達も――
(……ううん、違う)
2人は、わたしに逃げてと言った。
恐怖に耐え切れなかったわたしはその言葉に甘えてしまった。
結果的に見捨てたのと変わらないのは確かだけれど、裏切ったのは違う……と思う。
…………あれ?
だったらどうして、2人は夢の中でわたしを責めるのだろう。
「やっぱ生乾きだと気持ち悪いわ……ん、どうかした?」
「……いえ、何でもないです。あ、ウィノナさんはわたしが背負いますね」
そう言ってわたしが歩み出るものの。
「やだっ。エコーがいい!」
「えっ?」
わたわたと動いてエコー君の脚にしがみつくウィノナさん。
それはもう必死の形相だった。
「エコーじゃなきゃやだっ! エコーはアイツから私を守ってくれた! 一番頼もしいのはエコーだ! だから、エコーにおぶって欲しい!」
「…………」
……なんだろう。
彼の名前を連呼するウィノナさんを見ると、いつかと同じく胸に熱いものが込み上げてくる。
「……駄目です。あなたはわたしがおんぶします」
「やだやだ、ぜったい離れないからっ」
「あ、あの……」
「ほら、エコー君だって困ってるじゃないですか」
「やーだっ!」
「駄々こねるんじゃありません! ほら、離してくださいったら!」
「何してるのよ、あんたら……」
ディーが呆れた目でわたし達を見てくる。
そんなこと言ったって、ウィノナさんが言うことを聞いてくれないんですよう。
「はーなーしーなーさーいー」
「いーやーだー!」
何なんですかこの人!
駄目ですよエコー君は! 何で駄目かはわかりませんけど、駄目なものは駄目です!
っていうか意外と元気じゃないですか! 助けなんかいらないんじゃないですか!?
「良かったじゃない、モテモテね」
「あ、あはは……」
結局ウィノナさんの説得に時間を費やしてしまい、わたし達が出発したのはそれから更にしばらくした後だった。
うんざりしたディーが「あんたを背負ってたらエコーが戦えない」と説得したら、渋々ながらウィノナさんは離れてくれた。
もっと早く助け船を出して欲しかったと思いながら、わたし達はようやく通路の奥へと足を進ませた。
☆★☆★
ごつごつとした岩の壁が続く狭路をディー、わたしとウィノナさん、エコー君の順に歩く。
一見して天然の洞窟に見えるけれど、壁には一定間隔で松明が置かれているために視界は良好だった。
魔物に注意しながら慎重に進むものの、襲撃はおろかその気配すら感じることは無く、わたし達は特にトラブルに見舞われることもなく進む。
程なく、通路の突き当たりに石を組んで作られた階段を見つける。
螺旋構造の段差は遥か上へと伸びていて、目眩を覚えそうな渦の中を、わたし達は黙々と登っていった。
やがて足も重くなってきた頃、ようやく途切れた階段の先には天井から床まで大理石のような材質で造られた荘厳な空間が広がっていた。
ぼんやりと照らされた周囲には石柱が整然と並んでいる。
外の景色はわからないけれど、今まで登ってきたのが崖の内部だとするならば、ここが脱出口と思われる穴が開いていた城の中である可能性が高い。
「……あっちのほうで音がしますね」
「ええ。人の声も聞こえる。誰か戦ってるのかしら」
「うぅ……怖い」
相変わらず魔物の姿は無かったものの、遠くから争うような音が聞こえてくる。
そちらを目指して歩いていくと、エントランスのような場所にたどり着く。中央には上の階へと湾曲を描く幅広の階段があった。
ひとまず階段を登ってみると、その先には左右に回廊が続き、両開きの扉が整然と並んでいる。
喧騒はその先から聞こえてきた。
他に進めそうな横道などは見当たらなかったため、意を決してわたし達は把手を握った。
「ここは……」
扉を開け放つと共に、独特の熱を帯びた大気が拡散する。
「おい! もっと魔法を撃て!」
「攻撃来るぞ! 壁を張るか距離を取れ!」
わたし達の目に映ったのは“闘技場”とも呼ぶべき広大な空間だった。
ドーム型の天井には幾何学的な模様が描かれ、壁際では油を滾らせた燈台が燃え盛る炎を滾らせている。
わたし達が踏み込んだのは、おそらく何千人と収容できる扇状に広がった観覧席のような場所だった。
そして階下では今まさに、今宵の催し物であるかのように大勢の冒険者と2体の魔物の激闘が繰り広げられていた。
「“3つ首”の攻撃が来るぞ! 構えろ!」
「この犬共は“不死”じゃねえ! ヒールを撃っても回復するから気を付けろ!」
「もっと背後に回って注意を引け! “2つ首”は尻尾に注意しろ!」
冒険者の数は傍観している者も含めて200人はいるだろうか。
戦闘に参加しているのはその内の100人程だけれど、大半が支援に回っているお陰で危なげなく戦っている。
相対するは、3つの首を持つ狼のような外見の魔物――ただし、その体は小型の竜ほどはある。もう1体は同じく狼に似た2つの首を持っていたけれど、その尾は蛇のような頭部を持ち獰猛に蠢いている。
どちらも巨体に似合わぬ俊敏な動きを見せ、首が想像以上に伸縮しては疾走する冒険者を地べたごと食い千切らんと牙を剥く。
「! おい、全部同時に来るぞ!」
檄が飛び交うと共に魔術師の魔法壁が展開される。
直後、3つ首の魔物の頭部からそれぞれ炎、氷、雷鳴のブレスが吐き出されて闘技場を光の明滅が襲った。続けて2つ首の魔物からは深緑色と赤黒い霧状の液体が吹きかけられる。
おそらくは、猛毒――だけどそれらは複数の魔術師が張った多重障壁に阻まれ冒険者達に到達することはなかった。
ブレスが収まると共に壁が解除され、待っていましたとばかりに近距離職が魔物へ雪崩れかかる。
「「「グルァァァッァァッ!!」」」
「「ガアアアアアアァァッ!!」」
猛り、迎え撃つ魔物。
いくら俊敏とはいえ、力を宿したその巨体は同時に格好の的でもある。
魔物の耐久力は尋常では無かったけれど、それでも冒険者の攻撃を受けるたびに少しずつ消耗しているように見えた。
冒険者側の優勢は明らかだった。
「冒険者のほとんどが集まってるみたいねぇ。いつの間に出遅れちゃったのかしら」
「これじゃ、僕らが出る幕は無いですね」
エコー君の言う通り、今から参戦しても役立てることはないだろう。
ふと上空に目を移すと、先ほどは気に留まらなかった例の数字が浮かんでいる。
“268”
前に見た時よりもかなり減っている。
ここに来るまで魔物は一切姿を見せなかった。
あの犬の魔物で最後なのだろうか。
劣勢とはいえ、これだけの数の冒険者を相手取る魔物もかなりの上位種だ。
おそらく『白銀』かそれに匹敵する実力があると見て間違いない。
皆もこれほどの魔物ならば“ボス”だと考えているからこそ、死力を尽くして討伐に臨んでいるのだろう。
「おっ、お前ら生きてたか。その様子じゃ仲間と合流できたみたいだな」
声を掛けられ振り向くと、部下の騎士2名と一緒にカファールさんが立っていた。
「無事だったんですね。わたし達は今到着したばかりだったんですが、皆さんはもっと早かったみたいですね」
「ああ、津波が来た時は俺達はまだ町を出たばかりでもう駄目かと思ったけどな。突然、目の前に魔法陣が現れてこの城まで一瞬でワープしたんだ。幸運なのか何なのかって感じだな」
「えっ、知りませんでした。もしかして他の人達も?」
「らしいな。崖の下に現れた魔法陣を踏んだら城の前まで飛んでたって話だぜ」
まさかそんな便利な仕掛けがあったとは露ほども思わなかった。
もしかしたら、あの上位冒険者による妨害さえなければ案外すんなりとここまで来れたのかもしれない。
ともあれ、わたし達は傍観者として戦いの成り行きを見守る。
それからも戦況が変わることはなく、2体の魔物は追い詰められ、ついには力尽きてその場に崩折れた。
「もらったああああああ!!」
冒険者のひとりがひと際高く飛び上がり、魔物の頭部に向けて刃を振るう。
それを皮切りに冒険者達は計5つある首へ繰り返し攻撃を続けた。
眼球を突き刺され、どろりとした血を垂れ流し、やがては動かなくなる魔物。
それでも尚、攻撃は止まらない。
まるで今までの鬱憤を晴らすように、その体を引き裂いて勝利をかみしめていく。
彼らが戦闘態勢を解いたのは、もうしばらく後のことだ。
「……ふう。どうだ、人間サマを舐めんじゃねぇぞ」
冒険者の1人が魔物の亡骸をぞんざいに蹴る。
溜飲が下がったのか、ようやく剣を下ろしたその時だった。
『ようやく終わりかァ、待ちかねたぜ』
男性のものと思われる声が闘技場に響く。
次の瞬間、階下の奥にあった鉄の扉に光が奔り、ごとりと音を立てて斜めに崩れていく。
「……何だあいつは」
現れたのは、大柄な、ヒトの形をした1体の魔物だった。
振り乱された髪の下に赤く光る双眸を光らせ、重厚な鎧を着用したその手には一振りの太刀が握られている。
それには見覚えがあった。
確か、平原で空から降ってきた――
「ひ……ひいいいいいいい! やだやだやだぁっ……!」
突然、背中におぶさっていたウィノナさんが暴れ出す。
それはもう、半狂乱に近い様相だった。
「落ち着いてください、どうしたんですか?」
「殺される……! 逃げないと、みんなアイツに殺される……!」
「知ってるんですか、あの魔物を?」
「やだ、やだ……逝きたくない……早く逃げないとヨハンが来る……!」
…………ヨハン?
それがあの魔物の名前なのだろうか。
もう1度そちらに目を移す。
人にあまりにも酷似した姿で、不敵に嗤いながら魔物は告げる。
「さァ……始めようか。ここからが真の死闘ってヤツだ」




