05 後半プレイア視点
「やっちゃいましたじゃねーよ。会うたび威力が上がってんじゃねーか」
「あーあ……もう雑魚しか残ってないぞ」
「あはは、ゴメン。でも装備の強化にヒヒイロだけはどうしても欲しくてさ。キル数ぐらい1番になっとこうと思って」
エイトと呼ばれる冒険者が勝敗を決定付けてしまったため、亡者の群れとの戦いはまだ動いている魔物を潰していくだけの掃討戦へと変わった。
大勢が決まっても相変わらず魔物は恐れを知らずに宿営地まで駆け上がってくる。
しかし死体の復活も止まって終局が見えた以上、冷静さを取り戻した冒険者の相手ではなかった。
「凄いですね、あの人。ひとりでほとんどの魔物を片付けちゃいました!」
「鎧を着ていますけど、戦士職なのに魔法が使えるんでしょうか?」
「おそらく魔法剣士に近いんじゃないかしら。たぶん、あのマジックアイテムらしき大筒で魔石に込められた魔法を撃ち出してるのよ」
確かに、常人なら着るだけで身動き1つ取れなくなりそうな重装甲を纏い、おまけに魔法を射出する大筒まで抱えるためには戦士系の肉体強化スキルを極めていなければ難しい。
おまけにあれだけの威力と射撃精度を維持するには狩人系のスキルに加えて《マジックアップ》などのバフなども使われているはず。
ただし攻撃魔法だけは自分で修得したものではなく、刻印を通すことで込められた魔法を1度だけ発動可能にする魔石を用いているのではないか。でなければ戦士と魔術師というタイプの違う双方のスキルを限界近くまで修得していることになってしまう――というのがディーの見解だった。
「ぱっと見でよくそこまで分析できますね」
「そりゃ、もしかしたらあいつ宛ての“依頼”が入るかもしれないじゃない。洞察眼も養っとかないとねぇ」
「……仕事熱心ですね。でもわざわざ正面切って戦うこともないでしょう?」
「そりゃそうよ。普通は寝込みかトイレを襲うわ」
彼女に狙われて今日までよく無事だったものだと自分の強運に驚きつつも、こうして雑談ができるほどに戦場は落ち着いていた。
だけど、その時。
「フザけんなよ! そんな強い奴がいるなら何で教えてくれなかった!」
「こんなにあっさり片が付けられるなら狂った仲間を殺さなくても、取り押さえておけば後で助けることもできたじゃないか!」
一部の冒険者が上位の冒険者に非難の声を上げる。狂乱に陥ったパーティーメンバーを手に掛けた人達のものだった。
だけど彼らは淡々とそちらを見据える。
「……別にエイトの攻撃が効くとも限らねえし、雑魚の協力まで求めてねーよ。お前らが勝手に言うことを聞いただけだろ」
「なっ!?」
「どうせほっときゃあの隊長が似たような命令したろ。噛まれたのが悪いんだ、諦めろ」
「ぐっ! この……!」
あまりに他人事な態度に周囲の冒険者が激昂するものの、彼は遮るように言葉を次ぐ。
「大体、まだ終わってない」
はっとして、わたしは顔を上げる。
エコー君とディーはすでにそちらを凝視していた。
空に開いた穴はまだ閉じていない。
「死体の山といい、新種の魔物といい、どうも意図があるな」
「ああ。何から何まで異常だ、今回は」
そして最後の亡者の頭が潰されて間もなく、穴の中心から黒い何かが落ちてくるのが窺えた。
小さな、人の頭ほどの“塊”だ。
それがぽとりと死体の山の上へ落ちる。
ここからでははっきりと見えないけれど、もぞもぞと動いているように思う。
直後、周囲の死体からどす黒い靄のようなものが滲みだした。
大気の中で滞留を始めた靄は、特に何の臭いもしない代わりに奇妙な音を発していた。
低くて鈍い呻き声のような、耳に障る音だった。
時間が経つと靄は風に吹かれるようにどこへともなく流れていく。
その行き先には、空から落ちてきたあの黒い塊があった。
「何でしょう、あれ……」
死体から出た靄が塊に吸い込まれると、まるでそれらを取り込んで成長しているかのように大きさを増していく。
そしてある程度の規模に成長した塊には、細い手と足、それに頭部と思われる部分が形成された。
それから意思を持ったように、すくりと立ち上がる。
2本の足で佇む姿は、シルエットだけならば人間の子どもとよく似ていた。
「……こういうのが一番ヤバイのよねぇ」
他の戦場で倒された亡者のものだろうか、平原の彼方からも靄が流れて来る。
黒い子どもはそれらを吸収し、尚も成長を続けていた。
やがて、子どもは少年へ、少年から青年へとサイズを変化させる。
その頃には、彼の頭部には目や口、鼻梁のような部分も出現していた。
特に丸々と見開かれた双眸は爛々と赤く輝き、遠目に眺めているだけでも心を鷲掴みにされるような感触を覚えた。
靄が立ち込める中、空の穴から再び何かが降ってきて“黒い青年”の手前に突き刺さる。
剣――いや、細く反り返った刃の部分からすると、太刀と呼ばれるものだろうか。
装飾もなく頼りなさげにさえ見えるごく普通のそれを青年は事もなげに抜き放つ。
その口元が弧を描き、彼が嗤ったのだとわかった瞬間。手にした太刀の切っ先がこちらを向いた。
『始めようか、生者の諸君』
風に乗って声が届く。
それが青年のものだとわかった時、彼の足元を中心に闇が凄まじい速度で広がっていく。
「あれは……グランドフォール!? 地上に……!?」
空の穴と同じ色をした深淵が、急速に広がり地上を蝕んでいく。
首をもたげた闇は、わたし達に逃げる暇すら与えず瞬く間に宿営地を浸食する。
「……っ! 2人とも気を付けて!」
そう叫ぶのが精一杯だった。
突如として地上に出現した巨大な深淵にどうすることもできず、わたし達の体は深い闇の中に吸い込まれていった。
☆★☆★
城壁の上から冒険者部隊の宿営地が“ワームホール”に呑みこまれたのを確認すると、私は魔力を解きその入口を閉じる。
被験体の確保は滞りなく完了した。
これで仕事は終わりのはず、だったが。
「ご苦労様だねェ、プレイア。いや、今は主教様だったかナ」
背後からの声に振り向くと、そこにはいるはずのない同僚の姿があった。
「ピースオーダー……その名前で呼ばないで。誰が聞いているか分からないんだから」
「フヒッ、ちゃんと気を付けてるよゥ。まずは、ありがとねェ。騎士団だと装備が固定されちゃってるかラ。久々の新属性追加だもノ、ある程度バリエーションがないと調整になんなくてさァ。いやホント、在庫処分もできて一石二鳥だったネ!」
「それが役割だからね。わざわざ礼を言いに来たの?」
「いやいや、ちょっと確認をさァ。例の彼女まで吸い込むことは無かったんじゃないかってネ? 完成前に披露しちゃうのは、ねェ」
「……それなんだけどね」
彼女のことは知っている。
神域に立ち入ることでしか得られないスキルレベルを確保しているのも確認した。
でも。
「たぶん……ううん、アレは間違いなくこの世界の人間だよ」
「馬鹿ナ。威力テスト用の管理者スキルを持ってたんだろゥ? システムの抜けではあるけド、ラストのパスは1回間違えただけでアウトなんだから突破できるわけないじゃなイ」
そう、普通に考えたら不可能だ。
私達だって知らされていないのに、パスワードを解除できるはずがない。
この子や私が、創造主の血を引く方々が再び顔を見せに来てくださったのだろうと思ってしまうのも無理はなかった。
だけど。
「貴方達より色々な人間に接しているからわかるの。あれは挫折した人間の目だった。大きな失敗をして心が折れちゃった負け犬の表情だった」
私達の創造主は常に理論立てて行動し、いつ如何なる時も凛々しくあった。
それに比べてあの女のなんとみすぼらしいことか。理性や精神性に隔絶ともいえる差を感じる。
断言できる、あれは間違いなくこの世界の人間だ。
「手厳しいねェ。でも異分子の排除はパルバライザーの役目だろゥ」
「Lv100《セルフヒール》じゃ、いくらあの子が最強だっていつまで経っても倒せないよ」
「じゃあどうするのゥ?」
「私が行く。ああいうのの精神構造はわかってる」
物理的に殺せないなら心を殺せばいい。惨めに堕落させて一生眠っててもらう。
「フヒッ、テストの邪魔はしないでおくれよォ?」
「わかってる。開放までもうすぐだもの」
ワームホールを出現させ、私はあの女の後を追う。
あの方のお創りになった世界を穢すものは許さない。
私がこの手で浄化する。
「だけどキミまで行くんじゃあ、いよいよ誰も生き残らないねェ、こりャ」
? それが何なのだろう。
人間なんて放っておけばすぐに涌いて出てくる。
これからも何万、何億と人は生まれて消えていく。
そんな些末、気にしていたら世界の管理者なんて務まらないのだから。




