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最近、2人の顔を見るのが怖い。
少し前ならずっと笑いかけてくれたのに、今はすっかり冷たい目をするようになった。
頑張っているのだけれど。
少しずつ近付いているはずなのだけれど。
今だってそうだ。
水の中に沈むわたしを、暗い貌で見下ろしている。
ごめんなさい、まだゆるしてもらえないんですね。
今は少し寄り道してしまっていますけど、すぐにまた依頼に取り掛かりますから。
だから、そんな目で見ないでください。
わたしには、あなた達しかいないんですから。
『だったら、もっと苦しめ』
凍えた声で、2人は言った。
『このままじゃ『白銀』になっても償いにならない』
『お前の背負った罪は誰よりも重い』
『寒いからなに、息ができないのがどうしたの。死ぬよりましでしょ』
『アンタがその体を手に入れたのは、誰よりも過酷な罰を受けるためよ』
……わかっています。
まだ足りない。
もっともっと、苦しまないと。
大丈夫。
どれだけ辛くても、楽しかった記憶も一杯あるから。
だから、最後の最後まで頑張れる。堪え切ってみせる。
だからせめて、笑ってください。
2人がそんな顔をしていると、胸が痛いんです。
手を伸ばしても、答えはない。
代わりに、横から伸びてくる細い手。
それはヴィクト君のものでも、カーナのものでもない。
暖かさと力強さを感じる、その手は――
☆★☆★
「ぶはぁっ! げほげほ……っ! 生き残ったわよ、畜生がぁ!」
隣で威勢の良い声が聞こえ、ぼんやりとしていたわたしの意識が引き戻される。
背中に固い地面の感触がして目を開けると、ずぶ濡れのままへたりこんで息を整えているディーの姿があった。
「……ディー」
わたしが名前を呼ぶと、彼女は呼吸を荒くしながらも勝ち誇ったような顔を向けてきた。
「どうよ!? スキルなんざなくても泳ぎだってこの通りよ。やればできるものねぇ!」
「装備を着けたままで激流を泳げるのはあなたぐらいですよ。……お疲れ様です」
また彼女に助けられてしまった。
津波に呑まれた後、ディーは咄嗟にわたしの手を握り締めるとそのまま潜水を続けて体力の消耗を抑え、流れが落ち着くのをじっと待った。
いつ水面から顔を出せるようになるかわからないのに、それだけでも途方もない忍耐を強いられただろう。
程なくして入り組んだ水路のような場所に差し掛かると、体を壁や岩にぶつけないよう、よじ登れる場所を求めて彼女は泳ぎ続けた。しかも、変わらず片手でわたしを掴まえたままで。
そうしてくれなかったら、力のないわたしはあっという間に流されて離ればなれになってしまっただろう。現に、一緒に泳いで力を貸そうとしたのだけれど、想像以上の急流であっという間に体力の限界が来てしまった。
そんな重荷でしかないわたしを抱えながらも最後までもがき続けて、ついには足のつく場所までたどり着いたのだと思うと頭が上がらなかった。
「……ここは、どこでしょう」
どこかの洞窟のようだけれど、壁には松明が掛かっていて、奥には上へと続く石を積み上げた階段がある。
人工的に造られたのは明らかなものの、現在地がどこなのかはまったくわからない。
「城の建ってる大岩まで来たのは確かよ。どのみち先に行くしかないんだし、ゆっくりしましょうよ。さすがに疲れたわ」
「そうですね、休憩しましょう」
「あんた確か服も出せたわよね。体乾かしたいから、出して」
わたしはいつものやり方でドレスローブを2着ほど創出して渡す。
その内の1着を丸めて火球を放ち火を起こすと、目の前で装備を外して外套と服を脱ぎ出した。
「あー寒っ。はぁ……もう散々だわ」
体を拭きながら焚き火の傍に座るディー。
わたしも濡れた服を着替えた後、彼女の対面へ腰掛けた。
ぱちぱちと燃える衣装に照らし出されれる彼女の様子を窺いながら、思う。
本当に頼りになる仲間だ。
体力も精神力も、わたしでは足下にも及ばない。
だからこそ、ふと気になったことが口をついた。
「あの、ディーって……いえ、何でもないです」
「何。もしかしてワタシの裸見て催してんの、このドスケベ」
「違いますよ! ええと、少し気になったので」
立ち入るべきでないのはわかっているけれど。ディーがどうして裏稼業に就いているのか、聞けるものなら聞いてみたかった。
「……どうして、暗殺者になったのかなと思いまして」
今となっては、彼女が人殺しに興じるような性格の人間にはとても思えなかった。
暗殺者とは思えないほど感性は普通で、芯はしっかりしていて。
こんなに実力があるなら、もっとまっとうな仕事で活躍できるはず。それこそ冒険者のほうが暗殺者よりずっと健全だろう。
「話したくないならいいんです。忘れてください」
「別に……切っ掛けは母親から当時付き合ってたオトコの殺害をお願いされたことね。子どもがやったんなら誰も疑わないだろうって。“頼まれて人を殺すこと”にやりがいを覚えたのは、それからね」
特に気を悪くした様子もなく、ディーはそう言った。
「いい親だったわ。でも、とにかく要領の悪い人だった。止めりゃいいのに何人も男をとっかえて、最期はあっさり死んじゃった。早めに自立しなくちゃいけなくなって、どうせならってことで今に至ったのよ」
誰に理解されなくてもいい。
自分がしたいと思うことをして生きているだけだと。
その言葉にわたしはどう返していいかわからなかったけれど、なんとなく、胸のすいた気がした。
昔からずっと変わっていないのだ、彼女は。
「あんたはあるの? 親の記憶」
「……無いです。ある日孤児院の前に置き去りにされていたそうです。“お願いします”と書かれた紙だけ添えられて」
「無責任ねぇ、ケツ振って作ったくせに」
「そういう発言するから誤解するんですよ」
「でもまぁ、マシなほうなんじゃないの。今はともかく、少なくとも幸せな思い出はあるんでしょ?」
「はい、沢山」
「だったらいいじゃない。本気で悲惨なヤツは縋る過去もないわ。……ああ、そうか。あんたは――」
急に何か思いついたようにディーが顔を上げる。
どうしたのか、尋ねる前に。
「こっちから声がする……! すいません。誰かいますか?」
唐突に岩場の奥から声が響く。
振り向くと、石を重ねただけの段差を誰かが降りてくる。
「エコー君!?」
姿を現したのは、はぐれてからずっとその身を案じていたエコー君だった。
特に傷などもなく元気そうだけれど、背中にはどういうわけか肌着姿のウィノナさんをおぶっている。そちらは見るからにぼろぼろだ。
「お姉さんにディーさん! 良かった、やっと合流できましたね!」
「無事で良かったです。でもどうしてここに? それに、ウィノナさんはどうしたんですか?」
「えっと、森で魔物に襲われて大怪我をしてしまったんです! 応急処置はしたんですけど、血が止まらなくて。どうにかしてあげられませんか?」
背中から降ろして地面に横たえた彼女は大怪我という言葉ではとても収まらない、痛ましい様相をしていた。
何度も打ち据えられたのか体の至るところが腫れ上がり、左足の付け根は圧し潰されて不自然に折れ曲がっている。もっとも酷いのは損なわれてしまった右手首だ。巻かれた布からは血が零れ落ちているため、止血もままならないのだろう。
「……逝きたくない……ゃだぁ……」
それでも意識はあるのか、ウィノナさんが弱々しい懇願を口にする。
よほど恐ろしい目に遭ったのだろう、以前までの自信に満ちていた彼女の面影はどこにもなかった。
「血を止めないとまずいわね。舌噛まないように、こいつの口を縛っておいて」
そう言ってディーは壁にかかった松明へ向かう。
意図はすぐにわかった。
傷薬やポーションでは止血できない以上、やはりそれしかないだろう。
「2人でそいつの体をしっかり抑えてて」
「えっ、どうするんですか?」
「切断面を焼いて血を止めるんですよ」
魔法が使えない以上、他に方法はない。
体を羽交い締めする形でわたしは待機する。
程なくして松明を手にしたディーがウィノナさんの右腕部を掴むと、じゅっという音が聞こえた。
「んう゛う゛うううううぅ―――――っ!」
いやな臭いが立ち込めると共に、ウィノナさんが喉を引き裂かんばかりの金切り声を上げる。
わたしは心の中で無事を祈りながら、もがき苦しむ彼女を励まし続けた。
「少しの間ですから、辛抱してください」
程なくして。
腕の様子を確認したディーが「もう平気よ」と傷薬を渡してくれたので、それを受け取ったわたしは急いで手当てをした後、最後にウィノナさんの口に噛ませていた布を外した。足の怪我も傷部が動かないように縛って固定する。
「痛い」「帰りたい」と弱音を漏らし続ける彼女をなだめながら、わたし達は改めてエコー君から事情を聞くことにした。
☆★☆★
エコー君の話によると、彼が目覚めたのは町よりずっと離れた森の中だったそうだ。
わたし達を探してあてもなくさまよっている内に、魔物に襲われているウィノナさんと合流。城へ向かう途中で遺跡のような廃墟を見つけたのだとか。
遺跡は地下へと通じていて、城のほうに道が伸びていた。魔物の気配もなく地上を行くより安全かもしれないと判断したエコー君は、ひたすら奥まで歩き続け、気付いた時にはここへたどり着いていたのだと言った。
「まさか津波が起こっていたなんて知りませんでした! えっと、僕が来たのは通路の右側なので、左側に行けば上に通じているかもしれません!」
「んじゃ、そろそろ行きましょうか。ソイツは連れてくのね、やっぱり」
「さすがに置いていけませんよ」
「はぁ……こいつのパーティーメンバーを見つけたらさっさと引き渡すわよ。生きてるか知らないけど」
「あ……その」
エコー君が言い辛そうに口を開く。
「ウィノナさんだけです。彼女のパーティーで、息があったのは」
「……え?」
「倒れてる人は他にもいて、しっかり確認はしませんでしたけど、ギルドで見たことのある人もいたので……」
「そんな……それじゃ、ラビ君は?」
「あ、あんな奴のこと知るかっ!!」
突然、ウィノナさんが叫ぶ。
怒りと悲しみが入り混じった、失意に満ちた声色で。
「あんな……裏切り者のことなんか……!」




