07
「ちょっといいか、話があるんだが」
上位冒険者のリーダーらしき男性が、頭上から言葉を放つ。
たしか平原では率先して陣頭指揮を取っていた人だ。
他には、少し離れたところに戦士職と思われる男性2人と反対側の建物に魔法職と思われる男女、それから回復職と思われる男性が視線を送っている。
別のパーティーと合わせて10数名はいたはずだけれど、わたし達と同じではぐれてしまったのか、姿はない。
エイトという冒険者の姿も見られなかった。
「何、敵が迫ってるんだけど。そこの竜もそのうち復活するわよ」
愛想なさげにディーが言うと、特に気にした素振りもなく彼は口を開く。
「知ってるよ。あー、手短に言うとだな、俺らと組まねーか?」
「え、わたし達と?」
予想外の提案にわたしは驚きを隠せなかった。
異常事態を前に、今は冒険者同士協力していこうということだろうか。
実力者である彼らと行動できるのは願ってもないことだったけれど、わたしのほうを一瞥した冒険者はかぶりを振る。
「あーいや、金髪の姉ちゃんはどうでもいい。用があるのはそっちの黒髪の姉ちゃんだ」
それを聞いてわたしは、さっきから彼らの視線の先にいたのがディーだけだったことに気付いた。
つまり――
「仲間のスカウトとはぐれちまってよ。見たところ姉ちゃん、身のこなしからして相当なやり手だろ。だから俺らと「断る。じゃあね」……いや、おいおいおい、待てよ!」
耳を貸そうともせず足早に立ち去ろうとするディー。
こんなにあっさり拒絶されるのは想定外だったのか、冒険者は矢継ぎ早に言葉を投げ掛ける。
「聞けって。斥候の情報ナシじゃ闇雲に動くことになっちまう。こんな訳の分からない世界に飛ばされて仲良しこよしでいる状況じゃねーのはわかるだろ。足引っ張りそうなのは切って実力のある奴同士で固まらねーと死……おい、報酬もやるからよ……クソ、後悔するぞテメェ!」
それからも彼は大声を張り上げていたものの、わたし達は振り返ることなくその場を去った。
「即断でしたね」
「無理よ無理。よくもまあ速攻でヒトをムカつかせられるわ。ワタシがそんな尻軽に見えるのかしらねぇ」
「ふふっ。……でもあの、いざとなったらわたしに構わず――」
「そうして欲しかったら日頃からクズい言動しときなさい。エコーと2人で」
「ですね、ごめんなさい」
すぐ謝るんじゃないと言い放って、ディーは先を行く。
なんというか、こういう時の彼女は羨ましくなるくらい、強い。
魔物と交戦しても徒労にしかならないため、裏路地を隠れながらしばらく移動すると、町の一画に鐘塔のある4階建ての住居が目に留まる。
あそこからなら町の様子がわかるかもしれないと、わたし達は裏口と思われる扉から建物に進入した。
魔物を警戒しながら最上階まで上がり、廊下を進む。
幸い襲撃に合うこともなく鐘塔の真下の部屋に入ると、天井が吹き抜けになっている代わりに縄が垂れ下がり、その先には現実であれば時を告げるために用いられる鐘が吊るされていた。
「梯子が無いわね。ワタシ1人で上まで登って周囲の様子を確認してくるから、あんたは建物の他の部屋を見ておいて。このワケのわからない場所での滞在が長引くようなら、ひとまずここを拠点にするわよ」
「わかりました、気を付けて」
ディーは石の壁を器用に登っていくと、危なげなく鐘までたどり着く。
奥に消えるのを見届けた後、わたしは言われた通りにその場を後にして、手近な部屋から探索にあたる。
内部はテーブルや椅子など最低限の家具が整然と並ぶごく普通の内装をしていて、隣の部屋にはベッドまであった。
おそらくは宿か集合住宅として建てられたのだろうけど、全てが新品同然で相変わらず生活痕のようなものは見られない。
魔物がいないことを改めて確認すると、気配を殺して窓から外に目を移した。
表の通りはいつの間にか骨の魔物が徘徊するようになっていた。
遠くからは人の声と共に金属のかち合う音が聞こえてくる。もしかすると他にも冒険者がやってきているのかもしれない。
空は相変わらず暗澹とした色を湛えていて、見ているだけで心を掻きむしられるような不安を覚える。
ここは地の底なのか。それともグランドフォールの先に存在する異界なのか。
どうしたら元の世界に戻れるのか。
そんな方法があるのか。
ともすれば永遠にここから出られないのではないか。
(悲観したって仕方ないですね)
とにかく優先すべきは一刻も早くエコー君を見つけ、この世界から脱出する方法を探すこと。
情報収集はもとより長期戦になるなら飲み水や食料の確保もしなければならない。
そう考えると、さっきの申し出はともかく、閉じ込められてしまったみんなで団結するのは悪いことではないと思う。
目的は間違いなく全員一致しているのだし、もっともその場合は舵取り役が必要になってくるのだけれど。
その時、コツコツと何者かが階段を上がってくる音がする。
ひとりではない、少なくとも4、5人はいるだろうか。
音はここまでまっすぐ上がってきて、こちらへ近付いてくる。
ディーはまだ戻ってきていない。魔物にしろ冒険者にしろ、わたしが対応しなければ。
そっとドアを開けてそちらを窺うと、相手もこちらに気付いたのか足を止める。
そして。
「ん? ……おい、そこで様子を見てる奴。人間だったら3つ数える内に姿を見せろ。それ以上過ぎたら攻撃するぜ」
声の主には聞き覚えがあった。
確かに、冒険者以外にも“彼ら”だってこの世界に落とされてしまっていても不思議ではない。
「カファールさん……! 待ってください、今出ます」
すぐに廊下に飛び出すと、そこには副騎士団長であるカファールさんが剣を構えながらこちらを凝視していた。背後には彼の部下と思われる数人の騎士も控えている。
「あ~、お嬢さんは確かラクシャの町の冒険者か。よく生きてたな」
どうやらわたしを覚えていたようで、ほっとしたのか彼はすぐに剣を降ろしてくれた。
部下の人達も警戒を解いてこちらへ向き直る。
「今、仲間が上から周囲の様子を確かめているところです。……あの、ここが何処かわかりますか? 魔物は倒してもキリがないですし。みんなどうしているのでしょう?」
「……悪いが情報量は変わらねえな。俺らもあの死体みたいな魔物に手を焼いて退散してきたところだ。お嬢さん達と同じで、ここからなら町の様子がわかりそうだったんでな」
どうやら彼らも考えは同じだったようだ。
だけど、その後でカファールさんがニヤニヤとした笑みを浮かべる。
何だか嫌な予感がした。
「だが丁度良かった。頼みがあるんだが、聞いてくれたら冒険者ポイント3点進呈するぜ」
「え?」
わたしの返事を待たずにカファールさんが「おい」と背後に指示を送る。
すると、階下から大柄な人物が騎士に介添えを受けてこちらにやってくる。
それは悪い意味で印象に残っている、まさかの人物だった。
「うわあああぁぁぁぁん! 今度は何ブヒ!? ここはどこなんブヒか!? 早く王宮に帰りたいブヒ! 助けて母上~~~!!」
でっぷりとしたお腹に豪奢な衣服。
間違いなく、平原でアレな演説をしてくださった王国の第6王子その人だった。
顔を汗と涙と鼻水とよだれでぐちゃぐちゃにしながら、それはもう大泣きなさっていた。
「いや、悪いんだけど王子殿下を落ち着かせるのに協力してくれねえ? やっぱこういうのは女性のがいいみたいなんだよ。頼むよ、な?」
顔は笑っていたけれど、それは半ば懇願に近いものがあった。
まさか、王子までこちらにやってきていたとは。
わたしは頬がひくひくするのを感じながら、安全を確認したばかりの部屋の中へ王子達をお通しした。




