08
「や……やっと眠っていただけました」
いびきを立て始めた王子殿下に毛布をかけると、わたしは寝室を早々に退出した。
泣きじゃくる彼をなぐさめるのは本当に大変だった。
“よしよし”していないとすぐに泣き出す。「大丈夫」「怖くない」「すぐ助けが来る」以外の言葉を口にするとやっぱり泣き出す。
とても今年で15になられるとは思えなかった。
泣き声に釣られて魔物がやって来ないか気が気でなかったものの、孤児院で子どもの頃よく聞かされていた子守唄を唄うと、ようやく大人しくなってくれた。
「いや~感謝するよ、本当助かった」
窓から様子を窺っていたカファールさんが労いの言葉をかけてくる。
「できればここにいる間、殿下の専属侍女になってもらいてえんだけど」
「……それだけは。仲間を探さないといけないので」
不敬だけれど、さすがにこればかりは承諾できない。
強く出られたらどうしようかと思ったものの、カファールさんは「残念」と口にしてあっさり引き下がった。
「ここに来るまでにハーフエルフの男の子を見ませんでしたか?」
「ん~、冒険者とは何人かすれ違ったが、殿下の護衛があったから顔はよく見てなかった。少年は多分いなかったと思うぜ」
「……そうですか」
「すんなり合流できたのは町の近くで目覚めた奴らだけらしい。郊外には森や湿地帯も広がってるって話だから、そっちに落ちてたら厄介だろうな」
「あの、こういうことって、今回が初めてなんですか?」
「ん? ああ、さすがに予想外だ。お偉いさんとの会議の時も、とにかく戦力の増強をしようってことしか話に上がらなかったしな。ただ……50年くらい前だが、西の王国の湾岸に巨大な島が突然現れた話は知ってるか?」
わたしは首肯して答える。
当時、大規模な港湾を構えて各国との貿易により巨万の富を築いていた大陸西側を治める国。その沖合に、突如として巨大な孤島が出現したというのは今でも語り継がれている信じ難い現実の話だ。そして、その島からそれまで見たことのなかった未知の魔物が現れたことも。
魔物は海棲型がほとんどで、海中を我が物顔で泳ぐようになり、港や交易を行う船団を襲撃し始めた。
外国との貿易で成り立っていた西の国は大きな打撃を受け、国力が大きく傾いたといわれている。
この国は内陸だったために被害はほとんどなかったものの、海に隣接する他の国の港町もほとんどが機能しなくなってしまい、当時の冒険者や各国の騎士団が総出で海中の魔物を退治して回ったそうだ。
「見たこともない魔物がいきなり湧いて出た、ってのは状況が似てるな。まあそれを引いても、誰かが意図してやってるのは間違いない」
「意図、ですか?」
「空から魔物が降ってきたのも、動く死体を作り出して俺らをここへ誘導するためだったんだろ。見たこともない魔物に知らない世界。あの最後に落ちてきた奴も謎のままだ。何者かが計画的にやっているとしか思えない」
言われてみると確かに、一連の出来事はただの自然災害で片付けるにしては、何もかもおかしかった。
まるで誰かが入念な計画を敷いた上で、魔物を操っている気がする。
だけど、何故こんな回りくどいことをするのか見当がつかない。
(魔物は人を害するために生まれてくる)
どうしてグランドフォールが起こるのか。
魔物を生み出しているのは誰なのか。
ただの呼称ではなく、“魔物の王”と呼ばれる存在がいるのか、あるいはもっと別の何かなのか。
「しかしお前らも災難だったなあ。これじゃあ俺らも誰がどこで活躍してるかはっきりわかんねえから、活躍してもポイントくれてやれねえしよ。まあ、とにかく目立つんだな。ちなみに報奨品は一緒に落ちてきたのを回収してあるから安心してくれ」
「えっ、まだ続いてるんですか? もう迎撃戦どころじゃないと思うのですが」
もう誰が何を倒したとか、戦果を上げるとかいう状況ではない気がする。
さっきも考えたように、協力して脱出方法を探しつつ役割を分けるべきではないだろうか。
上位冒険者は自分達の生き残りを優先して動き始めてしまっている。ならば彼らを統制できるのは監督官の彼だけだろう。
そのことを話したものの、カファールさんは否定した。
「俺に方針を変更する権限なんか無えよ。第一、指揮るのなんか面倒くさい」
「そ、そう言われても……」
「じゃあ聞くけどよ、俺が命令したら仲間探すの諦めて殿下のお守りをするか?」
「それは……あっ」
わたしははっとする。
さっき、あっさり彼が引き下がったのはそういうことだったのだ。
「わかるだろ。強制したところで都合が悪けりゃやる気も出ないし、聞きたくないものは聞きたくない。だったら、各々勝手に動いてもらうほうがいい。仲間の安否を気遣う奴、脱出を優先する奴、死なない魔物の討伐方法を探る奴――どっちみち分けなきゃいけない作業なんだ、やりたい奴にやらせるのがいいんだよ」
確かに、全員が希望通りの行動を取るなんて無理な話だ。
わたし達は国に忠義を尽くす騎士団ではないのだし、私情が加わるのは当然のこと。
命令して動かしたところで、その都度意見を調整すると言っても細かい不満は出てしまう。
わたしだって一番の優先はエコー君を発見すること。それが叶わないなら、という話になってしまう。
自分の都合を優先していいと言ってくれたカファールさんに、わたしはちぐはぐな意見をぶつけてしまっていた。
「ごめんなさい、カファールさんの言う通りですね」
「いや、そんな殊勝に謝られてもなあ。結局は丸投げするって決めただけだぜ。……まあ、俺らも殿下を護衛しつつ脱出方法を探すから、情報共有はしていこうや」
「はい」
ちょうど話の区切りがついたところで部屋の外が騒がしくなる。
「ちょっと、何で騎士団がここにいるのよ。ワタシの仲間がいたはずだけど」
声の主は言わなくてもわかる、ディーだ。どうやら廊下で部屋を守っている騎士と鉢合わせしたようだ。
わたしの仲間ですと伝えると、カファールさんはすぐ「そいつは通していい」と言ってくれた。
ドアを通ったディーがあからさまに顔を歪める。
「……あんた、寄りによってこいつらと組むことにしたの?」
「おかえりなさい。ええとですね」
特に行動に制限はないことも含めて、わたしはこれまでの経緯をざっと説明した。
「あの王子までこっちへ来てるの……言っちゃなんだけど、よく忠義立てられるわねぇ」
「そう言うなって、国に尽くすってのは色々大変なんだよ。というわけで、そちらのお嬢さんに言った通り情報共有といこうか。何か分かったか?」
にまにまと笑うカファールさんに、提供の間違いでしょと溜め息を吐きながらディーは口を開いた。
「まず残念な知らせよ。町を一通り探したけどエコーはいなかったわ。さすがに建物の中まで全部は確認できなかったけどね」
「そうですか……」
「凄えな。結構広かったと思ったのにもう一周したのか。戦況はどうなってる?」
「一言でいえばジリ貧ねぇ。力量じゃ負けてなくても不死身じゃあね。建物に籠城する冒険者も多かったわ」
「ふむ……で、残念じゃない知らせは?」
「あんたのために偵察して来たんじゃないんだけど。ハァ……あったわよ。“出口”っぽいもの」
「……えっ!?」
☆★☆★
移動の際は建物の屋上を伝い、途切れた時にはディーが《ハイド》をかけることでうまく魔物を回避しながら、自分で確認したいというカファールさんと3人で、わたし達は町を囲む壁の上までやってきた。
「ほら、あれよ」
ディーの指した先を見ると、左右を森林と湿地に挟まれた丘陵地を超えた先、隆起した崖の上に巨大な山城が聳えていた。
正確な大きさはわからないけれど、王国最大の建造物である王城に勝るとも劣らない規模はある。
薄暮のような闇に悠然と浮かび上がるその威容は、どこか神秘的ですらあった。
“出口”は、城に隣接する塔の上。
その上空は闇を穿ったように白い穴が開き、光芒が差し込んでいる。
どこか懐かしさを覚えるその色は、暖かな陽光を思い起こさせた。
さらにその中心からは細く糸のようなものが塔の屋上に向かって伸びている。
もちろん本当に糸だったらこの位置から見えるわけがない。
それは階段だった。
塔の屋上から伸びた螺旋階段が、光の中心へと続いている。
「……なるほどな、脱出したかったらここまで来いってか」
「ほんとにイラつくわねぇ。言いたいことがあるなら、まず顔見せろっての」
2人ともまったく喜んでいなかった。
わたしだってわかる。
誰がどう見ても、誘導しているとしか思えないのだから。
「あれもそうだけど、あの光の間くらいのところ見なさい」
「え……?」
目を凝らすと、蒼白い色で何か数字のようなものが浮かび上がっている。
“429”
「さっき見た時は“442”だった。増えたことは1度もないわ。減ってるのよ、少しずつ」
「何か意味があるんでしょうか」
そうこうしている内に、また1つ減る。
「…………ああ、あれは。だが、まさかな」
「何か心当たりが?」
「いや、あれが今この世界にいる“生者”の数なんてことはないか」
集められた冒険者は500人以上。
それに騎士団や王子殿下も含めると、平原にいた人間の数は530名前後。
まさか、そんな。
あり得ない。
だって、もしあれが生存者の数だとしたら。
「それなら今27人、死んだことになるわね」
“401”
いきなり、ごっそりと減った。
もしあれがわたし達の生存者数だとしたら、それだけの命が一瞬で失われたことになる。
「なんにせよ、0になるまで待ってたら碌なことにならねえな。俺はこのことを皆に伝えて来る。お前らは――」
「……仲間が、あそこを目指している可能性があります」
エコー君がどこかであの城と光を見ているなら、きっとあそこへ向かうはずだ。
罠だとかそんなことを言っている場合ではない。
カファールさんと別れたわたし達は、意を決して丘陵地へと足を向かわせる。
その間にも数字は減り、あっさり400を切っていた。




