11
「ほら、もう一丁」
「はいっ」
腐乱死体のような魔物の頭部にメイスを手にしたディーのフルスイングが直撃して、軽快な音を立てて吹き飛ぶ。
倒れ伏した魔物に、私は次々に血剣を創出してその全身を串刺しにしていく。
こうして固定してしまえば魔物が復活してもすぐには身動きが取れない。
もがき続けられればいつかは逃れてしまうだろうけれど、目的地である城までの時間稼ぎとしては十分だった。
「そこまで手強くなくて幸いでしたね」
「数が多いから鬱陶しいわ。無視するわけにもいかないし」
遮蔽物のない荒涼とした丘の上には、同様の処理を施された魔物の姿が何体も確認できると同時に、幾つもの穴が開いている。
それは、魔物が地上に這い出してきた際に出来たものだ。
丘陵地は踏み入れた直後こそ魔物の姿は無かったものの、途中まで進んだところで突然地面が隆起したかと思うと、人とオーガの中間に近い外見を持つ腐敗した姿の魔物が姿を現した。
どうやら魔物が潜む部分を踏んでしまうと魔物が目覚める仕組みのようで、念のためかけておいたハイドも意味を為さず、わたしとディーは魔物との交戦を余儀なくされた。
地面に潜るためか両腕が発達していて、スイングによる攻撃は魔物自身の肉片が剥がれて飛んでくるほどだ。
けれどそれでも以前に戦ったトゥカファほど攻撃が早くも無ければ重さも感じられない。
厄介な復活能力は別として、階級としては『銀』の域を出ないだろう。
実際、ディーは最小限の動きで苦も無く相手をしていたし、わたしもそれほどの脅威は感じなかった。
冒険者として少しは成長しているのか、それとも攻撃を受けることへの抵抗が無くなってしまっているのか。
後者ならわたしは相当な被虐体質になってしまっているに違いなかった。
「もう追ってくるのはいないわね。……ん?」
ディーが振り向いたほうを見ると、遠くで他の冒険者パーティーが同種の魔物相手に攻撃を仕掛けている。
「他のみんなもお城を目指して集まってきていますね。……本当に、あの屋上の階段から元の世界へ帰れればいいのですが」
「今のとこは仕掛け人の性格次第ってところねぇ……そして“368”か」
空に浮かぶ数字がここに来る前よりずいぶん減っている。
ディーは残りの生存者数なのではと言っていたけれど、何を意味しているか正確なところはわからない。だけど、ペース的には少し落ち着いた感じがする。
それからわたし達は、他より一段高くなっている丘を目指して移動した。
そろそろ城の建立する崖の足下を見渡せる位置に差し掛かる頃。わたし達は何事もなく丘の上までたどりつくと、周囲の様子を窺った。
丘陵地には、まるで空から落ちてきたような途方もなく巨大な円柱状の岩が空に伸びるように直立し、下界を見下ろすかの城が築かれていた。
こうして全容を目の当たりにすると、まるで吸い込まれてしまいそうな荘厳さがある。
そして巨岩の下に広がる荒野では、もう既に多くの冒険者と魔物の戦闘が行われていた。
「町でゆっくりし過ぎたのかしら、思ったより多くの人間が到着してるわね」
何パーティーかに分かれ、大柄な魔物と相対する冒険者の数はそれこそ100人はいるだろうか。
首の無い騎士の姿をした大柄な魔物と、空を滑空する小型の翼竜に跨る同じく騎士のような出で立ちの白骨化した騎士。それに、平原で見た髑髏の魔物がそれぞれ複数体ずつ。
これまでに登場した魔物よりも強敵感があるものの、物量ではこちらが圧倒している分、決して遅れは取っていないように見える。
ただ、当然ながら魔物は倒しても復活してしまう。戦闘経験のある冒険者なら、そのことは承知のはず。それでも彼らは正面から魔物と戦っていた。
「エコー君を探すついでにわたし達も加勢しますか? あの中にいるかもしれませんし」
「……待って。ちょっと、アレ見て」
ディーが指差した先にいたのは、冒険者の1人である男性の神官だった。
彼は何を思ったか、騎士の魔物へ向かって《ヒーリングレイン》を唱えている。
普通なら魔物の傷も回復してしまう意味がないどころか利敵に近い行為であるものの、どういうわけか魔物の傷は治ることなく、逆に体が崩壊を始めているようにも映った。
やがて前衛の応戦もあり魔物が倒れ、さらにもう1つ呪文が行使される。
「あれは……《バニシングライト》?」
呪われた装備や邪気を纏った場所を解呪する神聖魔法。
その魔法を放つと、魔物の体が浄化されるように塵となって消えていく。
「あんな弱点があったんですね」
「見た目からして怨霊みたいな奴らだけど、本当に効くなんてねぇ」
まさか神聖魔法が弱点だなんて、想像もしなかった。
彼らも無策で戦っているわけではなかったのだ。
これだけの数の冒険者がいるのだから、不死の魔物を攻略するために各々が様々な手法を試みたのだろう。
「倒せる方法が判明したのなら、脱出に一歩前進ですね」
わたしはそう言ったけれど、ディーはどこか浮かない顔をしている。
「……上位の連中がいないわ」
「えっ?」
戦場を見ると、確かに今戦っている冒険者の中には、あのエイトという人をはじめとした上位冒険者のメンバーは見られなかった。
「まだ町にいるんじゃないですか? それか他のメンバーと合流するために他を回っているとか」
この場にいないということはそういうことだと思うけれど、それほど気になることなのだろうか。
「案外、どこからか様子を見ているのかもね」
「様子……?」
神妙な面持ちでディーは告げる。
「この茶番を用意した奴らの目的は、冒険者と魔物を戦わせることそのもの。戦力だけなら騎士団のほうが遥かに上なのにワタシらを選んだのは、魔法やスキルで多彩に攻めて来られたほうが、都合がいいんでしょうね」
「つ、都合ですか? 一体、何の」
「“実験”のためよ。平原からずっとワタシ達はそういう風に誘導されている。大量に魔物が降ってきたのも、この世界も、不死の魔物との交戦も、全部意図があってやってる。弱点が発覚するのなんて折り込み済みよ。その上で、今のワタシ達にどこまで通用するか記録しているのよ」
弱すぎれば強くする、強すぎれば加減する。
異常があれば修正し、理想的な性能へ近付ける。
「まさか、そんな……」
そんなの、まるで。
この世界の仕掛け人は、魔物の創造主そのものではないか。
「何でそんな回りくどいことをしているのかはわからない。どうせロクでもない事情なんでしょうけどねぇ。でも、だからこそ本命は別にいる」
上位冒険者も同じように、不穏な空気を感じ取っている。
他に回せるのなら回してしまえばいい。
今は力を温存する時だと。
こんな、いつかは見つかってしまう弱点が発見された程度で攻略されてしまうほど、甘いはずがないのだから。
「ま、全部想像だけどね。杞憂で終わる可能性もあるわ。でもまぁ、あの城の中で待ってる奴はもっと強いと踏んでいいわ」
「それは、わかります」
まさか同じような強さの魔物が待ち構えているとは思っていない。
ディーの言う“本命”がいるとすればあの城だ。
楽観はしない。たとえわたしが死なない体を持っていても、それが生還に繋がっているとは限らないのだから。
………………あれ?
今、城にある窓から誰かがこちらを見ていたような。
「ざっと見たけどエコーっぽいのはいなさそうね。まぁ、参戦するかは任せるけど……って、どうしたの?」
「いえ、城のほうから視線を感じたんです」
「まだ距離があるのに、よく見えるわね」
城の窓と言っても、ここからでは砂粒ほどの大きさだ。
ディーもそちらを凝視するものの、特に動くものは見当たらないと言った。
そう、視線なんてわかるはずがないのに。
だけど何故だろう。
途方もない感情を湛えた何かがわたしを見据えていた、そんな気がしたのだ。
『その通りだよ。早く来なさい、ここまで』
「…………えっ?」
声が聞こえる。
頭の中に、女の人の声が。
「なに、どうしたの?」
「いえ、今――」
『ああ、まどろっこしい。……もう十分でしょ』
また、声が。
『スケルトン、グラッジ、バンシー、グレイブディガー、イービルアイ、グレムリン、デュラハン、スペクター、リッチ。冒険者との交戦から諸々の戦闘データは取れた。バグも見当たらない。もう次の段階に移行して構わないはず』
段階?
何を――
『安心して。期待だけ持たせて脱出口は作ってません、なんてことはないから。それはフェアプレーを重んじる神の意志に反する。でも貴女だけは別よ――アレッサ』
わたしの名前を知っている?
『どうして貴女がそうなったのか、じっくり教えてもらうね。お喋りは終わり。《タイダルウェーブ》発動』
「――っ!」
悪寒を感じてわたしは振り返る。
後方には町並みが窺えるけれど、それより遥か後方から巨大な何かがこちらへ迫ってくる。
「どうしたの? ……っ!? 嘘でしょ……!」
もの凄い勢いで、空をも覆い尽くさんとする津波がこちらへやってくる。
なんでこんな、急に――
「!? おい、あれ!」
「……なっ!? 何で急に津波が!」
「あんなもの、どうしたら!」
離れたところで戦う冒険者にも、恐ろしい勢いで迫る天変が視認できたようだ。
だけど、為す術もないことなんてわかりきっている。
地を揺らし、水の大壁が迫る。
逃げる場所なんてどこにもない。
後方どころか四方から津波が迫っているのだから。
「ディー」
「こんな時に何よ!?」
さすがに動揺している彼女の腕をつかむ。
洪水に吞まれてもわたしが死ぬことは無い。
助ける、仲間だけは絶対に。
「絶対守りますから、無事でいてくださいね」
「矛盾してない、それ。ああもう!」
やがて渦を巻いて襲い来る大災の猛威。
丘陵地の何もかもを呑みこみながら暴虐を尽くす渦に洗い流されながら、わたしは祈る。
どうか、エコー君も無事でいて、と。




