04
「か、噛まれて無事な奴だっているぞ!」
「そうよ、解毒すれば治るかもしれない!」
あまりに残酷な指示に抗議の声が上がるものの、指揮を執る冒険者はあくまで冷徹だった。
「浅い傷なら平気みたいだな。だが、歯形がわかるほど喰われた奴は駄目だ。この狂乱は感染る。暴れてる奴を取り抑えるのに人を割いてる余裕はねえ。なら、早めに摘まねえと全体に広がる」
できないなら回りに頼め。
死にたくなければ傷を負うな、負わせるな。
短く告げると再び前線に戻っていく。
「なんだよ偉そうに! 命令なんか知るか、そもそも指図される筋合いは――」
傷を負った仲間を介抱していた冒険者は反抗するものの、次の瞬間。
「ギャアアアアウ!!」
体中を啄まれてぐったりとしていたはずの冒険者が上体を起こすと、目の前の獲物に噛みつかんと歯を剥き出しにする。
「っ! 待て! 気をしっかり持て! 頼むから落ち着いてくれよおっ!」
頭を抑えながら必死に説得を試みるものの、言葉が届いている素振りはない。
生気を失いながらも獰猛な表情で狙うのは、ほんの少し前まで仲間だったはずの存在。
やがて隣にいた冒険者が謝罪を口にしながら、その首に刃を降り下ろした。
――他人事ではない。
もしエコー君やディーが同じことになってしまったらなんて、考えたくも無かった。
いざとなればわたしが2人の盾になる意味でも、なるべく離れないでと言おうとしたその時。
「お姉さん、後ろ!」
エコー君がわたしの背面に視線を送りながら叫ぶ。
まさか、魔物の群れが回り込んできたのだろうか。
咄嗟に剣を構えるものの、受け止めたのは魔物の牙ではなく長剣から放たれた一撃だった。
「くっ! 一瞬で終わらせてやろうと思ったのに!」
「えっ! あなたは!?」
そう言いながら、尚も肉薄してくるのはまさかの人物。
ライトアーマーに身を包んでこちらに刃を向けるのは、ついさっき騎士団に連行されたはずのウィノナさんだった。
「何のつもりですか! 勝負を受けなかったのがそこまで気に入らなかったんですか!?」
よりによって斬りかかってくるなんて、どれだけご立腹なのか。
すると、ディーより少し明るい色の髪の下に悔いるような渋面を作って彼女は告げる。
「今まですまない、私は君を誤解していた」
「……へ?」
「私も皆と同じで、心の中で君はズルをしているんじゃないかと疑っていた。だが、実際はどうだ。君はたとえスキルを失っても、こうして自ら剣を手にして戦っているじゃあないか……! 認めよう、その覚悟を。そしてこれまでの非礼を詫びよう、全くもって申し訳なかった!」
「謝りながら斬りかかられても説得力ないですよ! じゃあなんで襲って来るんですか!」
「それは……見てしまったからだ。君の脚に魔物が喰らいついてしまったのを……!」
どうやらさっきわたしが魔物に噛みつかれたのを目撃したらしい。
もちろん即時再生したから傷はとっくに消えているし、体に変調もない。
狂乱の原因は不明でも、毒や病の影響を受けるたび勝手に回復してしまうため、基本的には効果がないのも同じだった。
だけど、彼女はもはや手遅れと受け取ったようだ。もうさっきから執拗にわたしの首回りを狙って斬撃を繰り出している。
「あの、見ての通り何ともないですから」
「強がらなくていい。あんなにがっぷり噛まれてしまったら理性が飛ぶのも時間の問題。君の仲間に手を掛けさせるような真似はさせたくない。私が介錯してやるから潔く散ってくれ」
「だから……ああもう、話を聞いてくださいよ!」
噛まれた箇所を見てもらえば納得してもらえるはずなのに、そんな暇を与えず攻撃してくる。
どうやら思ったよりかなり面倒くさい人だったらしい。
「話か、そうだな。もっと君の話に耳を傾けてやれば良かった。反省している君に冷たい態度を取ったのも、今となっては後悔ばかりだ」
「そう思うならちゃんと実践してください!」
「殺人犯として一方的に疑ったこともあったな。確かにカツラは無理があった」
「今だってかなり一方的ですからね!?」
「ラビとのことだってそうだろう、ちゃんと話し合えば和解だってできたはずだ」
「っ! それは……そうかも、しれないですね……」
ラビ君とはすっかりこじれてしまったけれど、孤児院で4人仲良く育ったことは今でも大切な思い出だ。
本当に、どうしてあの時止められなかったのか。
恨まれ蔑まされても仕方のないことだとはわかっている。
ただ……ヴィクト君とカーナのことはゆるしてあげて欲しい。2人ともラビ君を一時的でも追い出してしまったことを後悔していたのだから。
だけど、過去と決別することで彼が前を向けるなら、一生恨まれたままでも仕方ないことだと思っていた。わたし達を忘れることで幸せになれるなら、これ以上関わり合いになっても苦しませるだけだろう。
それでも、もしラビ君が和解してくれる――心を開いてくれるとしたら、何よりも救われる思いだった。
「同じギルドメンバーだ。いがみあったままじゃ悲しすぎると思わないか。君達だって大切な仲間なんだ。今更だが疎外してしまってすまなかった」
「そんな……落ち度はわたしにあるんですから」
「過ちは誰にだってある。問題はそれとどう向き合うかだ。君達を通して私は話し合うことの大切さを知った。もう少し早く理解していれば、私達は友人になれたのかもしれないな」
「……はい」
「そして願わくば、ラビの幼なじみの君には私達のことを祝福して欲しかった」
「……はい。…………は? え、祝福?」
えっ、それはつまり。
「あの、もしかしてウィノナさんはラビ君とお付き合いをして……?」
「あ、分かっちゃったか? いやあ、そうなんだよ。先週勇気を出して告白したんだが、めでたく想いが実っちゃったのだ。エヘヘ」
「……………………おめでとうございます」
剣撃を止めて体をクネクネさせながら惚気るウィノナさん。
……うん、まあヨカッタデスネ。
そっかあ、お似合いですよ。具体的にどことは言えませんが。
でも何でしょうか、この胸に溢れる熱い気持ち。
この状況で言うことか、というか。結局一番言いたかったのはそれか、というか。
正直、ちょっとイラッとしてしまったというか。
「いやあ、そう言ってもらえて嬉しいなあ。ラビもずいぶん君のことを気にしていたようだったが、後は私がしっかり幸せにすると約束しよう」
「……どうぞ、よろしくお願いしますね」
……この空気、どうすれば。
周りの惨状と打って変わって和やかムードになってしまった。
「あの、話の途中で悪いんだけど、あんた自分とこのパーティーはいいの? もう魔物が入りまくってるわよ」
「ん? うわっ、大変だ! えーと、そうだな。これだけ時間が空いて発症しないなら大丈夫に違いない。いやぁ良かった良かった。それじゃ私は戻るから、お互い頑張ろうな!」
散々言いたいことだけ言って、笑顔で去って行くウィノナさん。
なんだろう。急にどっと疲れてしまった。
「面白い奴だと思ったけど、度を越すとウザいわねぇ」
「……今回ばかりは同意します」
決して悪意はないのだろうけれど、この分だとまた絡んできそうな気がする。
辟易していた矢先、拡声されたカファールさんの声が響く。
「あー、お前ら残念な知らせだ。どうやら他の地域でも穴から死体が降ってきては復活して襲いかかってきているらしい。援軍は期待できないと思ってくれ」
その言葉に大半の冒険者は顔色を悪くしていた。
城壁内には手つかずの騎士団も駐留しているのに、出陣するのはあくまでわたし達が殲滅されてからということだろう。
その内に、第2波ともいうべき大型の魔物が宿営地へ迫っていた。足が遅い分到着が遅れていたものの、その巨体が暴れるだけでどれだけの被害が出るかは想像に難くなかった。
小型の魔物も数を増し、次々にわたし達を強襲してくる。
それらをエコー君は大剣を薙ぎ払い、ディーはメイスで確実に頭を粉砕して迎撃する。
今のところは苦もなく撃退できているけど、このままでは物量で押し潰されてしまうだろう。
「このままじゃジリ貧ね。あの骸骨をどうにかしなきゃ」
「でも、ここからじゃ弓だって届きませんよ」
空を浮遊する髑髏の魔物は今もなお黒い液体を流しては死者を続々とこちらへ差し向けている。あの魔物が亡者を統率しているのは明らかだから、どうにか倒してしまえば戦況も好転するだろう。
だけど、接近戦しかできないわたし達では、攻撃を届かせることすらままならない。
頼みの綱は魔術師の攻撃魔法。既に何人かの魔術師が魔物の撃墜を試みていたけど、案の定、正面からの攻撃は簡単にかわされてしまっていた。ここからでは距離があり過ぎるのだ。
それでも何か手を打てないかと思い、もう1度骸骨の魔物に視線を移したちょうどその時。
――――ヒュゴッ。
宿営地から遠く離れた平原の一角から、極大の閃光が空に向け放たれる。
膨大な力を湛えた光の収束は紅色の軌跡を生成して髑髏の魔物へと迫り、瞬く間にその全身を呑み込んだ。
光が空に霧消した後には魔物の姿は無く、代わりに灰塵がはらはらと舞った。
続けて、2発、3発。
なだらかな平原を恐るべき力を秘めた光の奔流が通り過ぎ、その直線上に存在していた大地と魔物の群れが呆気ないほど簡単に削り取られていく。
中~大型の魔物はほとんど消し炭となり、直撃を免れた小型の魔物がのた打ち回るのみとなる。
わたしが光の発生源に目を移すと、そこには白金色に輝く鎧で全身を包んだ大柄な人間が佇んでいた。
おそらくは男性だろうけど、鎧と同じ色の兜を身に付けているため顔立ちはわからない。重量感のある巨大な筒のようなものを肩に担いで微動だにしない姿は、ある種風格のようなものが感じられた。
「姿が見えねーから嫌な予感がしたんだ。あの野郎、ひとりで全部持っていきやがって」
「連射できるようになったのかよ。相変わらずぶっ飛んでんなエイトの奴」
察しているのか、不満を口にする上位の冒険者達。
それから時間を掛けてこちらまで歩み寄ってきた彼は、兜の奥からくぐもった声を上げた。
「……あれ、みんなこっちばかり見てどうしたの? 苦戦してたみたいだし、ちょっと手伝ってやっただけなんだけど。……あ~、もしかしてオレ、またやっちゃった?」
『白銀』級冒険者エイト。
彼こそが世界でただひとり《魔装砲士》の職に就く冒険者にして、その実力は『神翠石』級に匹敵する人物だと知ったのは、それから間もなくのことだった。




